『特別屍籍法』
冬海 凛
第1話 未読無視
――午後二時。
今日もまた部屋から出られなかった。
高卒認定を合格して、通信で大学にも入った。
でも、外の世界には出られない。社会が怖い。
なぜだろう。
理由は自分にも分からない。
生きたまま、死んでいる。
死んだまま、生かされている。
ドアの前に置かれる母の食事だけが、自分が生を実感できる瞬間だ。
ヘッドフォンをしながら、カップ麺を啜る。いつものように、カップ麺の下に手紙が添えてあった。
便箋には、真夏の海を親子で眺めるラフなイラスト。LINEスタンプで済む時代に、わざわざ手紙。
ふと、一通の赤い封筒が手紙の下に重ねられていた。
昔、俺宛てのクラスメイトからの手紙を勝手に開けられた時に激怒した。それ以来、母は不必要なDMを含めて一切、開封しなくなった。
といっても、今の世の中は、全てデジタルだ。部屋に引きこもっていても、問題なく、どんな手続だってできる。
なのに、封筒が届いた。
しかも、赤い。
宛名には、俺のフルネームがあった。整いすぎた文字は、それだけで行政の文章だと分かった。住所の記載も間違いない。
同じ連絡が、きっとマイナポータルに届いているだろうが、ネットゲーム以外で、わざわざサイトを開くこともない。
「……時代遅れかよ」
封筒に向かって、手を伸ばす。裏返すと、二次元コードが刻まれていた。
俺は手にしたスマホで、それを読み取った。
*
『
(正式名称:個人番号制度運用特別措置法)
(目的)
第1条
本法は、応答のない国民を行政上の『死者』とみなすことで、行政コストの適正化および社会の新陳代謝を促進することを目的とする。
略)
(特別屍の認定)
第4条
電子的生存確認に対し、所定期間内に応答なき場合、当該個人の生物学的生死を問わず、直ちに特別屍として認定する。
2 前項の認定は、本人の心拍・呼吸・意識の有無によって妨げられない。
略)
(権利能力の喪失)
第9条
特別屍と認定された時点をもって、当該個人の戸籍、住民票、資産IDはすべて抹消される。
2 以降、当該客体は人格を持たない『有機可燃物』として取り扱われるものとする。
(処分工程の特例)
第10条
対象者が指定管理区域からの逸脱、または公務執行を妨げた場合、選択権は直ちに剥奪され、行政による強制執行が適用されるものとする。
略)
(不可逆性)
第13条
本法の適用により抹消された登録情報は、いかなる理由があろうとも復元することはできない。
※令和九年四月一日施行
*
流し読みした。
知らない法律だ。
「くだらねぇ。確認なんかしなくたって、こうして生きてるっつーの」
正確に言えば、知る必要もない。
法律など、自分の生活に関係しない限り、存在しないのと同じだ。
殺人罪ですら、誰も殺した経験のない俺にとっては、刑期が何年なのかも知らない。
つまり、関係ない。
自分の身に何も起きていないなら、法律などあってないようなものだ。
俺は、汁まで飲んだカップの中に、割り箸と一緒に封筒を突っ込んだ。母の手紙は、机上に放り投げた。
必要な手続きなら、催促が何度も届く。それが、行政のやり方だ。
*
深夜、どうしても眠れずに、封筒をカップ麺の中から救出した。
少しふやけて、よれていた。
乱暴に破く。
『電子的手段による再三の確認に対し、法定期間内に生存確認ができなかったため、貴殿に第四条規定の適用があったことを、ここに知らせます』
思わず、スマホで二次元コードを読み取り直した。
*
(特別屍の認定)
第4条
電子的生存確認に対し、所定期間内に応答なき場合、当該個人の生物学的生死を問わず、直ちに特別屍として認定する。
2 前項の認定は、本人の心拍・呼吸・意識の有無によって妨げられない。
*
「おい、冗談だろ……」
何かの間違いとしか思えなかった。
封筒の中身を丸めて、床に叩き付けた。
役所の通知を確認していないだけで、死亡扱い――。
「あり得ねぇって」
妙に怖くなって、頭から布団を被った。昼過ぎまで寝ていたせいで、もう眠れそうにない。
夜明けを待つ時間が、永遠にも感じた。
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