窓際に座る褐色系女子高生は首相に殊勝に核軍縮への反対を唱える星からのプロクセノス
愛川蒼依
第1話 パジャマパーティを抜け出た女子高生は書斎に忍び込む
「おじさま?」
足を組んで窓際に座るほっそりした人影。首筋に髪がかかっている。
音もなく、窓枠から滑り降り、月明かり、こちらに歩み寄る。
娘の友達だ。会ったことがある。やけに目立つ、いやに魅力的だった娘だ。
背丈はそれほどではないが、脚の比率が大きい。端的に言えば、脚が長いということか。母方の祖母がフィリピン人だったっけ。娘が親友と呼ぶということは、かなり頭がいい娘のはずだ。
そういえば、娘がパジャマパーティをすると言っていたが、今日だっただろうか。
「娘を訪ねてきたとしても、私の書斎には入ってもらいたくはないな。ここには……」
「それはどうでもいいのよ」
いやに堂々としている。
セキュリティを呼ぶことをためらった。
こちらが無様な様子を見せることがためらわれる。
次に言うべき言葉をこちらが探しているうちに、娘は平然と言葉をつなげた。
「それより、来週の国連総会、アメリカとロシアから出される人類非核化の提案はつぶしてくださらない?どんな手を使ってもいいから。」
月明かりに、彼女の瞳がきらめく。
未来の有権者はとんでもないことを言う。
女子高生としては、もっと言うことがあるだろうに。
「非核化が人類のひいては地球生命の終焉を招くの。だからやめて」
「そのような心配より、まずは高校生活に力を注いだらどうか。」
「私を子ども扱いしている場合ではないのよ」
あくまで抑えた声に、どこか強い意志を感じる。
突拍子もない話でありながら、拒絶されることも意識しつつ、本題に入りたい様子。
よかろう。明日は5時に起きて政府専用機に乗るだけ。記者もたくさんのるが、執務室に入れなければうたたねぐらいはできるだろう。
この娘と問答することも頭の整理になるかもしれない。むしろ、同じことばかり聞く記者よりも頭がいいかもしれないとすら思う。
ただこの娘の目的は何だろうか。まあ、おのずとわかるだろう。
「非核化でなぜ人類が滅ぶのだ。人を殺すものがなければ滅びにくいだろう」
「猟銃があると家族が滅ぶの?」
「それとこれとは違う。武器なのだから。ない方がよいに決まっているだろう。」
「武器を持つことは愚かしいことではないわ。使うことだけが目的でない以上、存在することだけで十二分に役割を果たしている。私の話はその延長。」
この娘は軍需産業の回し者か?いや、そんなまどろこしいことをせずとも、彼らは普通に我々に圧力をかけてきているか。
娘はつづけた。
「日本人は、平和を願うあまりに妄想的すぎるわ。
長崎や広島の被害を見れば、みんなが悲しむと思っている。それだけの悲しみを敵に引き起こせると喜ぶ人がいると想像すらしない。戦争について、自分が気づいていないことがあるとどうして想像できないんだろ?」
「9条派の人たちのことかい?」
「憲法にはそれを変える方法が96条に書いてあるのに、そっちは尊重せずに9条だけを尊重するって不思議。それに何より、9条が戦争を近づけさせないようなそんなに素晴らしいものだったら、9条ができて70年以上たつというのに、どうして日本以外の国で採用されてないの?」
うお、聞いたことのない正論だ。美しい。ぜひ今度使おう。使いどころには気を付けねばならないが。
「彼らが9条派なら、お嬢さんはさしずめ9章派というところか。」
彼女はちらりと笑った。
「9条派の人たちは、戦争が近づいてこないように体を張ってくれている方々に、もっともっと普通以上に敬意を払ってほしいものだわ」
ふむ。こういう理想論めいた主張こそ、若者の言葉だ。
「いずれにせよ、日本は核を持っていないし、その割には声が小さすぎることもない。首脳の中では、あなたが一番話が通じると思ったのよ。あなただけが理論家。理系出身のおまけつき」
「理系の人間としては、証拠を見せてほしいところだけど」
「つまらない人ね。そういう証拠に固執する帰納法的な態度が強すぎることについて、いつも非難していらっしゃらなかった?」
確かにそうだ。しかし、ここまで突拍子もない話については帰納法的な証拠を要求しても構わないのではと思う。
さて、なんというかと考えていると、彼女はさらりと声色を変える。
「オーケイ。私の話、思考実験だと思ってみて。ちょっと常識外れのことを考えてみるのよ。言ってみれば、演繹的証拠になると思ってみて…宇宙人がいるだろうことはわかる?」
おおっと、話題が飛んだな。まあよかろう。
「宇宙は広いからね」
「フェルミパラドックスって知っている?」
「聞いたことがある気がする……宇宙人がいるのなら、宇宙的な時間感覚から、なぜ地球に来ていないのか、という矛盾のことだったか」
「よくご存じね」
女子高生によくご存じといわれることは何ともこそばゆい。しかし不思議なことに、無知ゆえの果敢さを感じない。この娘は、何かを知っている。
「あなたは、なぜ宇宙人が地球に来ていないと思う?あるいは、明確に来ている足跡を残さない程度にしか来ていないのだと思う?」
「政府が隠しているのか、あるいはこっそり来ているのかもな。」
私は隠していないぞ!
「どうかしら。スペイン人がメキシコに到達したとき、アメリカ大陸を発見したとき、自らを隠した?力が強いものが弱いものに会う時、隠れる理由はないのよ。来ているのなら、政府が隠し通せないほどの露出が起こるわ」
「なるほど。
とはいえ、宇宙には宇宙の掟があるのかもしれない。地球人に会う時には隠れろ、とね。あるいは宇宙人は地球に関心がないのかもしれない」
「フェルミパラドックス的には宇宙人は単一種のみが存在するわけではないわ。幾千万もいるかもしれない。中には地球に関心がある種族もいるでしょう。掟?たとえ掟があったとして、誰も破らないわけはないわ。現に、地球人だって法律がありながらたくさんの人が破るじゃない」
「何が言いたいのだ」
「フェルミパラドックスから必然的に導かれることの一つは、恒星間の虚無を越すことは全く簡単ではないということ。技術力の高い宇宙人であっても個人ではできず、種族としての判断になるということだわ」
言葉の選び方が、どうも高校生ぽくない。
「ふむ。ほかの可能性をすべて否定してはいけないだろう」
「申し訳ないけど、あなたと一晩中問答している時間はないのよ」
それは、首相たる私が言うべき言葉では?しかし、この娘、どこか面白い。
「本当にほかの可能性についてお聞きになりたいなら、今度教えてさしあげます」
「結局何を言いたいのだ?」
「今まで地球に大掛かりな宇宙人の来訪はなかったけど、ここから数十年間の間に宇宙人の大掛かりな来訪がある。このことそのものが、宇宙人の技術レベルを計るきっかけ。そして、その目的は侵略」
それはまた陳腐な目的だ。
「宇宙人が侵略に来るとは尋常ではないな。話し合いや交渉だってできるだろう。侵略してまで欲するのは何なのだ?市場?彼らが一方的に何かを売りたいのか?」
「彼らが地球にものを持ってくることも大変だし、彼らが欲しがるものがない以上、市場は必要ない」
「人類という労働力?」
「人類でさえ、奴隷を使うのをやめて機械力を使う。あなたたちより進んだものが、あえて人類を労働力に使うと思う?」
「では何ゆえに、宇宙人が大挙して地球に来るのだ。観光でもなかろう」
「宇宙人が市場も資源も工業製品も求めない。人類も必要としていない。それでも来るとしたら?」
それを地球から除いてみれば、地球しか残らないではないか。海?水?それも資源だろう。とすると......。
私は小さく拍手した。
「なるほど、彼らは地球自体を欲するということか。彼ら自身のために。おそらくは移住先か何かか」
「その通りよ。恒星間の移動よりもコストがかかるのは、地球型惑星を作り出すこと。だから、地球型惑星を奪いに来る。力ずくで」
「宇宙人が必ずしも地球型惑星を好む場合だけではないだろう」
「そのとおりよ。地球に来るのは、地球型惑星に興味を持ち、地球型惑星を好む宇宙人だけ。地球人だってそうでしょ?太陽系外惑星を見つける試みだって、結局は木星型よりも地球型を見つけたときの方が喜びが大きいじゃない。未来において探査機を送り込むなら、太陽系外の地球型惑星に送り込みたいでしょ?それと本質的には同じ」
なるほど。確かに。
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