4.準備万端
ガタガタと揺れる馬車の中。
並んで座ったアダムスをチラリと見ては頬を染めつつ視線をすぐ逸らすイヴェリンの様子に、オリヴァンとカリナは必死でむず痒さを我慢していた。
ほんの十数分前、ドレスアップしたオリヴァンとカリナが王城横にある巨大なお屋敷で待っていると、屋敷の主であるイヴェリンが支度を終えて出て来た。
貴族の多い魔法騎士団では、入団と同時に王都内に小さめの借家や家を購入し数人の使用人と共に暮らすのが一般的で、アダムスのような平民は王城内の訓練場横にある宿舎で暮らせるようになっている。
が、イヴェリンはポケットマネーで宿舎と城壁一枚隔てた場所に広大な敷地を購入し、巨大なお屋敷を建ててしまったのである。
本人曰く「商会のオーナーとして得た正当な報酬で建てたんだし、この土地も元々住んでた貴族に快く譲ってもらったんだから、文句を言われる筋合いはないわ」と父親である国王陛下に言ったとか言わないとか・・・。
ちなみにそれまで裏社会で秘密裏に動いていたイヴェリン直属の諜報組織『影』はお屋敷の完成と同時にそこを拠点として国に登録し、正式に情報ギルドとして活動している。
そんなお屋敷のエントランスポーチの階段下で馬車から降り待っていた副官二人の前に最初に現れたのは、神話に出てくる美の化身の女神も白旗を挙げたくなるようなイヴェリンの姿だった。
遠征中には泥だらけになっていた金色の髪の毛はそれ自体がは光を帯びていると錯覚するほどに輝き、ノーメイクでも失われていなかった美貌は軽い化粧を施すだけでこの世のものとは思えない美しさとなる。
裾に白のレースをあしらった柔らかくフワフワと揺れる淡いブルーのドレスは陶磁器のような白肌を際立たせ、まるで波打ち際で物思いにふけるマーメイドのようだ。
階段を降りてくる姿はまるで天から降りて来るような神々しさで、闇夜を照らす灯りは全てイヴェリンの方を向いているのかと錯覚させる。
いつもイヴェリンを見慣れている副官二人ですら数秒間見惚れてしまう麗しさ。
「・・・いや~、やっぱりイヴェリン様が本気出したらヤバいって思ってたんすよね」「イヴェリン様の本気はこんなもんじゃないわよ、もっと凄いんだから」
二人が謎の張り合いをしているが、当の本人は今出て来たばかりの扉を振り返りソワソワしている。
「団長はまだなんすか?」
「みたいね。レディを待たせるなんて、何考えてるのかしら。」
言葉と裏腹に、その表情は嬉しさを隠しきれていない。
第一魔法騎士団に入団して五年、初めてドレスアップしてパーティにエスコートしてもらえるのだ。
「団長もマダムにオーダーしたんですよね?贅沢ぅ」
自分も頼んだことを棚に上げて羨ましがるカリナは、その明るい栗色のショートヘアが映える黄色のドレスで、ひまわりのような笑顔にとてもよく似合っている。
「って言ってもどうせ団長なんだしさ~」
と両手を後頭部で組んだオリヴァンはが着ているのは、図らずも部分部分に黄色を刺し色に使ったグレーのスーツで、カリナと並ぶとパートナーらしく揃えたようにも見える。
「うちの影の子達が身支度させてるんだから、悪い出来になんてならないわよ」
ドレスと同じ淡い水色のイブニング・グローブを付けた腕を組んでふん、と高飛車に鼻で笑ったイヴェリンの頭上に、アダムスの声が降って来た。
「悪いな、待たせたか?」
勢いよく開いたドアから出て来たのは、筋肉質な体形に合わせて作られたイヴェリンと同じ色のタキシードを着たアダムス。
ごく一般的なデザインだが着ている本人の身体つきが既に完成されているので、洋服は添え物の様に男らしさを際立たせている。
だが三人が驚いたのはタキシードの上、頭の部分である。
自分で適当に切っていたボサボサの髪の毛は切り揃えられて軽く横に流した流行りのヘアスタイルにセットされ、気が向いたら剃るというアバウトさでいつも生えていた無精ひげもスッキリ無くなり、眉毛も綺麗に整えられている。
つまり、老若男女問わず誰もが認める好青年になっているのだ。
「団長、そんな顔してたんすか・・・?」「ひえ~影マジック!イヴェリン様、アタシにも今度貸してください!」
外野がヤイヤイと騒いでいるが、イヴェリンはアダムスの方を向いて固まったまま動かない。
「お、イヴェリンすごいな!」
「え・・・?」
ポカンとアダムスに見惚れたまま聞き返すイヴェリン。
「元々綺麗だから、着飾るともっと綺麗だな~。難しい言い方は知らないが、綺麗だ!」
ニコニコと裏も表もない笑顔。雑だからこそ、本心から言っているのが分かる。
イヴェリンの頬が一気に赤く染まっていく。
「あ~あ・・・」「恋心を自覚させるはずが、惚れ直しちゃったよ」
その後馬車に乗っても、襟が苦しいだの腕がキツイだのとうるさいアダムスをチラチラ見ては嬉しそうなイヴェリンを見る羽目になり、副官二人は伯爵家のタウンハウスに着くまで口から砂糖を吐きたくなるほど甘い空気を堪能する事になってしまった。
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