第4話 俺らのお姉ちゃん的存在
side中村悠斗
放課後。
チャイムが鳴って、教室が一気にざわつく。
「悠斗、帰ろ?」
そう言って、ひよりが俺の袖をちょん、と引いた。
……この仕草、まだ慣れない。
「お、おう」
昨日、付き合ったばっかり。
たった一日なのに、世界がちょっと違って見える。
並んで廊下を歩く。
たまにクラスメイトとすれ違って、ひよりが小さく会釈するたびに、俺は「彼氏」として隣にいることを意識してしまう。
下駄箱で靴を履き替えて、校門へ向かう。
夕方の風が、ひよりの髪をふわっと揺らした。
「ねえ悠斗」
「ん?」
「昨日のこと……まだ夢みたい」
そう言って、ひよりは小さく笑う。
「俺も」
正直なところだ。
告白したのはひよりだけど、受け入れてもらえた瞬間のことは、何度思い出しても現実感がない。
「ちゃんと、彼女できてる?」
「できてるできてる」
俺がそう言うと、ひよりは少し照れた顔で、俺の袖をまた掴む。
……かわいすぎだろ。
でも、その仕草を見ながら、ふと別の名前が頭をよぎった。
心菜。
ひよりが、少し間を置いて口を開く。
「そういえばさ……心菜、なんか言ってた?」
「え?」
「昨日。告白前に『ひよりは悠斗のことよろしくね』って、言ってたんだよ」
「……え、そうなの?」
思わず、声が漏れた。
「うん。心菜って、昔からそういう人だよね。誰かのために我慢するタイプ」
そう言われて、俺はふと昔のことを思い出す。
授業中、俺がノートを忘れたことに気づいた心菜は、さっと自分のノートを貸してくれた。
でも、休み時間になると、自分のノートにさっき俺に貸していた分の黒板の内容を書いていた。
「……ごめん、俺にノート貸してたから面倒だろう」
「いや、全然大丈夫だよ」
心菜は何も言わずに自分の都合を後回しにする。
……ほんと、バカみたいに優しい。
「心菜……優しいよな」
「でしょ?」
ひよりが、少し安心したように笑う。
「まあ昔から、俺らのお姉ちゃん的存在っていうかさ」
「悠斗くんも、優しいと思うよ?」
「心菜と比べるとどうしてもな」
そう言うと、ひよりは俺の手を恋人繋ぎで握ってきた。
夕方の風が、二人の間を静かに通り抜けていく。
胸の奥が、少しだけチクリとした。
でも今は——
その違和感に、名前をつける気にはなれなかった。
帰り道の分かれ道まで来て、俺たちは足を止めた。
「また明日ね」
「うん。気をつけて」
名残惜しくて、でもそれを悟られたくなくて、俺は少しだけ軽い声を出す。
ひよりが歩き出して、少し進んだところで振り返る。
「あ、そうだ」
「なに?」
「心菜も入れてこれからも仲良くしようね」
一瞬、胸の奥がきゅっとした。
「……ああ」
笑顔を作って、頷く。
「わかった」
ひよりは安心したように笑って、今度こそ帰っていった。
その背中を見送りながら、俺は無意識に空を見上げる。
夕焼けが、やけに眩しい。
(心菜か……)
昨日も今日も、ちゃんと話せてない。
付き合ったことに関しては朝には言われた。
俺はポケットに手を突っ込んで、歩き出す。
選んだのは、ひよりだ。
それは間違ってない。
……でも。
胸の奥に残った、ほんの小さな違和感を、今は見ないふりをして、家路を急いだ。
side小日向ひより
昨日、彼氏になった悠斗くんと別れて、家に帰ってきた。
玄関のドアを閉めた瞬間、ふっと力が抜ける。
……幸せだ。
胸の奥が、じんわりあたたかい。
言葉にしなくても、今はそれだけで満たされている。
小さい頃から、三人で遊んでいた。
公園で鬼ごっこして、帰り道でアイスを分け合って。
気づいたら、悠斗くんの隣は当たり前の場所になっていた。
そして、気づいたら——好きになっていた。
でも、三人だったからこそ、わかっていたこともある。
心菜も、悠斗くんのことが好きだった。
それはきっと、必然だったんだと思う。
同じ時間を過ごして、同じ人を見て、同じ優しさに触れてきたんだから。
互いに、同じ人を好きになったことは知っていた。
知らないふりをしていただけで。
(それでも……)
心菜は、何も言わなかった。
責めることも、泣くことも、私に弱さを見せることもなかった。
「ひよりは悠斗のことよろしくね」
あの言葉を思い出すたびに、胸が少しだけ苦しくなる。
優しすぎるよ。
ほんとに。
いま考えると心菜は私達から離れようしてたかもしれない。
私はベッドに座って、スマホを手に取る。
悠斗くんからの「また明日」のメッセージ。
画面を見つめながら、ぎゅっとスマホを握った。
(私、ちゃんと幸せになっていいのかな)
心菜の気持ちを踏み越えて、この幸福感を抱きしめていいのか、まだ自信がない。
それでも——
悠斗くんの隣にいたいと思ってしまう。
だから私は、今日も心菜の前では笑う。
親友として。
“何も変わっていない”顔で。
それが、私にできる精一杯の誠実だから。
……たぶん。
それでも、今日ひとつだけ気になることがあった。
朝。心菜が誰かを見て、ほんの一瞬——顔を赤くしていた。
視線の先にいたのは、黒瀬くん。
(……え?)
思わず、瞬きをする。
黒瀬くんは、女遊びが激しいって噂の人。
いつも女子に囲まれていて、軽くて、適当で。
少なくとも、心菜が一番嫌いそうなタイプだ。
なのに。
目が合った瞬間、心菜は慌てたように視線を逸らして、耳まで赤くしていた。
(気のせい……じゃ、ないよね)
胸の奥が、少しだけざわつく。
心菜が誰かを好きになるのは、いい。
悠斗くん以外の人を、ちゃんと見られるようになるなら。
でも——
黒瀬くん、というのが引っかかる。
あの人は、噂通りなら危なっかしい。
心菜みたいに優しくて、我慢ばかりする人が関わる相手としては。
(心配……)
悠斗くんに言えば、たぶん過剰に反応する。
「何かあったのか」とか、「やめとけ」とか、本人に直接聞きに行きかねない。
それは、きっと逆効果だ。
(……今は、まだ言わない)
私はそう決めて、胸の内にその不安をしまい込む。
親友だからこそ。
彼女を守りたいと思うからこそ。
もう少しだけ、様子を見よう。
それが正しい選択かどうかは——
まだ、わからないけれど。
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