第7話

「着いたよ」


 その言葉に顔をあげた。ぼんやりしていた。思っていたより時間が過ぎていたらしい。

 車から降りると、既に到着していた前方の車たちから人が降りていた。慌ただしく遺体が担ぎ込まれて、厳しい顔をした常駐隊員たちが話し合っている。

 雨に晒されたくないので、早々に署の中に入った。


「えーっと、じゃあ報告書お願いね。今回は危険度B-一体、B+二体だったからいつもより多めになるよ」

「はい」


 新井さんに言われて、頷く。


「あと、三日後に朝一で今日の事案についての会議するから、学校に半休の連絡しておくね」

「えっ」


 三日後って月曜日では。しかも、もう決定事項らしい。

 三日後……なにかなかったかな。大丈夫かな。

 心配になりつつ、頷く。受け入れるしかないのだから仕方ない。ため息をつくと、隣の森先輩が「学校好きなんだ、意外」と言ってきた。


「森先輩は学校、嫌いなんですか」


 尋ねると、先輩は肩をすくめる。


「まあ、好きではなかったな。超人って目立つじゃない? 良くも悪くも注目されるし。学校を休むこともそれなりにあったから、勉強にもついて行けなくてさ。陰口言われたりもしたよ」

「そっか……」


 確かに、超人が目立つのは事実だ。生まれつき美人が多いし、なにかと優秀な人が多い。それに、一応こういう人を守る仕事に就いているから、アイドル的存在でもあるのだ。森先輩や私も、しばしば任務後にサインを頼まれる。隊員にとってはよくあることだ。


「三浦は訓練所の近くの学校だから、そういう意味じゃ良かったのかもね。中学の時も、学校に訓練隊員の後輩がいたんでしょ?」

「はい、二人。あと、先輩に一人いました」

「中学校だと特に選べないからね。三浦が私と同じ思いしないですむなら良かった」

「心配してくださるのは嬉しいんですけど、先輩の暗い過去聞いちゃうと、なんか素直に喜べません」

「それはごめん」


 森先輩は悪びれもなくそう言った。この人は優しいのか冷たいのかよく分からない。


「えーっと、はいはい、あったあった。これで全部だよ」


 書類を探していたらしい新井先輩が戻ってきて、はい、と私にそれを渡した。普段より4枚多い7枚の書類を受けとる。これ全部に記入しなきゃいけないのか……憂鬱だ。


「ありがとうございます」

「期限は明日の夜までだよ」

「えっ、延びないんですか」

「報告書の提出期限はねぇ、伸びないんだよね……残念だけど」


 そんな。がくりと肩を落とす。更に憂鬱になってしまった。


「そうだ。傷、大丈夫そう?」


 気を利かせてくれたらしい。優しい顔の新井先輩にそう言われて、私は気を取り直す。


「はい、家で消毒でもしておけば問題ないかと」

「それなら良かった」

「でも、当分は染みそうだね。そんだけ切り傷あるとさ」


 森先輩は私の手の甲の切り傷を指さした。少し血が滲んで薄皮が張った傷口は、確かにとても染みそうだ。お風呂とか地獄だろうな。

 しかし。


「森先輩、私の能力を思い出してください。消毒するや否や完治させますよ」


 思い切り胸を張って言うと、先輩二人が妙に生暖かい目でこちらを見てきた。


「あー、そっか。三浦って本当に便利だね。私もそっちの能力が良かったな~」

「あげませんよ」

「ははは、言われなくても分かってるよそんなこと。というか、人に渡したりできないでしょ」

「冗談です」

「ほんっと、可愛げのない……」


 ぼそっと呟く森先輩。なんだと。


「まあまあ、二人とも。あっ、そうだ。エミュレイターキューブ、早く窓口の人に渡してきなよ」

「あ、忘れてました。行ってきます」


 私は先輩に背を向けて小走りで階段の方に向かった。後ろから、

「三浦は転移ばっかりしてるから転びそう」

という大変心外な言葉が聞こえたが、無視だ。無視。

 転移能力があるからといって、どこでもなんでもそれを使っているわけではない。距離が遠いほど疲れるし、何気に神経を使う能力だ。普段遣いには向いていないのである。

 階段を駆けのぼると、殺風景な受付が並んでいた。

 『キューブ交換課』へ向かう。ここで捕獲キューブの受理や、使った他のキューブの交換などが行えるのだ。

 奥へ奥へ進んでいく。連絡掲示板に見覚えのない紙が貼られていた。見ると、『月末定例会議のお知らせ』という文字が書かれている。ああ、私には関係ないやつ。私はそのまま掲示板を横切った。

 交換課の窓口の丁度すぐ傍まで来たとき、突如サイレンが鳴った。


『緊急要請。鴛泊港で危険度E30体が確認されました。同脳の分裂群と見られます。至急討伐願います。繰り返します。緊急……』


 分裂群か……。私は思わず顔を顰めた。

 これは、名前の通り、分裂するエミュレイターの作った群れのことだ。その厄介さゆえに名前がついている。

 エミュレイターの中には分裂する個体がいる。そういった個体は発生率が低いが、一度発生すると群れを形成できるほどの数まで増えて対処が難しくなる。そのため、発見されると即討伐を求められる緊急事案となるのだ。

 大抵は危険度FかEのような弱い個体の群れ。しかし過去には危険度C50体の分裂群が現れ、討伐に黄階級がかり出されたこともある。今回のE30体はわりと大群なので、私も行くべきなのは間違いない。

 ただ、今回は私なしでも大丈夫そうだ。なんせ。


「すみません、捕獲キューブの受理を行って欲しいのですが」


 “拡散”の森先輩がいるのだから。


「ああ、分かりました。こちらにどうぞ」


 私はテキパキとベルトポーチからキューブを取り出し、受付にあるキューブボックスに入れた。ピコン、とボックス全面にある画面が光り、B+2B-1と表示される。


「えーあっ、B+2……すみません、隊員証をいただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

「失礼します」


 私は男性に、首元にかけた簡易隊員証を渡した。

 本物の隊員証は大きいし重いので、基本隊員は首にこうやって簡易隊員証をかけて使っている。これは隊員の必須アイテムで、普段任務情報や実績などを記録して本部に送る際に使う。

 カードには認証用バーコードと顔写真、それから偽造防止用のホログラムなどがついており、専用の機械に入れるだけで本人確認と情報上書きができる優れもの。ついでにGPS付きだ。これで隊員の位置情報を把握し、エミュレイター討伐に役立てている。

 無事読み込めたらしい。男性はすぐに私に隊員証を返した。


「ありがとうございます」

「いえ。認証は以上です。実績と来年度の予想階級を確認しますか?」

「大丈夫です。ありがとうございました」


 私は隊員証を首に通して、軽く頭を下げた。

 下に降りると、既に先輩たちはいなくなっていた。それだけでなく、外にいた隊員も皆いなくなっていた。窓には雨が貼りついている。雨音は相変わらず止む気配がない。殺風景な総合窓口前の待合には誰も座っておらず、受付も暇そうだ。

 私は特に用もなかったので、そのまま署を後にして、転移する。

 目を開ければ、そこにはいつも通りの我が家があった。



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