第17話 Craft & Moving(再構築と転居)


 白翼の騎士団による卑劣な妨害工作を撃退した、翌日。

 和也は、西日が差し込む安宿の自室で、場違いな「宝の山」と対峙していた。


 六畳一間の狭い畳の上に、所狭しと並べられているのは、昨日、工作員たちが強制パージさせられたSランク装備の数々だ。

 最新鋭の流体金属を用いた強化外骨格(パワードスーツ)、軍用グレードの火器管制ユニット、そして高純度魔石を組み込んだ対魔法シールド発生装置。

 どれ一つとっても、Fランク探索者が一生かかっても拝めないような代物ばかりだ。

 総額にして、数千万ギフトは下らないだろう。


「……で、これどうするんだ? そのまま売ったら足がつくぞ」


 和也が腕を組んで尋ねると、シアンは涼しい顔で、装備の一つ――Sランク強化スーツ『アイギス・モデルV』の胸部パーツを指差した。

 そこには、白翼の騎士団のエンブレムであるグリフォンが刻印されている。


『仰る通りです。そのまま市場に流せば、白翼の追跡プログラムに即座に捕捉されます。盗品故買の罪でギルドに通報されるのがオチでしょう』

「じゃあ、ただの鉄屑かよ」

『いいえ。完成品としてはリスクがありますが、“素材(マテリアル)”としての価値は極めて高い』


 シアンの瞳が、解析モード特有の深い青色を帯びる。

 彼女の視界の中で、Sランク装備たちが無数のポリゴンとコードの集合体に分解されていくのが、和也にも共有された。


『分解(スクラップ)しましょう。そして、貴方専用の装備へと“再構築(リビルド)”します』

「再構築? お前にそんな機能あったか?」

『私は管理者AIの分体ですよ? ダンジョン内の全プログラムコードを把握し、操作する権限を持っています。……設計図(ブループリント)は、既に私の演算領域内で完成しています』


 シアンがパチンと指を鳴らすと、和也の視界に複雑怪奇な3Dモデルが展開された。

 それは、既存のどのメーカー製装備とも違う、有機的かつ鋭利なデザインのコートだった。

 黒を基調とし、裾が長く、動くたびに光を吸い込むような質感を持っている。


『名付けて、隠密戦術用強化外装ファントム・コート。……始めますよ』


 シアンが両手をかざすと、部屋の空気が一変した。

 重低音が響き、床に置かれたSランク装備たちが、物理的な形状を保てなくなり、光の粒子となって分解され始めたのだ。

 金属の軋む音が消え、代わりにデジタルな再構成音(ノイズ)が空間を満たす。

 『アイギス』の強固な装甲コードが抽出され、『火器管制ユニット』の照準アルゴリズムが編み込まれ、新たな意味を与えられていく。


 数分後。

 光の嵐が収まると、そこには漆黒のロングコートが一着、静かに横たわっていた。


「……すげえ」


 和也は思わず息を呑んだ。

 恐る恐る手に取ってみる。素材は最高級のナノマシン繊維だ。絹のように滑らかだが、裏地には幾何学的な回路パターンが走り、微かに青く発光している。

 驚くほど軽いが、その防御力は鋼鉄の壁以上だと直感できた。


【Item: 《Phantom Coat(ファントム・コート)》】

【Rank: Unique(規格外)】

【Spec: 】

・光学迷彩(アクティブ・カモフラージュ):周囲の景色を透過し、視覚的・電子的に完全に透明化する。

・自動修復(オート・リペア):破損箇所をナノマシンが瞬時に修復する。

・衝撃分散:物理的・魔力的衝撃を99%カット。

【Skill: 《Shadow Dive(影渡り)》――半径50m以内の「影」から「影」への短距離空間転移が可能(クールタイム:10秒)】


「転移スキル付き!? マジかよ、そんなの聞いたことねえぞ」

『限定的な空間跳躍です。昨日のような包囲網を突破するのに役立つでしょう。……それに、その黒い狐面ともデザインの相性は抜群です』


 和也は震える手でコートに袖を通した。

 サイズはオーダーメイドのように完璧だ。ナノマシンが和也の体格に合わせて自動調整を行ったのだろう。

 マスクを被り、フードを目深に被る。

 鏡に映ったその姿は、もはやFランク探索者の面影はない。闇に潜み、理不尽を狩る「黒い怪人」そのものだった。


「……悪くない。いや、最高だ」

『気に入っていただけて何よりです。……さて、残りの余剰パーツ(ジャンク)ですが』


 シアンが視線を向けた先には、コートの素材にならなかった部品の山があった。

 とはいえ、腐ってもSランク装備のパーツだ。高純度魔石やレアメタルが含まれている。


『これらはすべて、素材として闇市(ダークネット)のバイヤーに流しました。……売却益、約1,200万ギフト。入金を確認』


 和也の端末が震え、口座残高の桁が爆発的に増えた。

 最強の装備(プライスレス)を手に入れ、さらに1,200万もの大金が転がり込んできたのだ。

 普通のFランク探索者なら、5年は泥水をすすって働かないと稼げない額だ。


『さて、キャリア。リソースは潤沢です。次に行うべきは?』

「……決まってるだろ」


 和也はニヤリと笑い、スマホを取り出した。

 検索ワードは――『セキュリティ万全』『デザイナーズマンション』『即入居可』。


「引っ越しだ。こんな隙間風の吹くボロアパートじゃ、光莉や白翼にいつ寝首をかかれるか分からねえからな。……それに、一度くらいはまともな暮らしをしてみたい」


        ***


 数日後。

 和也は、都心の一等地に聳え立つ高級マンション、『メゾン・ド・ルミエール』の一室にいた。


 8階、角部屋の1LDK。

 オートロックはもちろん、生体認証キーに24時間コンシェルジュ常駐。

 室内は防音完備の壁に、最新のシステムキッチン。床は全面大理石(風の高級タイル)で、窓からは煌びやかな都会の夜景が一望できる。


 家賃、月額25万ギフト。

 今までのボロアパート(月3万、風呂なし)とは天と地の差だ。


「……快適すぎる。なんだこれ、本当に俺の家か?」


 和也は広々としたリビングの真ん中で、大の字になって寝転がった。

 背中を包む高級ラグの感触。カビ臭さとは無縁の、空調の効いた清潔な空気。


『空間効率は悪くないですね。ネットワーク回線も業務用光ファイバーが直結されており、高速で安定しています。配信スタジオとしての機能も十分です』


 シアンも満足げに部屋の中を浮遊している。

 彼女にとっても、広くて快適なネットワーク環境は歓迎すべきものらしい。


 和也は新品の冷蔵庫からコーラを取り出した。

 プシュッ、という小気味良い音と共に栓を開け、ガラスのグラス(これも新品だ)に注ぐ。

 夜景を見下ろしながら飲むコーラは、格別の味がした。


「ここなら、誰にも邪魔されず、黒狐としての活動に専念できるな」


 セキュリティは万全。防音もしっかりしているから、配信で叫んでも隣人トラブルにはならない。

 まさに、理想の隠れ家(ベース)だ。

 ……そう、思っていた。


 ♪ピロンッ


 不意に、スマホの通知音が鳴った。

 D-Streamの通知ではない。個人のメッセンジャーアプリだ。

 嫌な予感を覚えながら画面を見ると、そこには最も見たくない名前――「生徒会・鳴神光莉」の文字があった。


「(……住所変更届、出したばっかりだぞ? まさかもうバレたのか?)」


 心臓が早鐘を打つ。

 恐る恐るメッセージを開く。


件名:住所変更の確認について


赤坂和也 殿


本日、ギルドおよび役所に提出された住所変更届を確認しました。

『メゾン・ド・ルミエール 805号室』……?


記載ミスではありませんか?

そこは、Bランク以上の探索者や、成功した実業家が住むような高級物件です。

現在のあなたの資産価値(31)と収入状況では、入居審査に通るとは到底思えませんが。


もし、不正な手段(闇金、犯罪への加担、あるいは違法なダンジョン活動など)で資金を得ているのであれば、幼馴染として……いえ、生徒会役員として看過できません。

至急、納得のいく説明を求めます。


追伸:

今週末、生活状況の確認のため、家庭訪問査察に向かいます。

逃げないように。


「……詰んだ」


 和也はスマホを放り出し、絶望の表情で天井を仰いだ。

 セキュリティは万全でも、最強の幼馴染(監視者)の目は誤魔化せない。

 彼女は、和也が「無能」であることを前提に動いている。

 だからこそ、この急激な生活水準の向上は、「怪しい」以外の何物でもないのだ。


「どうすんだよこれ! 週末って明後日だぞ!?」

『……説明が必要ですね。親戚の遺産が入ったことにしますか? それとも宝くじ? 公的書類なら、私が今から偽造(ハック)して役所のデータベースにねじ込むことも可能ですが』

「余計に怪しまれるだろ! 光莉はそういう嘘に敏感なんだよ……! はぁ、どう言い訳するか考えないとな」


 和也は頭を抱えた。

 新しい最強のコートに、新しい最高の部屋。

 すべてが順調にアップグレードされているはずなのに、なぜか胃の痛みだけは指数関数的に増していく気がする。


 週末の「家庭訪問」。

 それは、ダンジョンのボス戦以上に過酷で、絶対に負けられない防衛戦になる予感がした。

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