第16話 俺は聖徳太子じゃねぇ!!

 ……あー。

 これ、水瀬の男友達は俺だって言わない方がよかったやつかもしれない。


 気づいたときにはもう遅い。

 俺の周り、ざっと見積もって7人。

 男女混合、距離近め、圧強め。


「え、いつから仲良いの?」

「手繋ぐ“友達”って何?」

「どこまで行ってんの?」


 ――いや待て待て待て。


「俺は聖徳太子じゃねぇ!! 一人ずつ来い!!」


 思わず叫ぶと、逆に「それは否定しないんだ」みたいな目で見られた。

 違う、そうじゃない。


「と、とりあえず! 俺と水瀬は付き合ってないからな!」


 先にそこだけは全力で否定しておく。

 事実だし。

 ……事実なんだけど、言い切るとちょっと胸がチクッとするのはなんでだ。


「へー」

「ふーん」

「付き合って“ない”ねぇ」


 女子の反応が、全然信用してないやつ。


 すると、男子の一人が肩を叩いてきた。


「蓮さ、もし相談とかあるなら俺らに言えよ?」

「そうそう。いつも俺らの恋愛相談聞いてくれてるし」

「今度はお前の番な」


 周りも「うんうん」と頷く。


「……わかった。そのときはよろしく」


 これで終わりだろ。

 そう思った。思いたかった。


 ――が。


「でもさ」

「付き合ってないと、好きじゃないは違うよね?」

「それな」


 ……おい。


(誰だ今、爆弾投下したの)


 内心で犯人を探すけど、女子全員が“正論ですけど?”みたいな顔をしている。


「いやいやいやいや!」

「ちょっと待て話が飛躍してる!」


「じゃあ好きなの?」

「水瀬のどこが?」

「いつから?」


 ――はい、再開。


 質問攻め、第二ラウンド突入。


 俺は机に手をついて天井を仰いだ。


(……今日、長いな)


 遠くの方で、水瀬が友達に囲まれてるのがちらっと見えた。

 目が合いそうになって、慌てて逸らす。


(頼むから、こっち見ないでくれ)


 自分でも答えが分からないまま、俺はまた質問の波に飲み込まれていった。


















side中村悠斗

 俺は、廊下の突き当たりにある水道で、蛇口をひねった。

 冷たい水を両手ですくって顔に当てる。


 ……冷たっ。


 頭の中が、一気に現実に引き戻される。

 何度か水をかけて、深く息を吐いた。


(……落ち着け)


 胸の奥で暴れていたざわつきが、少しずつ静まっていく。

 さっきの教室、視線、声、心菜の顔――全部がまだ残ってるけど、さっきよりはマシだ。


「……はぁ」


 背筋を伸ばしたタイミングで、後ろから聞き慣れた声がした。


「落ち着いた?」


 振り向くと、ひよりが立っていた。

 紙パックのミルクティーを持って、ストローをくるくる回している。


「……ああ。少しは」

「“少し”ね。顔、まだ強張ってるよ」

「細かいな」

「現実を言ってるだけ」


 ひよりはそう言って、小さく息をついた。

 その仕草だけで、俺がやらかしてしまったのが分かる。


「それで」

「……」

「どうして、あんなことしたの?」


 核心を、ためらいなく突いてくる。


「……あんなこと、って?」

「教室で。心菜に、あんな言い方して」


 一瞬、視線を逸らす。

 でも、ここで黙る方が余計に悪い気がした。


「……心菜がさ、知らない男と一緒にいたって聞いて」

「うん」

「手、繋いでたって」

「……それで?」


 ひよりの声は落ち着いている。

 だから余計に、続きが言いづらい。


「……なんか、騙されてるんじゃないかって」

「は?」


 ひよりの眉が、ぴくっと動いた。

 その反応が、さっきの自分の発言の異常さをそのまま映してる。


「悠斗くん」

「……」

「心菜だって悠斗くん以外の男の人と話すよ?」


 言葉は柔らかいのに、逃げ場がない。


「だって……心菜、男の人と手を気軽に繋ぐタイプじゃないだろ」

「どうして?」

「……どうしてって」


 言った瞬間、胸の奥が少し痛んだ。


「俺だって、小さい頃ぐらいしか手を繋いでない」

「……」


 ひよりはストローを一度口から離して、少し考える素振りをしてから言った。


「それってさ」

「……」

「“心菜ちゃんはこういう人だ”って、悠斗くんが勝手に決めてただけじゃない?」


 ぐうの音も出ない。


「……俺は」

「うん」

「心菜が幼馴染として心配なんだよ」


 ひよりは首を傾げた。


「それ、本当に“心配”だった?」

「……え」

「聞いてる側からすると心菜のことで男に嫉妬しているにしか聞こえないよ」


 言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。


「い、いや俺はひよりのことが好きだ」

「悠斗くん」

「……」

「もっと、心菜ちゃんのこと、ちゃんと見てあげた方がいいと思う」


 責めるでもなく、怒るでもなく。

 ただ、事実を置くような言い方。


 俺は、蛇口から滴る水を見つめた。


(俺……何を分かったつもりでいたんだ)


 幼馴染だから。

 優しいから。

 俺のそばにいるのが当たり前だったから。


 ――だから、勝手に線を引いて、勝手に不安になって。


「……俺さ」

「うん」

「最低だな」


 ひよりは少しだけ困ったように笑った。


「今それに気づいたなら、まだ間に合うよ」


 その言葉が、妙に重くて、妙に優しかった。


 俺は、もう一度冷たい水で手を濡らして、強く握りしめた。


(……ちゃんと、向き合わないと)


 今度こそ、逃げないために。
















side黒瀬蓮

 やっと放課後になった。

 昼からずっと続いてた質問の嵐も、ようやく収束。


(長かった……)


 昇降口で靴を履き替えながら、思わず肩を回す。

 今日一日で、何年分しゃべったんだってくらい口が疲れてる。


「黒瀬」


 背後から名前を呼ばれて、振り返る。

 中村だった。


「なんか用?」

「……ちょっと、いい?」


 いや、正直もう帰りたい。顔にも出てたんだろうな。


「俺ね、ちょっと疲れてんだけど」

「……悪い。でも、すぐ終わる」


 中村は一瞬視線を落としてから、頭を下げた。


「今日の昼休みの件。悪かった」

「……」

「心菜のこと、変な言い方して。悪口みたいになった。……すまん」


 素直な謝罪。そこは評価する。


「別にいいよ」

「……そうか」


 一瞬、空気が緩んだ。

 ……と思ったのも束の間。


「なあ」

「ん?」

「お前、本当に心菜の友達なのか?」


 来た。やっぱりそこか。


 俺は、わざと少し間を置いてから答えた。


「そうだよ」

「……」

「“まだね”」


 中村の眉が、ピクリと跳ねた。


「はぁ?」

「友達。今のところは」


 次の瞬間。


「ふざけんな!」


 中村が一歩踏み出してくる。


「お前みたいなプレイボーイに、心菜をあげるかよ!」

「……はぁ」


 思わず、ため息が出た。


「なに。謝りに来たんじゃなかったの?」

「それとこれは――」

「一緒だろ」


 俺は腰を下ろして、靴紐をきつく結ぶ。


「なあ、中村」

「……」

「ひとつアドバイスしてやる」


 顔を上げて、まっすぐ見た。


「彼女いるやつがさ」

「……」

「他の女のことで、男に嫉妬するのって――」


 一拍、置く。


「普通に最低だからな」


 中村の言葉が、完全に止まった。


 俺は立ち上がって、踵を返す。


「じゃ」

「おい、黒瀬――」

「もう話すことないでしょ」


 そのまま昇降口を抜けて、外に出た。


 夕方の風が、やけに気持ちいい。


(……ほんと、面倒くせぇ)


 でも。


(あいつが心菜にも本気なのは、分かった)


 それだけは、確かだった。





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2025年12月24日 06:00
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噂のプレイボーイは、失恋中の委員長にキスをした。 ふるーる @fleur27

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