第5話:運命のDM
チャンネル登録者数が5000人を突破した。
週二回の配信はすっかり生活の一部となり、当初の緊張は心地よい高揚感へと変わっていた。コメント欄にはいつも見かける名前が増え、温かい応援の言葉が私の歌う力になってくれる。
「すずちゃん、今日も良かったわよ。喉、疲れなかった?」
配信を終えてリビングに戻ると、かなでさんが温かいハーブティーを用意して待っていてくれた。この人がいなければ、私はここまで走り続けることはできなかっただろう。
「ありがとうございます、かなでさん。大丈夫です」
「そう。無理だけはしないでね。……ああ、そうだ。DMいくつか来てたわよ。企業からの案件依頼もあったけど、まだ早いから断っておいたわ」
「案件……」
自分の活動がビジネスとして認識され始めている。不思議な感覚だった。
かなでさんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、パソコンで自分のアカウントを開く。ファンからの「今日の歌も最高でした!」「いつも癒やされてます」といったメッセージに、一つ一つ目を通していく。心が温かくなる時間だ。
その中に、一件だけ他とは明らかに違う空気を放つDMが紛れ込んでいるのに気づいた。
差出人の名前は、「天城レイ」。
その名前に、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
天城レイ。
前世で音楽好きの間では知られた存在だった。顔も本名も一切不明。ネット上だけで活動する、謎の作曲家。
彼が作る曲はどれも独創的で中毒性が高く、一部のアーティストや歌い手から熱狂的な支持を集めていた。商業的な成功には興味がないのか、メジャーシーンには一切顔を出さない孤高の天才。
そんな人物から、なぜ私に?
震える指で、DMを開く。
そこに書かれていたのは、短く、そして恐ろしく熱のこもった文章だった。
『すず様
はじめまして。天城レイと申します。
あなたの歌を聴きました。
雷に打たれたような衝撃、という言葉は、このためにあったのだと知りました。
あなたの声は奇跡だ。
どうか私の曲を歌ってもらえませんか。
あなたの声で、私の音楽を完成させてほしい』
短い文章の中に、彼の興奮と本気が凝縮されていた。
これはお世辞や社交辞令ではない。彼の魂からの叫びだ。
前世、喉を壊す前、私も彼の曲を聴き込んでいた。いつかこんな曲を歌ってみたい、と憧れていた。その本人から直接のオファー。
夢みたいだ。いや、これもまた、TS転生という奇妙な運命がもたらした現実なのか。
「……かなでさんっ!」
私は、リビングのソファで雑誌を読んでいたかなでさんに、ノートパソコンの画面を見せた。
「これ、見てください!」
かなでさんは私のただならぬ様子に驚きながらも、画面を覗き込んだ。そして、差出人の名前を見ると、少し目を見開いた。
「天城レイ……あの? 本当に本人かしら」
「たぶん……本物だと思います。この文章、彼の作る曲と同じ匂いがします」
「匂い、ねぇ」
かなでさんは腕を組んで少し考え込んだ後、言った。
「分かったわ。まずは、相手が本当に本人か、そして安全な取引ができる相手か、私の方で確認してみる。受けたいか、何て聞くまでもないみたいね」
苦笑しながらまた私の頭をなでた。
数日後。かなでさんはいくつかのルートを使って、そのDMが本当に天城レイ本人からのものであることを突き止めてくれた。怪しい点の無い、純粋な音楽的オファーであることも。
「問題なさそうよ。あとは、すずちゃん次第。どうする?」
「やります」
迷いはなかった。即答だった。
「絶対にやらせてください」
胸の高鳴りが抑えきれない。
孤独な天才と、謎の歌い手。
まだ誰も知らない、最高の音楽が生まれようとしている。その予感が、私の全身を駆け巡っていた。
私は深呼吸を一つすると、天城レイへの返信を打ち始めた。
『天城レイ様。ご連絡、ありがとうございます。光栄です。ぜひ、私にあなたの曲を歌わせてください』
送信ボタンを押した指先が熱を持っていた。
これが、私のそして彼の運命を変える一通になる。
まだ顔も知らない相棒との運命的な出会いの瞬間だった。
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