VRMMOに閉じ込められました。

イナ

第1話 ログイン

VRMMO《アストラル・フロンティア》は、

現実に限りなく近い感覚を再現する最新技術によって、爆発的な人気を誇っていた。


痛覚は制御され、死んでもデータが失われるだけ。

誰もがそう信じていた。


彼女――**篠宮 玲奈(しのみや れいな)**も、その一人だった。




ヘッドギアを装着し、ベッドに横になる。


視界が暗転し、次の瞬間――

世界は、いつも通りに始まった。


青い空。

風に揺れる草原。

遠くで鳴く、見慣れた低級モンスターの声。


「……ログイン、完了」


篠宮玲奈は、誰にも聞かれないように小さく呟いた。


(今日も、人はいっぱいいるんだろうな)


街の方角を見れば、すでに多くのプレイヤーが行き交っているのが分かる。

チャットの通知音が、断続的に鳴っていた。


(……近づかないでおこう)


彼女は、自然と踵を返し、人気の少ないフィールドの外周へ向かった。




玲奈が選んだアバターは、

現実の自分とは似ても似つかない、淡い銀髪の少女だった。


身長は少し低め。

声も、柔らかく調整されている。


(……この姿なら、少しは楽)


現実では、人と話すときにどうしても緊張してしまう。

言葉を選びすぎて黙り込み、

その沈黙がさらに空気を悪くする。


だからこそ、VRの中では

「別の自分」でいられる気がしていた。


もっとも――

中身が変わるわけではないのだけれど。




初期職業は弓使い。


近接職は、誰かと連携する前提のものが多い。

魔法職も、パーティ前提の支援が多かった。


(後ろから、静かに撃つだけでいい)


それが、玲奈にとって一番安心できる距離だった。


フィールドの端で、

一体のスライムを見つける。


呼吸を整え、弓を引く。


矢は正確に命中し、スライムは霧散した。


《EXP +12》


(……問題なし)


誰にも見られていない。

誰とも話していない。


それだけで、心が落ち着く。



世界は、まだ普通だった


時間は、穏やかに流れていた。


モンスターを狩り、

アイテムを回収し、

時折、遠くで聞こえるプレイヤーの笑い声に耳を塞ぐ。


(このゲーム……人気なの、分かるな)


グラフィックは現実と見紛うほど精細で、

空気の冷たさや草の感触まで再現されている。


だからこそ、

“ただのゲーム”だと信じて疑わなかった。


この時までは。



違和感


次の獲物を探して歩いていたとき、

ふと、風が止んだ。


木々の葉が、空中で静止している。


(……え?)


周囲を見渡す。


モンスターが、動かない。

遠くのプレイヤーも、同じ姿勢のまま止まっている。


まるで――

世界そのものが、フリーズしたように。


「……バグ?」


そう呟いた瞬間。


視界の中央に、見慣れないウィンドウが展開された。




《運営からのお知らせ》


文字は淡々としていて、

感情の欠片も感じられない。


玲奈は、嫌な予感を覚えながら、続きを読む。


《本日をもって、《アストラル・フロンティア》は正式サービスを終了します》


(……終了?)


理解が追いつかない。


イベント?

悪質な冗談?

それとも、何かの演出?


だが、次の一文が、すべてを否定した。


《現在、ログアウト機能は停止中です》


玲奈は、反射的にメニューを開いた。


ログアウトボタン。

そこだけが、灰色だった。


押せない。


何度試しても、反応しない。


「……うそ」


声が、震えた。

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