第25-2話 ノア=エル:孤独な神と愛の惨劇

・愛の巣の惨劇と、教師の決断


ノア=エルは、理人の全力ツッコミによって、

暴走をギリギリで止められたものの、

顔は花火大会のフィナーレみたいにキラッキラに輝いていた。


「先生! 私の孤独に涙してくださるなんて……

 これはもう愛が最終形態です!


 さあ、その勢いで私の『愛の巣』へGO!

 レッツ・マイ・ラブハウス!」


「やめろそのテンション!

 愛の巣じゃない! 普通の家だ!

 勝手に進化させるな、ポケ◯ンか!」


とはいえ、遺跡任務の打ち合わせが必要な以上、

結局、理人はノア=エルの家へ向かうことになった。


外から見ると親密そうだが、

目的はあくまで「生徒の日常指導」。

————正直、魔界級の難易度である。


到着したノア=エルの家は、


(マンション最上階を愛の波動で勝手に占拠した)

神の豪華ペントハウスだった。


「……この眺め……高級ホテルかよ……」


「ようこそ、私たちの愛の聖域へ♡」


「聖域じゃない!

 そして『私たち』とか共同所有みたいに言うな!」


ノア=エルはハミングしながらキッチンへ。

理人の脳内では既に「嫌な予感アラート」が鳴り響く。


「先生、せっかくですし、今日は……

 私の愛の波動をたっぷり込めた料理を振る舞いますね!」


「聞かなかったことにしたい……帰りたい……!」


ノア=エルは嬉しそうに宣言する。


「メニューはずばり!

 愛のエネルギーを最大限に引き出すため、

 時空を超えた食材を投入!


 『愛のエントロピー無限大シチュー!』

  ~略して——次元崩壊シチュー!!」



その瞬間、理人の視界に“例のUI”がポップアップを始めた。



>>> 光るイカの足(物理)


>>> 影が二重に存在する人参(形而上)


>>> 振りかけると宇宙の物理定数が1d+3される調味料




……などなど、

見ただけでSAN値が削れる食材が空間に浮かび始める。


「やめろおおおおおおッ!!」


理人は泣きそうになりながら、

暴走旧神を羽交い締めにして全力阻止した。本当に泣いた。


「ノア=エル! お前の料理は食べ物じゃない!

 それは兵器なんだよ! 食育として大問題だ!」


「先生!?

 まさか愛の結晶を止めるなんて!

 これは愛の大罪です!」


「大罪じゃない!! 普通に危険なんだよ!

 過去にお前の料理を食べた奴、

 人格が“海老反り”みたいに歪んだんだよ!


 任務前に俺をカオスにするな!!」


理人の奮闘の結果、ノア=エルはソファへぽすんと着席。

代わりに理人がキッチンへと向かった。


「いいかノア=エル。『日常』ってのはな、

 普通の食材を普通の器具で料理するんだ。


(これは、俺の『秩序の結界』を張る儀式だ)


 愛の波動も、時空の歪みも、今日は全部いらん」


ノア=エルはしょんぼり肩を落とす。


「むぅ……愛の波動、封印されました……」


「封印だ。今日だけじゃなく基本封印!

 神は料理するな!」


その言葉に、ノア=エルの視線がふと揺れた。


「……先生に、

 喜んでほしかっただけなのに……」


理人の手が止まる。


(……そうか。この子なりに、前回の『話』を受けて、

 何かしようとしてたんだな)


教師としての責任感と、

ほんの少しの温かさが胸に灯る。


「……気持ちは受け取った。だからこそ俺が作るんだ。

 まずは『普通の幸せ』を知らないと、

 本当の愛も分からんだろ」


ノア=エルは驚いたように目を丸くしたが、

大人しく頷いた。


理人は残りHP2の「教師の威厳」を振り絞り、

流れるような手つきで夕食を作り始める。


完成したのは——

シンプルな生姜焼き定食。


黄金のタレ、香ばしい肉、シャキシャキのキャベツ。

人類が千年かけて辿り着いた「安心」の味だ。


「ノア=エル。これが日常の秩序だ。

 『愛の爆心地』も『次元崩壊』も入ってない。」


「え……愛が……入ってないんですか……」


寂しげに呟きつつ、ノア=エルは一口食べる。


モグ……モグ……。


そして——


「お、美味しい!!」


目が虹より輝き出した。


「愛の暴走はしてませんが……理性に安らぎが……

 しみ渡ってきます……! まるで、誰も私を拒絶しない、

 温かい世界の味です、先生……」


 先生の料理……

 これは愛の概念すら超越した安心の化身……!」


「なんで超越するんだよ!

 普通に『美味しい』でいいんだよ!」


ノア=エルは嬉しそうに笑った。

その表情は、旧神ではなく————


一人の『女の子』の顔だった。


こうして、旧神の愛の巣で起きかけた惨劇は、

教師が作った「普通の料理」で、かろうじて収束したのだった。




・あーんと、愛の指導


二人は向かい合って、

平和な食卓——のはずの食卓についた。

ノア=エルは生姜焼きを食べるたびに、


「先生の秩序が……舌の宇宙に染み渡って、

 ……ビッグバンです……!」


などと毎回壮大な感想を述べ、

理人はそのたびに心のSAN値が削られていた。

(……こいつ、たまに本気で寂しそうな目をするんだよな)


そんな食事も終盤に差し掛かったとき。


「先生! はいっ!」

ノア=エルが満面の笑顔で、ぱっくり口を開けた。


「…………」理人の思考が止まる。


「先生、あーんしてください♡」


「なっ……あ、あーんだと!? この状況で!?

 た、頼むから食後のコーヒーくらいの静けさをくれ!」


理人は茶碗を取り落としかけ、慌てて受け止めた。


ノア=エルはキラキラ光る目で胸を張り、


「はい! 先生の力強い秩序の箸さばきで、

 私に愛の栄養を与えてください!

 これぞ愛の指導第一章です!」


(なんか箸が聖剣に見えてきたぞ……)


「指導じゃない! そして愛の指導を章立てするな!

 シリーズものにする気か!」


しかしノア=エルの瞳は、まったく揺れない。

光量MAX、輝度500、放っておくと家電を充電できそうだ。


「でも、先生……」

ノア=エルはそっと視線を落とした。


「私は何億年も……孤独でした。

 愛を知らず、愛を語る相手もいない神でした。


 そんな私に、先生が『食べ物を与えてくれる』、

 その行為は……この次元のどの文献よりも、

 愛の定義に近いのです……!」


「孤独を持ち出すなぁぁッ!!

 心を揺らすな! それは反則だ!」


理人は叫んだものの、

その表情には切実さと寂しさが混じっており、

『万年孤独の旧神』の哀愁を帯びていた。


(……くそ。これ以上拒否したら、

 ノア=エルのメンタルゲージが蒼白になり、

 愛の暴走イベント不可避……!)


理人は観念した。


ため息ひとつ。生姜焼きをひと口サイズに切り、

箸で慎重につまむ。


「……いいか、ノア=エル。これは愛じゃない。

 あくまで『孤独な生徒への教師の義務』だからな。

 ほら、食べろ。」


震える手でノア=エルの口元へ差し出す。


「あーん……」


ノア=エルは、まるで『宇宙創生の鍵』を、

受け取るような全力の神々しさで口を開け——


ぱくっ。次の瞬間。


「んんんんん~~~っっ!!

 先生ぇぇぇ!! これは……愛の絶頂ですっ!!


 先生の箸から伝わる秩序……! この味……!

 私が何億年も求め続けた至福の愛の香り……!」


「そんな壮大なコメントいらん!!

 絶頂とか言うな! 生姜焼きだぞただの!

 普通に『美味しい』でいいんだよ!!」


理人は顔を真っ赤にしつつ、テーブルに突っ伏した。

(教師の権威が……生姜焼きに負けた……!)


こうして、泣き、笑い、愛が暴走し、

ツッコミが飛び交う乱気流のような食事会は……


最終的に、

『教師と旧神のハートフル(?)ラブコメディ』、

として着地したのだった。


ノア=エルは満面の笑みで、箸を置いた。


「先生。次の遺跡任務、私、ぜーんりょくで頑張ります!

 だから……また『愛の指導』、あーんでお願いしますね♡」


「しない!! 絶対しない!!

 遺跡の攻略に集中しろ! あーんするんじゃない!」


しかし理人は、

本当に嬉しそうなノア=エルの笑顔を見て——


(……まあ、少しくらいは……悪くないけどな。

 この子に、孤独じゃないって思ってもらえるなら……)


胸の奥が、そっと温かくなるのを感じていた。



【第26話へ続く】

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