『愛する君の、バグった顔面】
@yamayamatomtomo
第1話『世界が壊れた朝』
最高の目覚めだった。
小鳥のさえずりが聞こえるような、清々しい朝。
隣には、世界で一番可愛い恋人が眠っている。
俺、高坂拓海(こうさかたくみ)の人生は順風満帆だ。仕事は順調、そして何より、彼女がいる。
桜井美咲(さくらいみさき)。
透き通るような白い肌に、大きな瞳。アイドルなんて目じゃない、一千年に一人の逸材。そんな奇跡のような美少女が、俺のシャツを掴んで無防備に寝息を立てているのだ。
「ん……たくみくん……」
甘い声で寝言を呟く彼女。ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう。
脳内チップ『アイ・レンズ』が普及したこの世界に生まれてよかった。
誰もが他人の容姿を「自分好みの理想形」として認識できる、平和で美しい世界。 もちろん、俺が鏡で見ている自分自身も、そこそこのイケメンだ。
俺は愛おしさを込めて、彼女の頬にキスをしようと顔を近づけた。
――その時だった。
ブツッ、と。頭の中で、何かがショートしたような音が聞こえたのは。
一瞬、視界に砂嵐のようなノイズが走る。めまいがして、俺は数回まばたきをした。チップの不具合だろうか?最近メンテナンスをサボっていたからかもしれない。
「……ふごっ」
低い、野太いイビキが聞こえた。え?俺はおそるおそる、目の前の恋人を見た。
そこに、知らない女がいた。
「…………は?」
声が出なかった。そこにいたのは、美咲ではなかった。いや、着ているパジャマは美咲のものだ。髪の長さも同じくらい。 だが、顔が違う。
むくんだ頬。半開きになった口からは、よだれが垂れている。肌はくすみ、鼻の頭には小さな角栓まで見えた。極めつけは、薄く開いた目から覗く白目だ。
「う、わあぁぁぁぁぁッ!?」
俺は叫び声を上げて、ベッドから転げ落ちた。ドスン、と尻を強打する。
「……んぅ? どうしたのぉ、拓海くん……?」
その「知らない女」が、のっそりと体を起こした。ボサボサの髪をかきむしりながら、俺の方を見てくる。声は、間違いなく美咲のものだった。仕草も、美咲のものだ。
でも、誰だこいつ!? 俺の天使はどこに行った!?
「な、なんだ、お前……誰だ、不法侵入か!?」 「ええっ? 何言ってるの、美咲だよぉ……寝ぼけてるの?」
女が不思議そうに首を傾げる。その拍子に、二重アゴがたぷんと揺れた。
違う。こんなの美咲じゃない。俺の美咲は、もっとこう、儚げで、透明感があって……!
混乱する頭のまま、俺は洗面所へと駆け込んだ。そうだ、顔だ。顔を洗って目を覚まそう。これは悪い夢だ。
蛇口をひねり、冷たい水を顔に叩きつける。何度も、何度も。そして顔を上げ、正面にある鏡を見た。
そこには、青髭を生やした、死んだ魚のような目をした男が立っていた。
「……誰だ、このおっさん」
俺は震える手で、自分の頬を触る。鏡の中の冴えない男も、同じように頬を触った。
ここに至って、俺は認めざるを得なかった。世界が、壊れてしまったのだと。
脳内チップの機能停止。フィルターの消失。
俺は見てしまったのだ。愛する恋人の、そして自分自身の、「バグった現実(リアル)」を。
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