第15話:証明のステージ

 午後9時。定刻通り、配信開始のカウントダウンがゼロになった。

 画面が切り替わり、私のチャンネルのロゴと動くイラストが表示される。その瞬間、凄まじい勢いでコメントが流れ始めた。視聴者数はすでに数万人を突破している。

 

 想定以上の視聴者数に冷や汗がたらりとする。これだけ人数が多いのは私が人気だからではない。炎上している人間を見物にしにきた割合がかなり多いだろう。


 良くも悪くも私は注目されているんだと、認識せざるを得ない。


『きたああああああ!』


『本当にやるのか…』


『がんばれすずちゃん!』


『加工ビッチの謝罪会見wktk』


『逃げんなよー』


 期待、不安、煽り、激励。あらゆる感情が渦巻くコメント欄を私はモニター越しに見つめていた。

 ここで私が何を言うか。その第一声に、全ての注目が集まっている。

 私はゆっくりと息を吸い、マイクに声を乗せた。


「こんばんは。すずです」


 たったそれだけ。

 余計な挨拶も、謝罪も、言い訳もない。


 その一言だけであれだけ荒れ狂っていたコメント欄の勢いが、ぴたりと止まった。まるで嵐の海が凪いだかのように。

 誰もが私の声が持つ異様なまでの存在感に、息を呑んだのだ。私はその静寂の中で言葉を続ける。


「今夜は、私の歌を聴いてもらうために来ました」


 再び、コメント欄がざわめき始める。


『いきなり歌うのか?』


『前置きなしかよ』


『リスナー騙してたんだろ?謝罪しろ』


『覚悟決まってんな』


『がんばって!!』


 そのざわめきを意に介さず、感情を乗せないで淡々と告げた。


「最初の一曲は……リクエストの中から」


 次の言葉を継げる前に、一呼吸置く。


「――アカペラで歌います」


 アカペラ。

 その単語が投下された瞬間、コメント欄は驚愕で爆発した。


『は!? アカペラ!?』


『マジかよ……大丈夫なのすずちゃん……』


『伴奏なしってこと!?』


『逃げ道全部塞いでて草』


『おいおい正気か? 普通のプロでもやらねえぞ』


『自暴自棄で草』


 加工疑惑をかけられている配信者が。その反証の場で、アカペラを選択する。それはあまりにも無謀で、あまりにも大胆不敵な宣言だろう。全ての誤魔化しが効かない。完全な丸裸の状態で、自分の喉一つで勝負するという意思表示。


 アンチたちですら、その狂気じみた選択に、一瞬言葉を失っていた。


 私はさらに畳み掛ける。


「曲はモーツァルト作曲。オペラ『魔笛』より、『夜の女王のアリア』です」


 その曲名を聞いて、コメント欄は三度目の爆発を起こした。今度は驚愕を通り越して、畏怖と呆れが混じったような反応だった。


『夜の女王のアリア!?!?』


『嘘だろ…………』


『あの超絶技巧のコロラトゥーラをアカペラで…?人間に可能なのか?』


『すげえ詳しい奴いて草』


『さすがにハッタリだろ』


『無理むりあんなん歌えるわけけねーだろw』


 クラシックに詳しくない者ですら、一度は耳にしたことがあるだろう。人間の声帯の限界に挑むかのような、超高難易度の楽曲。それをアカペラで。


 もはやそれは証明というよりも、挑戦かもしれない。音楽そのものへの、人間の可能性への挑戦。

 

 私は視界を閉ざしてノイズを意識の外へと追いやった。


 深く、深く、息を吸う。

 全身の細胞が歌うための準備を始める。

 世界から音が消えた。聞こえるのは、自分の心臓の鼓動だけ。


 さあ、歌おう。

 

 私の本当の声を。

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