第8話 ピエタという呪縛

小さな頃から、絵は自然と描けていた。


不思議だった。


目に映る物、それを写しとっているだけのつもりだったのに。

小学校の頃、描いた風景画が市のコンクールで最優秀賞を取った時、周囲の大人は「すごいね」「天才だ」と褒め称えたが、自分はそう思えなかった。


ただ、見えた通りに描いた。それだけだ。


まるで、自分の目が高性能なカメラのようで、「撮った」ものがそのまま出力される感覚。

そこに創造性があるのか?と幼いながらに疑問を抱いていた。

 

それでも、描ける、ということは、いつしか喜びになっていった。

自己肯定感を満たしてくれる、それは便利な道具…手段でしかなかったけれど。

 

だが、その喜びは、最優先されるようなものではなかった。

幼い頃から、オレはサッカーに夢中だった。

絵を描くことよりも、泥にまみれてボールを追いかけることの方が、「生きている」と感じられた。


絵は描けば褒められる、それでも、ボールを追い、走り、ゴールを狙う。

それだけの遊びの方に、いつしか心を奪われていた。

 

家では親父の暴力と、無理矢理な勉強の押し付け…小学校に入学した頃には、自宅で一日五時間もの勉強を押し付けられ、それをクリアしなければ食事すら許されない。


親父は野球が好きで、晩酌をしながら贔屓のチームの試合を観るのが日課だった。


そして、そのチームが負けると酒の勢いでオレを殴る。

学校のテストで百点を取らなかった、勉強をサボった、そんな有りもしない理由を作り出して。


親父は公務員としてそれなりの立場にいたから、家に金はあったはずだ。

そして、外面も良かった。

だから、家族以外にオレがそんな虐待をされていることを知る者はいなかった。


小学校の部活が始まる時、絶対に部活に入る、と決めたのは、そんな家から少しでも離れたいという願いもあったのかも知れない。

選んだのは周りに褒められる美術部ではなく、やっぱりサッカーだった。


ただひたすらに泥に塗れ、走り回り。

オレに野球をやらせたかった親父は良い顔をしなかったが、勉強を頑張ること、練習の疲れを言い訳にしないことを条件に許してもらった。


その後は、順調だった気がする。

小学校ではレギュラーになり、ヨハン・クライフと同じ14番を背負い、ゲームを支配する。


そのまま地域の中学に進学して、同じ14番をもらい、一年からレギュラーになれた。

まだまだ体格差は大きくて、練習中や試合中に吹っ飛ばされることも多かったけど、オレのパスが試合を決めることも多く、県のトレセンに選抜され、パスの精度を上げることに熱中していた。


フィールドの中では、オレは試合をコントロールする王様だった。

もちろん、約束だった勉強も疎かにすることはなくて、学年でも五位以内の成績を下回ることはなかった。

 

そして、あの中学二年の冬。

グラウンドの冷たい土に叩きつけられた時、膝から鈍い、嫌な音がした。

その瞬間、世界がスローモーションになった。

空は青く、芝生の匂いが鼻を突く。


自分の身体だけが、もはや自分のものではない、異物になったように感じた。


「もう以前のようには走れません。」


医師から告げられたのは、オレの全てを奪う残酷な宣告だった。

手術と、無意味に終わったリハビリの日々。

すべてが無駄だった。


全力で走る。

ジャンプする。

ボールを奪う。


その一つ一つが、もう二度と自分のものにならない。

自分の身体が、自分の意図から遊離していく絶望感が、すべてを塗り潰していった。


それでも、一縷の望みに賭けて、手術後の地獄のようなリハビリに耐えた。

治る見込みがないことを知らされながら、それでも、親父の監視下で、必死で続けた。

親父はオレを「一流の選手」にして、その成功を自らの誇りとして利用したかったのだ。

それを知りながらも、オレ自身がもう一度走りたかったから。


それでも、結果は変わることはなかった。オレがもう走れないと知ると、父は突然、サッカーへの関心を失った。


「馬鹿な真似をしやがって。

どうせ半端者になるくらいなら、最初から勉強だけしていれば良かったんだ!」


親父は、病院ではオレに優しい気遣いの言葉を掛けていたが、家に帰ればそう言ってまた殴ってきた。

膝のテーピングのせいで踏ん張れないオレは、吹っ飛ばされることしかできなかった。

 

その現実から逃れるように、オレは勉強に打ち込んだ。


その時も、絵はただの逃避に過ぎなくて。

たまに鉛筆で似顔絵を描いたり、美術の授業で絵筆を取る程度で。

まだ夢中になるほどのものではなかった。

それでも、美術部の連中を差し置いて、県のコンクールで入賞したりして、悔しがられることも多かったけど。

 

高校は県内でもトップクラスの進学校だった。


そして。高校に入って、"手痛い失恋"をして。


オレは、荒れた。

この頃には背も伸びて、親父よりも背が高くなっていて、殴られることは無くなった。


家に寄り付くことも減り、喧嘩に明け暮れ。

学校にも行かなくなって。


そんなふうに荒れた時も、絵だけはちょこちょこ描いていたんだ。

好きなミュージシャンのアルバムジャケットを、ノートの端に描いてみたり。

美術の教科書の絵を、気紛れに模写してみたこともある。

球技大会のパンフレットの表紙を、美術部員を差し置いて頼まれたこともあった。


だからこの頃は何も考えずに、趣味というほどでもなく、ただ人よりも上手く描けるという行為に満足していただけで、まさかその道を進むことになるだとか、そんな大層なことは考えてもいなかった。


強いて言うなら、親父への失望と、手痛い失恋、の穴埋めだったのかも知れない。


高校二年も終わりに近付いた頃、親父から大学はどうするんだ、と聞かれるようになった。

親父は、自分が高卒だったことから学歴コンプレックスを拗らせていたことをこの時初めて知った。


オレは親の庇護という名の束縛から早く逃れることしか考えられなくて、高校を出たら働くつもりでいた。

親父は今度は泣き落としのつもりか、自分が社会に出てどれだけ苦労したかを切々と語ってきた。


小学校の頃の、友達と遊ぶことも許されず、息抜きに当時流行り始めていたゲームすらも買ってもらえず、サッカー以外に自由を奪われていた恨みが爆発して、何度もぶつかった。


オレが絶望の中にいたある夜、再びのありがたい説教に、オレは反発して「大学ならどこでも良いんだな」と、捨て台詞のように言い放った。


親父は一瞬絶句し、その顔に浮かんだのは、「軽蔑」と―これで面倒な反抗期が終わるという安堵。

親父の"ちっぽけなプライド"とくだらないコンプレックスが、オレの将来よりも優先された瞬間だった。


「せっかく行くのなら、美大にしよう」せっかくなら「オレが一番描きたいものを描ける場所」にしようと。

それが高校3年の、夏。


あることがきっかけでヤケになって、全部投げ出したくなって。

全部忘れるくらいに打ち込めるものを探していた時だった。


反骨心と自暴自棄が入り混じったような気持ちで決めたことだった。

そして、その内心には、どうせならコイツの今の拠り所である金を無駄にしてやろう、という復讐心もあったことは否めない。

金の重さを知らないガキだからこその、残酷な幼稚さだったんだと今なら分かる。


そうして受かったのが、今通ってる大学。


だが、そこでもオレは異才と呼ばれた。

専門的な指導は初めて受けたというのに、あり得ないほど吸収が早い、と教授から評価を受けていた。

オレ自身も、反骨心と復讐心、そして自暴自棄だけで進んだはずの絵の世界に、ハマっていくのを感じていた。


気が付いた時には、のめり込んでいた。



そんなオレが、生涯をかけて夢中になった作品が2つある。


一つが、カラヴァッジョだった。

10歳になったかどうかの幼い頃に観た、『キリストの降架』。

その、圧倒的なリアリティとドラマティックな構図。


衝撃、だった。


美術館の薄暗い一室、作品が放つ存在感があまりに強烈で、周囲の喧騒や、他の作品の色彩すら、一瞬で消滅したように感じた。


ただの絵画ではなく、目の前で今まさに起こっている「事件」。


キアロスクーロと呼ばれる、明暗…光と影を極端に強調した技法。

キャンバスの四分の三が暗闇に覆われ、残りの四分の一に、全てを晒すような光が差し込む。

その光が当たる部分だけ、人間の持つ生々しい肉体、苦悩、そして真実が露呈される。


神々しい存在ですら、まるで路上の酔っぱらいのような人間的な醜さで描いた天才。


カラヴァッジョは光を「真実の刃」として用いた。

光は、美しさだけでなく、罪や汚辱をも容赦なく照らし出す。


その苛烈さが、オレの「写し取り」とはまったく次元の違う、「生」の熱量を感じさせた。


まだ幼い日に感じたあの熱は、サッカーという熱に上書きされた後も、心の奥底で消えることはなかった。

 

そして、オレは、バーテンダーという仕事を始めた後…。バー・カウンターの中に、カラヴァッジョの世界観を見出すことが度々あった。

店内のダウンライトが、カウンターに座るお客様の目元や口元だけを劇的に照らす。


それはまるで、暗闇の中から浮かび上がるカラヴァッジョの人物のように。

一瞬でその人の本心、あるいは秘密を露呈させる。


カクテルグラスの中の透明な液体が、反射する光の破片を、カウンターの上に乱暴に投げつける。

氷が溶けることで、その光の破片はゆっくりと形を変え、影を長く伸ばしていく。


カクテルを静かにカウンターに置くとき、グラスの横にチェイサーの水を添えるとき。

お客様の表情に光がどう当たり、どこに影が落ちるか。

オレは、その光と影の演出によって、お客様の「物語」を読み取っている。


お客様の表情が光で強調され、影に悲しみや秘密が隠れる――バーのカウンター自体が、オレの動くキアロスクーロのキャンバス。


オレは、毎夜、カウンターという舞台で人々の「光と影」を見つめ、彼らが背負うドラマティックな人生をたった一杯のカクテルで切り取っている。

この仕事は、オレの芸術を実践する場でもあるのだ。


そして、もう一つ、どハマりしたのが、ミケランジェロによるサン・ピエトロ大聖堂の『ピエタ』である。


圧倒的なリアリティ。

マニエリスムの萌芽ともいえる、不自然な体勢と体格などの芸術的歪曲がありながら、いやむしろそれがあるからこそ、動き出さない方がおかしく思えるほどの生がそこにあるように感じたんだ。

ピエタとは、慈悲だとか、憐れみを意味するイタリア語だけど、他にも復活だとか、赦しを意味すると言われている。


あの石像は、二度の損壊という悲劇に見舞われた後も、大規模な修復を経て復活している。

まさに、復活を体現したんだ。

この彫刻が、冷たく硬い大理石でできているからこそ、マリアの表情の「赦し」と「受容」の穏やかさが際立つのだ。



そして、この二つの作品は…今もたくさんの人々の畏敬を集めて、愛されている。

それは、作品が永遠となったことを意味するように思う。


作家本人が死んでも、永遠に残る物…。


それが、芸術なんだと気付いてからはさらにのめり込んだ。


オレが消えても、残る物。

永遠に語り継がれる、そんな物を残して逝きたい。


『ピエタ』に憧れ、『キリストの降架』に畏れを抱き。


永遠への執着は、オレが救えなかった「あの人」への償い、そして、マスターが帰るはずの場所を守るために「今は存在を切り捨てている自分」の唯一の証明になっていた。



実は、狂気の画家カラヴァッジョだけじゃない。ミケランジェロも激情家として知られている。

永遠に語り継がれる物を作るには、狂気が必要なんだと思う。


かと言っても、別に本当に狂いたい訳じゃない。

だから、まずは自分を極限状態に追い込むことにした。


寝ない、食べない。


そうしたら、感覚が研ぎ澄まされたように感じて、あぁ、これが狂気か、と嬉しくなった。


食事や睡眠は、永遠を求める芸術家の敵だと思うようになって、作品に向かう時にはギリギリまで眠る時間を削り、食事をやめた。


空腹は、身体から余分なものをそぎ落とし、感覚を鋭敏にする。

睡眠不足は、現実と非現実の境目を曖昧にし、常識の檻から精神を解放する。

そしたら、キャンバスに走る線が、踊り出すように見えた。


チーフに任命された後、オレが1人で店を回すようになって、食費を削っても平気なのは、こうやっていつも食事を抜いているから、慣れてるってのもデカい。


今のオレの身体は、芸術と、師の店を守るために切り売りされている。

どうせ消える存在なら、その身を賭して、永遠に価値のあるものを残すべきだ。


この一年以上は、まともに絵を描く時間も取れなかった。

百瀬くんが店に来てくれたお陰で、またこうして作品に向き合う時間が作れるようになったんだ。

本当に、Yのマスターにも、百瀬くんにも感謝しなきゃいけないな。


今度、Yに行く時には菓子折りでも持って行こうかな。

菓子折りって、いくらくらいするんだろ。

3日くらい食べなければ買えるかな。



今描いているのは、『ピエタ』だ。

ルネサンスの天才、オレの憧れの一人、ミケランジェロに挑む。


100号サイズの大きな作品。

縦1.5メートルを優に超える巨大なキャンバスが、専用のイーゼルに立てかけられ、まるで巨大な白亜の墓標のようにオレを威圧するように佇んでいる。


このキャンバス地は四戸さんとトシ先輩が卒業の時に余ったから使えよ、と言ってくれた物だ。

ほとんど新品のロールの太さが、2人の下手な嘘を物語っていたけど、オレはありがたく受け取らせてもらった。


本当に、あの人達は、器がデカい。その無償の優しさに、オレはまた、負い目を感じる。

感謝の念を覚えると同時に、描いてる時に何を余計な事を、と自嘲する。


アトリエには、油絵の具の鼻を突く匂いと、テレピン油の鋭い臭気、そして換気不足による冷たい空気が充満している。

温度計を見ると、室温は10度を下回っている。

少しでも身体が冷えた方が、意識がシャープになるような気がした。


遠巻きには、来年には同級生になる下級生たちが、怯えるように固まっている。

オレのスペースだけが、周囲とは隔絶された、暴力的なまでに張り詰めた空気に包まれている。

誰もオレに近づこうとしない。


彼らの目には、オレが「狂人」として映っているのだろう。

それでいい。


巨大なキャンバスに向かう。

筆に絵の具を塗りつけ、睨みつけるように向き合って、顔を近付ける。

ミケランジェロの、サン・ピエトロ大聖堂のピエタをモチーフに、大切な息子を殺され、喪って、その表情はできないだろ、とマリアの顔を歪ませてみる。


オレが描きたいのは、地獄だ。


憎悪

悲哀

絶望

自責…。


だが、サン・ピエトロ大聖堂のピエタの。

あの全てを受け容れたような、穏やかな表情。


それを超えられない。

あの穏やかさの中にこそ、究極の「赦し」と「復活」が隠されている。


オレには、その赦しが、許せなかった。

オレが描きたいのはこんな顔じゃない。


顔に塗り重ねた絵の具を何度もペインティングナイフで削る。


硬化したマチエールの上を金属の刃が擦る「ザリ、ザリ」という音が、オレの耳奥に響き、神経を鋭く削り取る。


ゲホッ。


乾いた咳が出る。

肺の奥がジリジリと焼けるように痛む。

余計な事だ。


マリアの表情が、この作品の全てを決める。

今は他のことは考えたくない。考えてはならない。


ジリジリと、肺の痛みを感じる身体の感覚を、身体の外に置く。

この身体は、今はただの「道具」に過ぎない。

新しいピエタを生み出すためのただの「器」にすぎない。

 

違う、マリアはこんな表情をしない。


また削る。

絵の具とオイルを混ぜ合わせる。


マリアの顔が分からなくなる、生きているマリアに見えない。

いや、このマリアは大理石の、石像だ。

あぁ、でも、オレの作品で、マリアを生き返らせないと。


キャンバスに顔のないマリアが描かれている。

ふいに、思い出の中のあの人の顔が、マリアの顔に重なる。


白い光が、キャンバスの顔の輪郭を照らす。

その光の中で、その顔は、ほんの数秒だけ、鮮明なリアリティを持って浮かび上がった。


あぁ、この顔だ、

今すぐ写しとらなきゃ、


顔が消える。


記憶の霧が、視界を覆う。

細部が思い出せない。

目の色も、鼻の高さも、唇の形も。

どんな表情だったんだっけ、あのマリアが、オレが描きたいマリアなんだ…。


焦燥感と共に、視界が滲む。


消えないで。

もっと見せてくれ。


オレの、オレだけのマリアを。


「頼むよ、もう一度、戻って…!

見せろよ、オレに!

消えないでくれ……!!」


熱い雫が頬を伝う。


それが何かを認識するより早く、無防備に開いた口元から口の中に、塩気のある水が侵入し、キャンバスに落ちる。

カドミウム・イエローと混ざり合い、美しい金色の顔料を汚していく。


塩気と、毒性の顔料の異臭が混ざり合い、強烈な不快感がオレの胃を圧迫する。


アラームの音が響いて、現実が帰ってくる。

時計を見ると、もう15時だ。


チキショウ、また進まなかった…!


下級生の一人が、見てはいけないものを見たように、慌てて視線を下に彷徨わせる。


ふと、作業着が少し濡れていることに気付く。

ああ、オレ、いつの間にか泣いてたのか。

どうでも良いや。


ゲホッ、

ゴホッ、

ゲホッ。


絵の具に油紙を被せておかないとな。

明日も描きに来る時間を作れると良いんだけど。


ゴホ、

ゴホッ、

オエッ……


激しい咳が続き、喉の奥が引き裂かれるように痛む。


洗い場に向かい、咳とともに痰を吐き捨てる。

水道水を流す。


赤いものが見える、なんだろうこれ。

水に溶けて、淡い朱色に広がる。

それは、今朝使ったバーミリオンのチューブの色に似ていた。

金属のような味が口の中に広がる。


オレの身体が、作品のための画材になっている。

そんな錯覚を覚えて、小さく声を上げて嗤う。


ふと、水道から流れる水の音が、"あの日"聴いた長いクラクションのように聞こえた。


キーン……キーン……。


やけに響く。うるさい。


「チーフ!今日もよろしくお願いします!」

幻聴だ。

いや、幻聴だけではない。

「……マスターも今日はお休みですしね?」

過去の自分が発した、雨の夜のカウンターの秘密。

あの夜のマスターの咳き込む声と、自分の声が、アトリエの水道の音と重なって響く。

「ありがとう、って、言うんだよ。」

もう二度と聴く事の出来ない声が、頭の中に響き渡る。

幻影に手を伸ばす。


「……お客さんが、待ってるぞ……」

誰の声だ。

マスターの声か。

それとも、もう一人の自分か。


身体が冷え切っている。

皮膚の下の血管が、氷のように冷たい。暖房をつけなかったせいだ。

身体の芯から震えが来る。


平衡感覚が揺らぐ。

壁に手をつかなければ、そのまま倒れそうになった。


ダメだ、意識を集中しろ。

急がないと、間に合わないんだ…!


爪の間に入り込んだ絵の具を、タワシを使って洗う。

力任せに擦るせいで、薄く血が滲む。


この荒れた手じゃカクテル作れないよな、

ハンドクリーム塗らなきゃ、

今何時だっけ、

そういえばカドミウムイエロー切れてたな、

フルーツ何発注してあったかな、

ハンドクリームって一日ご飯抜いたら買えるかな、

急いで行かなきゃ。


思考の奔流が止まらない。

一つ一つがバラバラで、全く繋がらない。


アラームがもう一度鳴る。

15時半。


16時には仕込みを始めないと、開店、間に合わないぞ。


変身の儀式を始める。

絵の具と汗と涙にまみれた作業着を乱暴に脱ぎ捨て、朝着てきた私服に着替える。


制服は店で着替えるにしても、営業前に集中しなければならない。

プロのバーテンダーという、もう一つの顔を装着して、身だしなみのルーティンを確認していく。


鏡を見て、乱れた髪を整え、表情から全ての疲労を消し去る。

バーテンダーはカウンターの中では、笑顔でなければいけない。


荒れた指先だけが、今の生活を隠し切れずにいる。

特に、右手の指先。

油絵の具は、皮膚から水分を奪い、爪の周りの皮膚を硬くする。


その皮膚がタワシで擦られ、無数の微細な亀裂を生んでいる。

この状態でシェイカーを振れば、カシャカシャという氷の音に混じって、皮膚の痛みが神経を突き刺す。


救いを求めてハンドクリームを取り出す。

薬局のプライベートブランドの、一番安いもの。

もう残りもほとんどない、押し込むようにして何とか捻り出す。

また新しいのを買わなきゃな。


それを、丁寧に、しかし急いで、指の一本一本に塗り込む。皮膚の亀裂に、クリームの油分が滲み込み、一瞬だけ、鈍い痛みに変わる。


しかし、この瞬間だけは、プロのバーテンダーとして、手の荒れを隠し、お客様に不快感を与えないという最後の規律を守るための儀式だ。

このハンドクリーム一本が、今のオレにとっての「プロの壁」なのだ。


プロの笑顔を貼り付け、深く息を吸う。

テレピン油の臭いを、記憶の中にある店で使うライムやミントの香りに上書きする。


忘却。

アトリエでの熱を、この場で全て切り離す。


ピエタを忘れろ。

ジンの銘柄を思い出せ。


発車のブザーの鳴るバスに飛び乗る。

座席に座るという行為すら、背中の筋肉が悲鳴を上げた。


目を閉じて、思考を強制的に切り替える。


今日の予約、確か少し遅い時間に一件だけ、

あ、でも根津様が安永様と来たいと言っていたはず、

それぞれのギムレットを今から考えておこう、

フルーツはちゃんと届いてるかな。

ジンフィズ用のライムは極力皮の傷んでいないものを選び、残りはスクイーズに回さないと。


この思考の断絶こそが、バーテンダーとしての技術だ。

私的な苦悩をカウンターに持ち込まない。


お客様のグラスに、血の味や空腹の影を混ぜてはならない。


バスが店に近づくにつれて、身体が硬直していくのを感じた。


バスを降り、店の前に着いたのは、開店の時間から逆算すると奇跡と言って良い程ギリギリの時間だった。

古びたドアの蝶番が、今日の夜も重い軋みを上げるだろう。


このドアが開く時、オレは芸術家の卵ではなく、ギムレットの王になる。


ゲホゲホッ!


咳が出る、風邪でも引いたか?


どうせ店が始まれば忘れるだろう、大丈夫だ。 


ドアを通り過ぎてバックヤードの入り口へ回る。

鍵を開け、ドアに手を掛けた。


店の前のドアに比べたら控え目な蝶番の軋む音が、オレの背中を鼓舞するように、あるいは咎めるように響いた。



さあ、ここからは、ギムレットの王の時間だ。

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