3.鈍感男と二人の副官

「ああ、いいぞ。」


アダムスの返事に思わず「え?」と言ったまま固まる。

カリナとああでもないこうでもない、とアダムスを業務時間外の夜のパーティに誘い出す口実を考えていたのだが、訓練の休憩中に軽く声をかけると思いがけず了承の返事が返ってきた。


「クロイツェル伯爵のパーティだろ?いいぞ、今週末だったか?」


「聞いといてなんだけど・・・ホントにいいの?」


イヴェリンが両手を合わせて指をクルクルと回している。色々と口実を考えていただけに拍子抜けだ。

パーティのエスコートと言えば親族以外では配偶者や恋人であることが一般的。

エスコートの頼みを二つ返事で受けるなんて、もしかして、アダムスも悪い気はしてないのでは・・・?と上目遣いの顔に書いてあるようだ。

薄いタオルで顔を拭きながら、アダムスが木陰に座り込む。


「昨日のギルドの件だろ?伯爵家に注意しに行かなきゃとは思ってたんだが、大ごとにするつもりもないからどうするか考えあぐねてたんだ。パーティなら自然に釘を刺せるしいい案だな。さすがイヴェリンだ。」


ニカッと白い歯を見せる。

練習後で汗まみれなのだが、健康的で裏表のない笑顔についドキッとしてしまう。

アダムスの言うギルドとは、イヴェリンがボスを務める情報ギルドではなく、首都や国内だけではなく世界各国に拠点を置く冒険者ギルドの事だ。

だが冒険者ギルドという名ではあるものの、魔物の討伐から市民の困りごとまで幅広く対応している、どちらかと言うと何でも屋に近い組織でもある。


「ギルド・・・?」


何の事かわかりかねているイヴェリン。

そんな彼女の様子に気が付かないままアダムスが続ける。


「クロイツェルの次男には困ったもんだよな。恋愛は自由とは言え、色んな女性に声をかけるなんて人としてどうかと思うし。あ~、けど、パーティって騎士団の正装でもいいのか?鎧で行くのはダメだよな?」


つまり、クロイツェル伯爵家の次男が女性関係で問題を起こし冒険者ギルドに苦情が来て、相手が貴族なだけに魔法騎士団に話が回ってきたのだ。

面倒事がたらい回しにされてきて、アダムスも対処法を考えていたところだったのだろう。


「・・・ああ、そう。そういう事ね。」


「ん?大丈夫なのか?」


「・・・ダメに決まってんでしょ?!今日の!夜!カリナと一緒に私の屋敷に来なさい!頭のてっぺんから靴下まで全部用意してあげるわよ!」


ちょっと期待したのが恥ずかしいのか、耳が赤くなっている。


「え?いやそこまでしてもらうわけには・・・」


「うるさいわね、いいって言ってんの!私をエスコートするんなら、王都で一番いい男になってもらわなきゃ困るわ!」


「おお、そういうもんなのか。そうだな、イヴェリンの横に立つんなら、服だけでも綺麗にしとかなきゃな。」


またあの屈託のない笑顔。

何か言おうと口をパクパクさせたイヴェリンが顔を赤くしたまま踵を返すと、女性用の宿舎へ足音を響かせながら去って行った。


「・・・頭のてっぺんってなんだ?帽子でも被んのか?」


一人残されたアダムスが不思議そうに呟く。


「だんちょー?イヴェリン様どうしたんすか?」


早足で歩き去っていくイヴェリンを見送りながら、肩に抜身の剣を置いて近付いてきたのは魔法騎士団団長付き副官のオリヴァン・グレイス。

つまりアダムスの副官で、アダムスとはイヴェリンとカリナのような上司と部下兼友人の関係だ。

剣を持っている手と反対の手に持っていた水の入った革袋をアダムスに手渡す。


魔法騎士団の中では細身で、剣しか使えない団長の補佐として魔法、特に水や氷系統を得意としている。

二十五歳で子爵家の三男だが王家とは遠い縁続きで、イヴェリンともわずかに血の繋がりがある。

長身で短髪、その体系と同じく細い目をしていて、将来性があるのに気さくで話しやすい雰囲気から街の女性には人気が高い。街の女性には、だが。


「ああ、昨日言ってたクロイツェル伯爵の件なんだが、イヴェリンが招待されてるパーティに一緒に行こうと誘ってくれたんだ。そうすれば角が立たないよう釘を刺せるしな。」


そこまで言うと、一気に水を飲みほした。


「あっ、俺の分まで飲んじゃっても~。・・・っていうか、イヴェリン様ってあの話知ってたんすか?」


オリヴァンが革袋を取り返し、逆さまにしながら昨日の事を思い出す。

職務時間の終わりにギルド職員が来て対応したのは自分と団長だ。

その時間帯にはイヴェリンを含む他の団員たちは既に帰宅していたはずだが・・・。


「ん?お前が言ったんじゃないのか?まあイヴェリンの事だから、どっかから情報を仕入れてたんだろうなぁ。あ、おい!そこで倒れるな!」


額から流れる汗をぬぐいながら訓練中の団員たちに近付いて行くアダムスを見て、「あ~・・・」と察した様子のオリヴァン。

少し離れた場所にいたカリナと目が合うと、無言のまま視線と身振り手振りで会話をしながら近づいて行く。


「やっぱり~。ねえカリナ、オレも行っていい?エスコートするからさ。」


「ええ?アンタも来るのぉ?せっかくだから若くて可愛い子誘おうかと思ってたのに・・・」


カリナの目線の先には今年入団したばかりの、まだ基礎的な訓練を行っている二十歳前後の少年たち。


「オレも可愛いっしょ?それに、イヴェリン様が暴走したら止める人が多い方がいいじゃん?」


「それは団長が居れば大丈夫。アンタは面白がってるだけでしょ。」


「そりゃそうでしょ~!でも、多分呼んだらみんな来たがるよ。」


細い目をさらに細めて笑うオリヴァンを見て、諦めたように溜息を吐く。

「まあいいや、どうせ誰かに頼もうとは思ってたから。でも、イヴェリン様の邪魔はしないでよ?!」


「しないっていうか出来ないでしょ。それに、あの二人にくっ付いて欲しいのは俺ら第一の総意だしぃ?」


オリヴァンが苦笑いで両手を上げる。

全方向に能力が高く孤高の存在となりかねないイヴェリンが、アダムスの前でだけは恋する乙女と化す光景を団員たちはみな生温く見守っているのだ。


「じゃあ、どっかで待ち合わせなんて面倒な事しないから、当日はイヴェリン様の屋敷に集合ね。」


「へいへい、お任せくださいな~」


成り行きではあるが、第三王女を含むこの国を守る第一魔法騎士団のトップが、イチ伯爵家の何でもないパーティに揃い踏みする事となってしまった。

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