勇気を出して

放課後。

昇降口で靴を履き替えながら、白石ひなたは息を整えた。


胸が、ちょっと早く打っている。


——怖い。

——でも、逃げたくない。


遠くで光一と直人が話している。

二人はいつも通り、肩を並べて歩く。

その距離の近さに、少しだけ胸が痛む。


ひなたは小さく息を吐き、歩みを進めた。

光一に、声をかけるために。


「光一くん……」


呼びかけると、光一は無表情で振り返った。


「何か用?」


ひなたの声は、少し震えていた。

でも、目は逸らさない。


「その……今日、ありがとうございました」

——放課後、直人くんと話しているのを見て。


光一は、表情ひとつ変えずにうなずく。

それだけで、ひなたは心が少し軽くなる。


その瞬間、直人がそっと光一の肩に手を置いた。


「光一、ちょっといいか?」


光一は反応せず、直人はひなたをちらりと見た。


「この子、勇気出して話しかけてるんだ。ちゃんと受け止めろ」


光一は無言のまま、ひなたを見つめる。

その視線は、直人だけが理解できる微かな動揺を含んでいた。


ひなたは息を整えて、一歩前に出る。


「光一くん……また、話しかけてもいいですか?」


直人は、にこりと微笑む。


「もちろんだ。勇気を出したんだから、応えろよ」


光一は小さくうなずいた。

言葉は出さない。

でも、その一瞬で、ひなたに伝わった。


——届いた。


ひなたは心の中で小さく笑い、再び前を向いた。


直人はそっと肩の力を抜きながら思う。


——光一は、少しずつ変わるかもしれない。

——俺は、その背中を押すだけだ。


その日の帰り道。

ひなたは、光一の横顔を見つめながら、胸に手を当てた。


——怖くても、諦めない。

——この気持ちは、絶対に伝える。

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