第2話 現実
世界が再び動き出した瞬間、
それまで凍りついていた音が、一斉に流れ込んできた。
叫び声。
怒号。
意味をなさない混乱したチャットログ。
「どういうことだよ!」
「ログアウトできねえ!」
「運営、ふざけんな!」
視界の端で、プレイヤーたちが我先にと街へ走り出す。
玲奈は、その場から動けなかった。
(……行かなきゃ、なのかな)
頭では分かっている。
一人でいるのは危険だ。
でも、足が動かない。
人の多い場所。
知らない人たち。
飛び交う声。
それだけで、胸が締め付けられる。
⸻
意を決して街へ近づくと、
そこはすでに騒然としていた。
広場には、数十人のプレイヤーが集まっている。
誰かが怒鳴り、
誰かが泣き、
誰かが必死に現実へ戻ろうとしていた。
「運営がバグっただけだ!」
「強制ログアウトされるまで待とう!」
「冗談だろ……冗談だって言えよ……」
玲奈は、人混みの端で立ち尽くす。
(……話しかけられたら、どうしよう)
視線が合いそうになるたび、慌てて逸らす。
チャットを開くことすら、怖かった。
⸻
誰かが死んだ
突然、悲鳴が上がった。
街の入口付近。
パニック状態で外へ飛び出したプレイヤーが、
フィールドのモンスターに襲われたのだ。
HPバーが、凄まじい勢いで削れていく。
「助けろ!」
「ヒーラーいないのか!」
誰も、すぐには動けなかった。
次の瞬間。
そのプレイヤーの体が、
光の粒子になって消えた。
ログが表示される。
《PLAYER:XXXX 死亡》
空気が、凍りついた。
(……死ん、だ?)
冗談じゃない。
さっきまで、確かに生きていた人間が、
この世界から消えた。
現実でも、死ぬ――
その意味が、ようやく実感として押し寄せる。
⸻
玲奈は、無意識に弓を握り締めていた。
指が、震える。
(無理……こんなの)
誰かの指示を待ちたい。
誰かに「大丈夫」と言ってほしい。
でも、そんな都合のいい存在は、いない。
周囲のプレイヤーも、皆同じように怯えている。
⸻
「君、一人?」
突然、声をかけられた。
びくり、と肩が跳ねる。
振り向くと、
鎧を着た男性プレイヤーが立っていた。
「今は、ソロだと危ない。パーティ組まない?」
善意だと、分かっている。
理屈では、正しい。
でも――
(……声が、出ない)
喉が詰まったように、言葉が出てこない。
断る言葉も、肯定する言葉も、
どちらも見つからない。
沈黙。
男性は、少し気まずそうに視線を逸らした。
「……そうか。無理にとは言わない」
そう言って、去っていく。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(ごめんなさい……)
心の中でしか、言えなかった。
⸻
その後も、何人かに声をかけられた。
けれど、玲奈はすべて答えられなかった。
結果、彼女が選んだのは――
街から離れること。
(人が多いと……息ができない)
危険なのは分かっている。
それでも、
一人でいるほうが、まだ耐えられた。
フィールドの外周へ、静かに向かう。
誰にも見られないように。
⸻
弓を構え、モンスターを倒す。
失敗できない。
一撃も、無駄にできない。
(……生きなきゃ)
それだけを、心の中で繰り返した。
この世界で、
自分の命を守れるのは、今のところ自分だけだ。
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