ダークファンタジー小説の悪役貴族は己が幸せを目指す。

藤の宮トウン

第一部:悪役貴族への転生

序章:悪役貴族と大罪の悪魔

第1話:悪役貴族

 ふざけるな、という呟きがくうに吸い込まれて消えた。

 気持ち悪いくらいにごうしゃな部屋で一人、俺は絶望と共に何とも言えぬ怒りがふつふつと湧いてくる。いっそ発狂でもしたほうが楽になりそうだ。


「どうして……?」


 いきどおりの混じった問いかけ。それは誰かに向けられたものではなく、どちらかと言えば自分自身に投げかける問いかけだった。

 しかし、答えなど返ってくるはずもなく。


 痛いほどの静寂が、この場を支配する。


「くそ……」


 どうしてこうなったのかわからない。俺はただの学生だったはずなのに。

 どうして俺は、この世界に『存在』しているのだろうか。

 確かこの世界は……いや、絶対にこの世界は『あの小説』の中だ。タイトルは何故か思い出せないが、物語の内容はちゃんとわかる。


 先ほども言った通り、この世界は小説の中。


 小説のジャンルはダーク寄りのファンタジーで、主人公が何人かのヒロインたちと一緒に学園へ通っていたはずだ。そこでヒロインたちと仲を深めたり、何かの事件に巻き込まれたりしていた。

 そして俺はその小説の中で―――悪役貴族として登場する。


 名をカノア・フォン・レオンハート。


 レオンハート公爵家という貴族の家に長男として生まれた少年だ。

 物語で悪役貴族として登場するためか、俺の『末路』は悲惨なモノだった。

 俺はこのままでは―――死ぬ。主人公に首を刎ねられてしまうのだ。


「ふざけるな……!」


 どうして俺が死なないといけない?

 カノアは悪役貴族だが、『俺』は何もしていないただの一般人だ。神がいるのかはわからないが、悪役に『転生』させられるようないわれはない。


 善人とまでは言わないが、俺はごく普通の人間なのだ。


「……カノア、だな。見慣れたこの世界での俺だ」


 部屋にあった姿見を見てみると、そこには純白の髪にしんの瞳をした美しい少年が映った。誰もが眼を奪われるような美貌を誇り、その純白の髪には一切の汚れがなく、深紅の瞳はまるで宝石のよう。


 ぱっと見の年齢は十代前半。正確に言えば十四歳。


 そして俺が死ぬのは十五歳の頃……。


「たったの一年かよ……」


 猶予はたったの一年。下がりきった評判を上げるのはもはや無理に等しいだろう。

 俺は今までにクズと言えるほどの、様々な悪事をしてきた。だから今さら真面目になったとしても、周囲からは怪しまれるだけ。

 俺の味方である存在はいないのだ。


 両親ですら、俺を嫌っているのだから―――。


「どうするべきか……」


 ベッドで仰向けとなり、俺は呟きをこぼした。

 本当に、どうするべきなのか……。


「はは……」


 乾いた笑い声。

 人間という生物はどうしようもない状況に置かれると、一周回って笑うらしい。だが、笑っていても胸の内に宿る絶望が消えることはなかった。


 本当にどうしようもない。たった一年の猶予で何ができるって言うんだ。

 一年なんかあっという間に終わる。自分を鍛えるにしても、一年じゃ全然足りないだろう。

 でも、このままでは死んでしまう。

 

「―――嫌だ。死にたくない」

 

 それはまごうことなき俺の本心であり、この状況におちいれば誰もが思うことだ。

 純然たる生への執着。俺はまだ生きたいのだ。

 俺は生きて、ただ幸せになりたい。

 そのためならば―――。


    *


 ここは前世でいう『19世紀末』みたいな時代の世界だ。前世ならば蒸気機関が現れ、貴族が衰退していくが、この世界はそうでもないらしい。蒸気機関は普通にあるが、貴族は全く衰退していないのだ。中世と何ら変わらぬ価値観の世界、という感じである。


 あと、ラノベよろしくエルフや獣人といった『亜人種』も存在している。


 それ以外にもファンタジー要素は存在するが……説明はまた今度でいいだろう。


「これからどうするべき、か……」


 俺に味方はいない。この家に長男として生まれたが、両親はカノア以上に才能のある弟を愛しており、俺のことはどうでもいい感じだ。

 つまりは、俺を愛していない。両親は弟ばかりに愛情を注いでいるのだ。


 だから、俺は『悪役』になってしまったのだろう。

 原作を読んでいるときは何とも思わなかったが、いざ俺がカノア本人に転生したとなると、同情ぐらいはしてしまう。


「やっぱり味方がいるな……」


 第一の目標は俺に忠誠を誓う、『忠実なる味方』を作ることだ。

 俺には裏切る心配がなく、信頼できる味方がいる。でなければ、死んでしまう。


「しかし……」


 問題はその味方をどう得るか、である。

 俺に味方してくれる者など、この世に存在するはずがない。俺の悪評は貴族にも平民にも、多くの者に広く知られているのだ。味方になって、と言っても受け入れてくれるわけがない。


「どうしたものかな」


 そうして俺は頭を悩ませる。

 すると―――コンコン、と扉をノックされた。どうやら使用人がやってきたらしい。

 入れ、と許可を出すと、少しだけ怯えを滲ませた使用人が「夕餉の時間です」と伝えてきた。今まで気が付かなかったが、外は暗くなっている。

 

 そして俺は使用人についていき、食堂へと向かう。

 長い廊下の先、食堂へ入ると―――。


「フン、来たか」


 そう言うのは、俺の父であるヴァイス。

 他にも母と弟が席についている。俺も同様に椅子に座り、夕食を食べていくのだが……会話はない。いや、弟と両親の会話はある。だが、俺だけ言葉を一言も発していなかった。


 今までの記憶では、いつもこんな感じらしい。

 両親と弟は団欒しているのに、俺だけ部外者のように省かれる。前世の記憶を思い出す前の俺は、それがとても苦痛だったらしい。

 自分もあの中に混ざりたかった。家族と団欒したかった。


 だが―――できない。


(俺はクズ野郎だが、こっちもこっちでクズだな)


 俺は目の前の家族を、心底軽蔑した。


    *


 何事もなく、食事は終了した。

 今は夜。もう、誰もが寝静まる時間帯だろう。俺はベッドに寝転がり、色々と頭を悩ませていた。


 頭を悩ませている原因は色々ある。味方の件だったり、どう死亡フラグを回避していくか、だったり……まあ、色々なのだ。


 第一の目標である『味方を得る』は、どうすればいいのだろうか。

 死亡フラグはまあ、ある程度なら知っているので回避できるかもしれないが、もし味方が必須だった場合、それはどうしようもなくなってしまう。だから、俺は味方を得ないといけないのだが……。


「どうするべきかな。奴隷という手もあるが……」


 奴隷を味方にしてしまえば、余計ないさかいを生みかねない。もし主人公と会ってしまった場合、あいつは俺を目の敵にするだろう。ヒロインも同様だ。

 ゆえに奴隷はやめておいたほうがいい。


「……いっそ『悪魔』でも召喚するか?」


 召喚した悪魔を味方に、と……うん、全く現実的じゃない。

 下位の悪魔なら、もしかすれば従えることができるかもしれないが、強さはそこらの猛獣と何ら変わりない。魔法が使えるから猛獣よりは強いかもしれないが、下位なのでたかが知れてる。


 もし従えるなら、それこそ高位とか最高位のモノがいいんだけど……。


「無理だよなあ……」


 そんなモノを召喚すれば、俺の身体を乗っ取られたりするかもしれない。それが全くもって冗談でないのがタチの悪いところだ。

 本当に、どうするべきか……。


 しかも……猶予があと一年しかないからなあ。


「ひとまずは―――寝るか」


 ずっと頭を悩ませていては、考えられることも考えられない。

 気づかないところで頭がまだ混乱しているかもしれないのだ、ちゃんと休ませねば。

 ひとまず頭を悩ませるのはあとにして、俺は―――眠りについた。


 **


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