『旧神ヒロインが僕の全行動を求愛と誤解した結果、世界が滅亡の危機に瀕している件』③ 〜ハスターの眷属が関わる『古代都市の遺跡』への準備期間中〜
NOFKI&NOFU
第6章「愛の証明と、孤独な神々の教師」生徒編
第25-1話 ノア=エル:愛の誓約書と暴走ラブレター
・いつもの日常の放課後なのか?
学校裏庭。
職員室での会議を終えた理人は、
次の任務のプレッシャーを強く感じていた。
今日だけで七つの不可解現象を鎮圧し、
うち三件はノア=エル案件だった。
精神力は、給食費未払いの書類より薄くなっている。
自転車の鍵に手を伸ばしたその瞬間——
恒例の光と愛の大洪水が背後から迫ってきた。
「せ・ん・せ・いっ! お疲れ様です!
今日の愛の残量はどれくらいですか!」
「こらノア=エル!
ガソリンスタンドみたいに聞くな!
俺は常に燃料警告灯が点滅してるんだよ!
もう帰らせてくれ!」
振り返ると、いつもの『愛の虹エフェクト』、
ではなく……
今日は「後光+電飾+信号機の青が点滅している風」、
新作イルミネーションを背中に垂らしたノア=エルが、
全力満面スマイルで立っていた。
もはやオーラというより、
冬の商店街とイベント会場をまとめて敵に回すレベル。
そんな彼女が、
どこからともなく香りつきの分厚い封筒を取り出した。
結婚式の招待状と、
RPGのラスボス討伐証明書を混ぜたような、
主張の強すぎるデザインだ。
「先生、お受け取りください!
宇宙規模の愛を封じた、次元越境ラブレターです!」
そして封筒の表面には、超重量級の一文。
『先生への愛と永遠の契約を誓う神聖な誓約書:第二版』
————第二版? なぜ改訂された?
封筒はほんのり脈動し、
持ってもいないはずの熱量が指先にじりじり伝わってくる。
鼻を近づければ、かすかに「星間真空の匂い」がした。
理人の視界に、脳内警告UIがポップアップ。
>>>ALERT: 恐ろしいフラグが成立
>>>ノア=エル:ラブレター
(次元崩壊級) LV.MAX
>>>抑制率:教師の威厳(現在:紙)
>>>SAN値チェック:成功率 2%
「俺は常に燃料警告灯が点滅してるんだよ!
もう帰らせてくれ!」
(内心:給食費未払いの書類の方がまだ秩序があるぞ……!)
「ちょ、待て待て待て!
ノア=エル、『誓約書』って何だ!
もう結婚届けの前座かなんかか!?」
理人は反射的に後退した。
「もちろん最終的には先生と次元を超えた……
夫婦契約を結びたいですが、これはその前段階です!
先生の全行動を求愛と誤解し続けた結果、
世界が滅亡しかけている現状を打開するための、
愛の最終確認なのです!」
(私の愛が世界を壊してしまう前に、
先生に受け入れてもらわなければ、
という焦燥感が透けて見える)
「お前、あらすじを全部言うな!
そして最終確認したら、 滅亡がすり寄ってくるじゃねーか!」
ノア=エルは頬を染め、
キラッキラした瞳で理人を凝視する。
「私は真剣なのです、先生。私の愛は、
次元の理性や因果律では収まりません。
この手紙を読み、
先生の精神が持つかどうか?
それが、私たち旧神ヒロインの未来を……
左右するのです!」
(いや持たんだろ! ノア=エルの愛は、
だいたい爆発か時空歪曲を引き起こすんだよ!)
拒否するのは簡単だった。しかし理人は、
これまでの戦いで見えてきた『旧神の孤独』、
少しずつ理解し始めていた。
深い息を吐き、彼は封筒を受け取った。
「……分かった。受け取るよ」
ノア=エルは一瞬時を止めたかのように固まり、
表情の変化が半拍遅れて、
虹色の光度がMAXを超えそうに跳ね上がる。
「せ、先生っ!?
よ、よろしいのですか……っ?」
「ただし条件がある。」
理人は教師の顔で告げる。
「俺はこれを『ラブレター』としては読まない。
旧神としてじゃなく、
『俺のクラスの生徒の書いたもの』として扱う。」
ノア=エルが息をのむ。
「それと、この手紙の『愛』が、
お前の孤独から来たものなのか、
本当に次元を超えた想いなのか。
それを見極めるのが教師としての役目だ。」
理人は真正面からノア=エルを見る。
「これは愛の誓約書じゃない。
生徒からの人生相談だ。それでいいな?」
ノア=エルは、ぽかんとしたあと、
静かに目を潤ませた。
「……はいっ。先生が、
私をひとりの生徒として見てくださるなら……!
私の孤独の魂は救われます……!」
一拍の感涙ののち、
彼女はいつもの暴走で言葉を滑らせた。
(ああ、今、
彼女の中の『指導への感謝』という理性が、
愛の圧力で完全にクラッシュした音がした)
「……愛のデート、よろしくお願いします!」
「違う! だから指導であってデートじゃない!」
理人は重すぎる封筒をカバンに押し込み、
ようやく一息ついた——……気がしただけだった。
(※このあと彼は封筒を開くが、SAN値はガタ落ちする。)
・孤独な神の過去と、共感の涙
「よし、分かった。まずは……指導の第一歩だ」
理人は、ベンチを軽く叩き、
ノア=エルを向かい合わせに座らせた。
空気がひんやりと静まり返り、
学校裏庭がまるで異世界の審議室のように感じられた。
「ノア=エル。お前が俺と出会う前……
『愛』を司る神として、どんな存在だったのか。
もう一度、聞かせてくれないか?」
ノア=エルは、
いつもの無限元気さをそっと閉じ、
視線を落とす。
七色のオーラは、
まるで濡れた絵の具みたいに色を失い、
淡く冷たい陰を帯びていった。
理人は小さく息を吸い、
ノア=エルの言葉が途切れるのを待った。
七色の光の減衰、震える指先、
声の揺らぎ——
全てが、彼女の「本当」を物語っていた。
「私は……愛そのものでした。
宇宙に芽吹く生命の鼓動に触れれば、
惑星の海が赤く染まるほどの祝福が溢れ……
喜びを灯せば、星々の軌道がわずかに揺れる。
それほど“強い”光でした」
ノア=エルは指先を胸に当てる。
「ですから……他の神々にとって、
私は過負荷でした。私が近づくだけで、
世界の方程式が書き換わってしまう。
声を届けても、空間そのものが波形を吸収して……
『私の言葉は雑音』と判定されていました」
淡い七色はさらに色を落とし、影のように揺れる。
「名前を呼ばれたふりをして振り返っても、
誰も……私の位置を、見ようとすらしなかったのです」
(愛を司る神なのに、誰にも愛を届けられなかった……)
理人の胸が、締めつけられるように痛んだ。
(無視……孤独……ノイズ処理……
『見られなかった神』と、
『見られたくなくて隠れてきた俺』……
次元も立場も違うのに、どうしてこんなに同じなんだ。
俺は望んで孤独を選んだが、この子は望まずに拒絶された)
幼いころ、
「気づかれたくない」から存在感を薄めていた自分。
誰にも迷惑をかけまいと、
優等生の仮面をかぶり続けた昼休み。
誰かの声が聞こえた気がして振り返っても、
自分ではないと気づき——
何度も心の中で距離を計り直していた。
喉がひりつき、言葉が滲む。
「……そうか。
ノア=エル……お前も……こんなにも必死に、
届かない声を上げていたんだな……っ」
頬が熱くなり、視界が滲んだ。
ぽたり、と涙が落ちた。
ノア=エルは、
まるで時が止まったように固まった。
「………………」
その一瞬だけ、
彼女は本当に「宇宙でひとりだった神」の顔をした。
そして、
次の瞬間——ばね仕掛けのように弾けた。
「せ、先生!? そ、その……頬を伝う液体ッ!
何ですか!? 新しい魔力の発現ですか!?」
「魔力なわけあるか! 涙だ! 普通に涙だ!
教師は感動で時空を歪ませないんだよ!」
「な、なるほど……! 先生の慈愛の魂が、
私の孤独な過去に共鳴して、物理現象を起こした……!
これはもう……
宇宙的・究極・永遠の愛の確定演算ですね!?
やりましたね先生ーーッ!」
「なんでそういう計算式になるんだよ!?」
ノア=エルは一瞬で復活し、虹色オーラを爆燃させ、
勢いそのまま理人へ抱きつこうとダイブしてくる。
「では記念に抱擁をッ! 愛の共有を——!」
「来るな!! 抱きついた瞬間に時空が歪むだろうが!
今はシリアス! 空気読め! BREAKするな!」
泣き顔でツッコミを入れる教師、
涙の直後にハイテンションで突撃する旧神——
静寂と混沌が紙一重で交差した。
宇宙規模のカオスな一幕だった。
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