第2話 褐色の女子高生は星からのプロクセノスを自認する

「何か飲むかい?」

 彼女ははっと息をのむ。

「窓枠によりかかるのでは冷たいだろう。こっちのソファに座ったらどうだ?」

 彼女はほっと息をついた。面持ちが和らぐ。

「ありがとう。なにか、あなたのおすすめのものを下さらない?」

 では、そうしよう。書斎のペルチエ式冷蔵庫に秘蔵してあるレモネード。広島産のレモン、秋田産の純粋非加熱蜂蜜、新潟の天然水仕込み。非加熱蜂蜜は一回で一瓶を使い切るのもコツ。未成年の彼女にはジンを追加できないのが残念だが、ロックでも楽しめるはずだ。未成年でなかったら、そもそもこちらも秘蔵してあるミードを供してしまうか。

 おお、そもそも書斎に来たのも、主治医に内緒でミードをこっそりすするためだったことを忘れかけていた。アルコールを控えるのには、女子高生と夜話をすることがよいのだろうか。それはそれで別の意味で不健全だな。

 親御さんに連絡したほうがよいかもしれないが、そもそもこの会合自体が彼女にとって秘密だろうし、その気持ちを尊重することにしよう。では、この場は女子高生をもてなすことを楽しんでもよかろう。


 彼女がレモネードをすする姿は、何とも愛らしい。

 レモネードの感想を問うとこくこくとうなずき、恥ずかしそうに目を落とす。まさに父親の年齢である私に眺められても、気恥ずかしさを感じるものなのだろうか。

 暗闇に目が慣れてくれば、褐色の髪に枠取られたやや浅黒い鼻筋の通った顔が見えてくる。長いまつげが月明かりに影を落とす。この子がこれほどとしたら、母親はどれくらい美しいものなのだろうか。

 思い出した、この子のフィリピン人の祖母はかなり有名な科学者だったはずだ。彼女以降、日本への移民の傾向が変わってきたことについて、私も移民省からレクチャーを受けたことがある。そもそも、どういう特性の移民が来るかは、受け入れる側の姿勢の問題であって、移民を送り出す側の資質の問題では全くないのだ。米国ではフィリピン人の医師や看護師を受け入れる姿勢が昔からあり、米国への移民のなかでフィリピン系は最高収入を得るグループの一角だ。日本でも、アジア人に対して研究者を受け入れる姿勢にした影響は、様々な予想を裏切って日本の活力を大いに高めはじめている。

 彼女がおずおずとレモネードのお替りを要求するころには、彼女が進学先を迷っていること、娘と交換漫画日記をしていることなどを聞き出していた。娘とはそんな話をしたことはないのに。反抗期の反抗というものは、他人の親には向かないものなのか。新しい発見だ。


 とはいえ、彼女はそんなことには騙されそうにない。一途な目をこちらへ向けてきた。一通り喉を潤した後に。

「お嬢さんは何者だ?」

「ただの女子高生よ」

「なぜ宇宙人の手先のようなことをする?」

「……縁があったからかしらね。彼らにとっては私が大使みたいなものよ」

「宇宙人の大使というものは、宇宙人がなるものだろう」

「そうばかりではないと思わない?人の行き来がむつかしい時代には、地球にもプロクセノスという制度があったじゃない。」

「プロクセノス?」

 そういえば思い出した。亡き妻が言っていた。

「お亡くなりになった奥様が歴史家だったのでしょ。」

 そうだ。娘から聞いたのだろうか。この子は、娘とそこまで親しいのか。もしかすると、私には言えない話も聞いてもらっているのかもしれないな。この妙に物おじしないお嬢さんに感謝せねば。


 ジャーにレモンのタネを残すように慎重に注ぎ、最後の一杯を提供する。

「では、核兵器で宇宙人を撃退するということなのだな」

 女子高生はにこりと笑う。

「そうではないの」

「なんだそれは?」

「宇宙人は、歴史上記録が残る5000年の間は地球に来ることはなかった。ここから100年の間に来る。このあたりから宇宙人の技術レベルが推察できるわ」

 正直、この娘の話す理屈はよくわからなかった。その原点には、どうやら宇宙生命が獲得する一般的技術には典型的な発展段階があるということと、星間文明発生の同時多発性への理解があるようだった。私には、娘の行う宇宙人の技術レベルを推し量る手法は、主系列星の一般的なスペクトルを想定したうえでドップラー効果を使って星との距離を測ることと似ているのではとぼんやりと思った。あくまでぼんやりとだが。

 この女子高生によれば、推測されるのは、現在21世紀の地球人と宇宙人との間の技術差は3000年分くらいだということだった。

「かけ離れすぎてはいないけど、対抗できるとも思えない。」

「素直に戦ったら、絶対に勝てないということだな。とするなら、ゲリラ戦をするということか。核兵器で不正規戦をするという感じか?」

「映画の見過ぎだわ。そんなものでも勝てない」

 この娘の人生は面白いな。

「あなたはそもそも大きな考え違いをしているわ。地球を侵略する宇宙人が、たまたま地球から一番近くの星で発生したと思う?銀河系の大きさを考え合わせたらね」

「確率的にはどこか遠くの星で発生したと考える方が自然ということか」

「そして、彼らが侵略をするのは、今回が初めてではないということよ」

「おお、なるほど!」

「つまり、侵略先の不正規攻撃も何もかも経験済みということよ。むしろ映画にあるようなウイルス攻撃なんて、侵略者が使ってくる可能性の方が高いかもしれないわ。そもそも、侵略するに際して地球人に姿を見せない可能性もあるもの。逆に、私たちにとっては侵略をうけることが初めてなわけね」

「とすると、核をどのように使うというのだ?」

「地球を汚すのよ」

「は?」

「敵を相手にした攻撃としては無力であったとしても、非力な側がイニシアチブをとって実行できる有効な作戦がある。それは、侵略者との技術レベルに関係なく、人類がその意志のみで実行でき、侵略者には防ぐ方法はない。つまり、地球を放射能等で汚して、地球の戦略的価値を下げて、彼らが地球を侵略する意図をくじくこと。だから、技術力のない人類の取りうる作戦は、唯一、焦土作戦だけ」

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