第3話の斉藤

「ほら、サイトウさん。ここにお名前、書いて」


支援員の佐藤さんに指さされ、俺は震える手でボールペンを握った。

自分の名前を書くのなんて、何年ぶりだろう。

俺の名前……俺の名前は──


〈斉藤 達也〉


「そのとなりに、生年月日と年齢」


〈19XX.9.27〉


そこではたと手が止まる。

年齢……俺は今、いくつになったんだ?


「19XX年ということは、私と同い年ですね。四十二歳ですよ」


窓口の向こうから、男が白い歯を見せて笑った。


「斉藤さん、私と名前もそっくりですね」


そう言ってまたしても白い歯を見せる。

さっき貰った名刺には、〈生活保護課 相談係長 伊藤 達也〉と刷られていた。


「し、小学校の同級生に、いたね」

「え?」

「伊藤 達也。あ、アンタ、公務員なら勉強できたんだろ。そいつも、アンタみたいに、イ、イケメンで、頭の、出来も、良かった。俺はいつも、““さ““がつく““さ““がつくって、か、揶揄われてたよ」

「ハハ、そうなんですね」



俺の人生は、どこで躓いたのだろう。

仕事をクビになったのは、もう何年前だったか。

最初の頃は、ハローワークにも通った。職業訓練とやらもした。

だが、仕事は決まらなかった。

夜の街に流れ、公務員様にゃとても言えないようなこともやって、気づいた時には体の中からぶっ壊れて、この有様だ。



「はい、それでは斉藤さん。申請書は受理しました。後日調査員がご自宅を──失礼、ご自宅はないんでしたね。ケアシェルターの方へ伺って、これまでの生活や今後についてお話をお伺いします。今日のところは、お疲れ様でした」


伊藤はそう言って、また白い歯を見せた。

俺は気付いている。

伊藤は、口で息をしている。


俺の体が、臭うからだ。

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