第2話:屋敷での評判と、禁書庫への侵入
俺が悪役貴族のカノアへ転生して、数日が経過した。
この数日間、俺は鍛錬に時間を費やしている。剣の素振りから、魔法の練習、前世の知識を使った筋トレなどなど。
意味はないのかもしれない。けれど、何かをしなくては落ち着かないのだ。
だから、鍛錬。
そんな今日も鍛錬をし、今は休憩をしていた。タオルで汗を拭い、何故かある庭のベンチに腰掛けていたのだが……。
「おやおや? 兄上、何をなされていたのでぇ?」
嘲るような腹の立つ笑みを浮かべてそう問いかけてくるのは、弟のアルバート。
俺より二歳年下であり、顔も年相応の美しい少年という感じなのだが、その笑みで全てが台無しである。無性に殴りたくなってくるが、俺は我慢した。
「おやぁ? もしかして、鍛錬をしていたのですかぁ?」
「……そうだが?」
「あははは! 何の冗談ですか! 僕よりも才能のない兄上が鍛錬など!」
何が面白いのか、腹を抱えて笑うアルバート。
何とも性格が悪いことだ。いやまあ、以前の俺も似たようなモノだったので人のことは言えないのだが。それでも、である。
「……僕には関係のないことですからね。お好きにしたらいいと思いますよ? まあ、僕には敵わないでしょうがね!」
そうして去っていくアルバート。
俺はため息を吐きながら、再び鍛錬を再開した。
鍛錬の内容は、剣の素振りである。剣を鍛えてくれる人がいないので、このくらいしかできないのだ。まあ、メインは魔法関連の鍛錬であるためそこまで気にしなくていい。
そんなこんなで素振り千五百回をこなし―――。
(魔力、魔力……)
自室のベッドの上で座禅を組むようにして座り、『魔力』を体内で循環させる。
魔力を身体の細部まで行き渡らせたあとは、それを放出していく。このままいけば『魔力切れ』を起こすだろう。それでいい。魔力切れを起こせば気絶してしまうが、使用人は食事の時間以外、滅多にやってこないので安心して意識を手放せる。
そうすれば、魔力が増えるのだ。これは原作でも言及されていた。
そして放出する際、その魔力を限界まで操っていく。これで『魔力操作』の技術も鍛えることができるのだ。
(あ……もう、限界……)
そうして俺は、ベッドの上で気絶した。
*
屋敷の中を歩けば、俺は使用人に怯えられる。
弟のほうは、俺以外には優しく接しているためか怯えられないらしい。まあ、それも全て『嘘の顔』だろうが……。
「何で、カノア様はあんなに性格が悪いんだろうね……?」
「アルバート様を見習ってほしいわ……」
そんな小声の会話が聞こえてくる。本人たちは聞かれていないつもりなのだろうが、俺はバッチリ聞き取れていた。だが、何も言わない。俺はそう言われて当然のことを今までしていたのだから。
まあ、俺を少しだけ
そんな声を聞きながら、俺は外に出た。
鍛錬のためではない。俺は今から街に行くのだ。
父にそれを言ったところ、「好きにしろ」という言葉が返ってきた。
なので俺は、護衛もつけずに街へ散歩に行く。
一応、帽子を深く被ったりして変装のようなことをしている。これで正体がバレることはないはずだ。
「……大都市、って感じだな」
公爵家の領地ということもあってか、屋敷のある都市はとても栄えていた。聞くところによれば、貴族の領地の中でも栄えている都市、ダントツのナンバーワンなのだとか。
鉄道も通っているらしいし、いつか列車で旅もしてみたいな、とか思ったりして俺はこの都市を歩いていく。
「うま」
途中で串焼きを購入し、その味付けに舌鼓を打つ。
なかなかに美味い。醤油ベースの味付けっぽいな。まあ、正確には醤油でないと思うが。
「ほれほれ〜」
「んにゃあ」
路地にいた野良猫に構う。近くに生えていた猫じゃらしのような植物を揺らすと、猫は遊んでくれた。とても可愛い。飼えるものなら飼いたい。癒しになるだろう。
まあ、ノミとかダニとか色々なものを考慮しないといけないだろうが……。
この世界に動物病院とかあるのだろうか?
そんなこんなで俺は、散歩を満喫した。
*
屋敷に帰ってきても、お出迎えとかはない。
まあ、いつものことなので気にしないが。
そんな感じで俺は自室に戻り、魔力を身体に循環させたりして暇を潰していたのだが……どうも屋敷が騒がしく感じられた。使用人が急いで何かを準備しているような、そんな騒がしさ。
気になりはしたが、俺には関係のないことなので放っておく。
すると―――何故か部屋に父がやってきた。
とても珍しいことである。
「……何か用ですか?」
「このあと、屋敷の広間でパーティがある。お前は絶対に部屋から出てくるでないぞ」
「……はい、かしこまりました」
一応、俺はこの家の長男なんだけどなあ。
おそらく、弟のほうは参加するだろう。こういうのがカノアを悪役にしたんだろうねえ。本当に、クズな家族だよ。どうしようもない。
そうして父は去っていく。
おそらく、今日の夕食はないだろう。俺に構っている暇など、あいつらにはないのだ。ましてやパーティの日に構うことなどあり得ない。
もっと串焼きを食べてくるんだった、と俺は思った。
*
夜、窓の外を見てみるとそこには多くの貴族がいた。
皆は楽しそうにしており、次々に屋敷の中へ入っていく。何のパーティかはわからないが、公爵家ともなるとそれなりに大きなものになるらしい。今も貴族たちでごった返している。
まあ、俺には関係のないことだが。暇なのであの列がなくなるまで、窓の外を眺めておくことにする。
「みんな、イイもの食ってるんだろうなあ」
ときどき見かけたのは、でっぷりとした貴族だ。イイものを食べているのだろう、どこか俺と同じ悪役貴族のようにも見えた。あの見た目でそう思わないほうがおかしい。
人を見た目で判断するのはいけないけれど……どう見ても悪役だったのだ。
「……ヒロインらしき人は見当たらないな」
ヒロインは貴族の令嬢がほとんどだったけれど、それらしき人物は見当たらない。まあ、いたところで何かできるわけではないのだが。
……どうやら、生のヒロインを拝むことは叶わなかったらしい。
そんなこんなで、貴族の列は徐々に減っていく。皆、屋敷の中へ入っていったのだ。
顔を見て、あの人はこうだ、とか勝手な偏見を抱くのは楽しかったが、人がいなくなればとても暇になる。
まだ寝るような時間ではないし、早めに寝るのもなあ……。
すると、俺はあることを思いついた。
「あいつらしばらくは広間にいるだろうし……書庫に侵入してみるか?」
この家には図書館並みの書庫がある。
普段は立ち入らせてもらえないが、今なら侵入できるんじゃね?
思い立ったが吉日、俺は書庫へ侵入するために自室を出ていった。
「誰もいないな……よし」
書庫の位置はわかる。バレないように屋敷の階段を降り、さらに廊下を歩き、今度は地下へと続く階段を降りた。
地下へ降りると、そこには重厚な扉があった。
押してみると、扉はギィ―――と開き始める。
「おお……」
天井までの本棚には、色々な本がびっしりと詰められていた。
俺は時間がまだあることを確認し、書庫を物色する。
本棚には魔法関連の本だったり、何かの論文だったり、色々な本があった。俺は少しだけ興奮しながら、さらに物色していくのだが……。
「ん? 禁書庫……?」
禁書庫、そう書かれた扉があった。
名前からして、禁書などが入っているのだろう。おそらくは弟でも入ったことがない場所。
俺はやめておこうとも思ったが、その好奇心には抗えなかった。
鍵がかかっていたが、どうにかぶち壊す。まあ、あとでどうにか誤魔化せばいいだろう。
そうして禁書庫に入ると……。
「これが禁書庫……」
ザ・禁書って感じの本がたくさんある。
拝借するのは流石に危なそうなので、俺は禁書庫を眺めるだけにした。禁書たちを眺めながら奥へ進んでいくと……何とも厳重に保管された本があった。
そこからは、禍々しい気配が感じられる。
「何だ、これ?」
表紙にタイトルなどは書かれていない。真っ黒な表紙の本だ。
その周りには『魔道具』らしきものがある。
「何かを封印している……?」
今までの記憶には、その魔道具が封印のためのものだとあった。
とても気になる。だが、封印を解いてしまっては危険かもしれない。
けれど俺は―――それに魅入られたように、その本を手にしてしまった。
すると―――。
「なんだ!?」
本を手に取った瞬間、世界が歪む。
とてもいびつに、ぐにゃぐにゃと世界が歪んでいく。身体はふわふわとした感覚に襲われ、それはどこか夢を見ているようだった。
そして気がつけば―――。
「……ここ、は?」
見知らぬ場所だった。
どこか日本の武家屋敷のような建物と庭。さっきまで禁書庫であったはずだが……。
「珍しいのぉ、ここに客人が来るとは」
突如として聞こえる、艶やかで妖しい女の声。
すると、屋敷の襖が連続して開いていく。
……襖が開き、その先にいるのは、一人の女。着物を着崩し、夜空のように美しい黒髪をした妖艶な女だ。俺には彼女が、人間でないとすぐに理解できた。
「誰、だ……?」
「発言は許した覚えはないがのぉ」
そう言って、口許を隠しながらくつくつと笑う女。
「まあよい。
ヨルハと名乗った女―――否、悪魔は凄絶な笑みを刻む。
とてもおぞましく、とても妖艶で、とても美しい笑み。
それは誰もが魅了されるであろう笑みだった。
「なぜ、そなたのような童がここにおる?」
「……本を手に取ったら、ここにいた」
「ああ、あの本か。あれは妾を閉じ込めておくモノじゃからのぉ。手に取ればこの世界に迷い込むのも当然のことよ」
「……」
「ここで妾と会ったのも何かの縁―――そなた、願いはあるか?」
そうして、悪魔の囁きが
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