迷宮都市での捜査は今日も難航中 ―スキル不使用の不可能殺人にぶち当たった件―
ぽるすみ・あち
第1章 迷宮都市捜査官 〔バレミゼ・モーラン〕
第1話 葬鐘
迷宮都市の朝は、いつものように薄い霧に包まれていた。
頬に冷たい風が当たる。
自宅を出て職場に向かって歩き始めた俺は、外套のポケットに手を突っ込んでブルルと身体を震わせた。
40歳を過ぎて、暑さ寒さの変化に身体がすぐに順応しなくなってきたように思う。
じきに雪が降るだろう、季節はそんな冬の入り口だ。
石畳の細く続く路地を歩きながら、寒空を見上げた。
―――迷宮都市
文字どおり、俺の住んでいるこの都市は、街の中心に「迷宮」を擁しており、その周囲を取り囲む形で発展してきた。
迷宮というのは、古代文明が残した巨大な地下遺構であり、現在の技術では再現はおろか、構造すら解明できない不可思議の建造物である。
どこまで続いているのかも未だ判明しておらず、未知と危険と、そして夢が詰まっている。
この都市にとって、迷宮の存在は無くてはならないものだ。
迷宮から持ち帰られる遺物――魔道具や魔力を宿した貴金属、そして迷宮に発生する魔獣などを殺して得る素材など、都市の財政や生活基盤は迷宮の上に成り立っている。
王都から決して近いとは言えない原野のただ中で、この迷宮は発見された。
そして、そこからこの都市が今の規模にまで発展するのに、大した時間はかからなかった。
迷宮を探索することで得られる富と名声が、絶えず人を呼ぶからだ。
何せ、俺自身がこの都市の黎明期に移り住んだ第一世代と言っていい。
迷宮が発見されたのは俺が20歳を過ぎて少ししたころ、ほんの20年ほど前のことだ。
この非常に若く新しい迷宮都市を語る上で、もう一つ大事な要素がある。
冒険者の存在だ。
冒険者とは、迷宮に日々潜る人たちを総じて指す。
その目的は様々だ。
古代文明が遺した魔道具を求める者。
魔獣を狩り生計を立てる者。
名声と名誉を追い求め、深層を目指す者。
迷宮都市とは、迷宮と、それに挑む冒険者たちのために存在するのだ。
俺がそういったものに憧れなかったわけではない。
未知と興奮に包まれた冒険。
迷宮の底に眠るという、古代文明の秘宝の噂。
得られるであろう富と名声。
そして、迷宮に潜ることで冒険者が獲得する人間を超えた力。
ここに移り住んだ当初、若く血気盛んだったころ、周囲の仲間の熱気に押され、迷宮へ無謀な挑戦をしたこともある。
だが俺は、すぐに気付いた。
俺は、決定的に、致命的に冒険者にはなれなかったのだ。
「……。」
俺は足を止めた。寒風に縮めていた首を外套の襟から少し出し、薄い霧の向こうに建ち並ぶレンガ造りの家々を眺める。
遠くから響く教会の鐘の音が聞こえたのだ。
ふぅとため息をつく。
誰かの葬式が行われている。
ああ、きっとまた、迷宮で冒険者が死んだのだ。
珍しいことではない。
毎日起こることではない、が、かといって珍しくもない。純粋に冒険者は死と常に隣り合わせにあった。
俺は、この「死」というものがとてつもなく恐ろしかった。
冒険者となり、迷宮に潜り、そして何かの拍子で俺に齎される「死」を想像して、震えが止まらなくなった。
それが、俺が冒険者になれなかった理由だ。至極単純である。
いま、葬儀が行われている者が本当に冒険者であるなら、それは少しだけ幸せなことだ。
教会が厳格に決めている決まりの一つとして、死んだ者の亡骸がその場になければ葬儀を挙げられない、というものがある。
つまり、迷宮の奥底で死に、故に亡骸を運び出すことができない状態では葬儀は挙げられない。こういった冒険者は、相当数存在するのである。
死は不可逆なものだと教会は説いている。
死が不可逆であるからこそ、生きるということを賛美し、謳歌し、そして必ず訪れる死は意味のあることであって、受け入れるべきことと説いている。
死と隣り合わせの冒険者たちには、そういった死生観を自然と持つ者も多く、教会の教えを都市全体が受け入れている状態だ。
俺は全くもって熱心な宗教家ではないため、死を受け入れるなどということは死ぬまで出来っこないと思っている。
そんな見解の相違というか何というか、そういう理由で俺はあまり教会と関わり合いたくはない。
しかるべき時には死も選ぶべき道だ、などというわけのわからない教えは、一生かけても理解できない。
俺のこういう死生観は、迷宮都市では少数派で、だが俺の職場の中では多数派だ。
生きていれば、いつか必ず死ぬ。それは同意できる。
だが、意味のある死?選ぶべき死?
そんなものは無い。断言できる。
「死」の周囲に必ず存在するのは「原因」であって「運命」ではない。
老衰ならばそれもいいだろう。迷宮内での事故や、実力不足による死も覚悟の上のことだったのなら俺は何も言えない。
だが、迷宮内で無意味に死ぬ者、否、殺される者もいるのだ。
俺はそんな死に方がこの都市にあることを許せない、受け入れられない。
死がすぐ隣にある生活だからこそ、そんな死を迎えてはならない。
不審な死の原因は、明らかになるべきだ。
それを明らかにすべき人間が、組織が、この都市には必要なのだ。
そんなことを思いながら、俺は俺の職場、「都市治安局」の建屋に到着したのだった。
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