第2話:必須NPCは、丁寧に(乱暴に)運搬する


 カチ、カチ、カチカチカチッ!


 不規則なストロボ。


 痙攣するような光が、闇の中を駆け抜けていく。


 廊下の角を曲がる。


 敵影、なし。


 俺は明滅する懐中電灯ライトを口にくわえ、マップ上の「隠し部屋」の壁を蹴り破った。


 ガァンッ!


 本来なら「赤の鍵」「青の鍵」「地下の鍵」を集めないと開かない扉。


 だが、右下の蝶番ちょうつがいのポリゴンには、わずかな隙間がある。


 そこに懐中電灯の判定をねじ込み、1秒間に60回、しゃがみと立ちを繰り返す。


 ガガガガガッ!


 扉が激しく振動し、判定が耐えきれずに吹き飛んだ。


 RTA(リアルタイムアタック)における基礎教養、物理演算バグによる強制突破だ。


「……っ!?」


 部屋の中央。


 青白い結界の中に、一人の少女が幽閉されていた。


 黒髪のロングヘア。

 巫女装束。

 怯えた瞳。

 ヒロイン、ヒミコ。


 このゲームのクリア必須アイテムキー・オブジェクトだ。

 俺は脳内でガッツポーズをする。

 よし、フラグ管理ミスってなかった。ここにいたか。


【TIME 00:01:15】


 早すぎる。


 通常プレイなら、彼女に会うまでに中ボスを2体倒し、感動の再会イベントを経て、名前を名乗るだけで2時間はかかる。


 だが、今の俺には1秒も惜しい。

 俺は無言で結界の前まで歩み寄る。


「あ……あなたは……?」


 ヒミコが震える声で問いかけてくる。

 本来のシナリオなら、ここで選択肢が出る。


 A『助けに来た』

 B『怪しい者じゃない』

 C『君の瞳に乾杯』


 どれを選んでも好感度は上がるが、テキスト送りに5秒かかる。


 俺は「D:無視して結界を割る」を選択。


 懐中電灯のスイッチを連打。

 ストロボの点滅間隔をフレーム単位で調整する。


 ビカビカビカビカッ!


「ひっ!?」


 ヒミコが悲鳴を上げて顔を覆う。

 この結界は「光属性」の攻撃に反応して耐久値が減る仕様だ。

 本来は聖なる鏡を使って反射させるギミックだが、秒間30連射の明滅バグなら、鏡を探す手間が省ける。


 パリーンッ!


 ガラスが割れるような音と共に、結界が砕け散る。


「え……? 嘘……『絶対隔離の檻』が、一瞬で……?」


 ヒミコが呆然と呟く。

 俺は彼女の腕を掴む。

 引っ張り上げる。


「きゃっ!」


 重い。


 いや、体重の話ではない。


 「NPC同行状態」になると、移動速度にデバフ(マイナス補正)がかかるのだ。


 走る速度が0.8倍になる。

 これは痛い。


「あ、あの……! 貴方は一体……? 組織の退魔師様ですか? それとも……」


 ヒミコが上目遣いで俺を見る。

 頬が赤い。

 吊り橋効果か、それとも突然の解放による興奮状態か。


(会話イベント発生かよ……スキップボタンどこだ)


 俺は彼女のセリフが終わるのを待たず、しゃがみ込んだ。

 彼女の腰に手を回す。


「へ……?」


 ガバッ!


 俺はヒミコを担ぎ上げた。

 お姫様抱っこ?


 違う。


 「米俵担ぎ」だ。


 肩に腹を乗せ、頭と足をぶら下げるスタイル。

 これが一番、俺の重心がブレない。


 そして何より、彼女の手足がブラブラすることで、敵の攻撃に対する「盾(ミートシールド)」の役割を果たしてくれる。


「きゃあああああっ!? な、何を!?」

「静かにしろ。舌噛むぞ」


 俺は短く告げ、部屋の出口へ向かう。

 ここから先は「強制スクロール」扱いの崩落イベントが始まる。

 のんびり歩いていたら生き埋めだ。


 俺は走り出す。

 ただし、普通には走らない。

 体を斜め45度に向け、カニのように横歩きでスライド移動する。


 ザザザザザザッ!


 これぞ「並行移動走法――ストレイフ・ラン」。


 前進入力と横移動入力を同時に入れることで、座標計算における移動距離が√2倍(約1.4倍)になる裏技だ。


 NPC同行による速度低下を、これで帳消しにする!


 ドスッ!


 走り抜ける最中、横から飛び出してきた矢が、ヒミコの振られた足(草履の裏あたり)に突き刺さる。


「ひゃっ!?」

「ナイスブロック」


 俺は心の中で称賛する。彼女の足がなければ、俺の脇腹に刺さっていた。


「い、いやああああ! 速い! 風圧が! 景色が溶けてるぅぅぅ!」


 肩の上でヒミコが絶叫する。

 うるさい。ボリューム設定を下げたい。


          ◇


 一方、その数秒後。


 息を切らせて追いついた芦屋ミチミツとアリスは、破壊された扉の前で絶句していた。


「こ、これは……」


 砕け散った結界の破片。

 そして、何者かが超高速で走り去った痕跡(床が焦げている)。


「なんてことだ……。この部屋の封印は、3つの霊鍵を揃え、正しい手順で儀式を行わなければ解けないはず……」


 アリスが震える声で言う。

 ミチミツは、床に残された靴跡を指でなぞった。


「見ろ、アリス。迷いがない」


 ミチミツの瞳が、再び熱を帯びていく。


「英霊様は、結界を『解いた』のではない。『無視した』のだ。彼にとって、我々が作ったルールなど、道を塞ぐ小石・・ほどの意味も持たない」


「そんな……。じゃあ、中にいたヒミコ様は?」

「連れて行かれた。……いや」


 ミチミツは遠くの廊下を見つめる。


 そこには、常人離れした速度で「斜め移動」しながら、残像を残して去っていくハルアキの背中が見えた。


「『保護』されたのだ。それも、最も安全な方法で」


「えっ? でも、あれ……米俵みたいに担がれてませんか?」


 アリスの至極真っ当なツッコミ。

 だが、ミチミツは首を横に振る。


「愚かな。あれこそが、合理的かつ慈悲深い搬送形態だ」


「は、はい……?」


「前を見て走れば、敵の攻撃がヒミコ様に当たる可能性がある。だが、あの独特な『斜め走り』を見ろ。彼は自らの背中で風を切り、全方位を警戒しながら、自らの肉体を盾にして彼女を守っているのだ!」


 ミチミツが拳を握りしめる。


「名乗りも上げず、見返りも求めず、ただひたすらに『救助』という結果だけを求めて疾走する……。あれこそが、真の英雄の姿だ!」


「……そ、そうなのでしょうか?」


「そうだ! 行くぞアリス! 我々も遅れるな! 彼の背中を追いかければ、必ずや人類が到達しうる『最適解オプティマル』が見られるはずだ!」


          ◇


「(……ん? なんか左足の判定がおかしいな。今の部屋でポリゴン踏んだか?)」


 俺は走りながら、ヒミコを少し持ち上げ直す。


「うっ、うぅ……乱暴……」


 ヒミコが涙目で呻く。

 だが、その表情は恐怖だけではなかった。

 彼女は、俺の背中越しに見える景色を見ていた。


 迫りくる悪霊たちが、俺のスピードに追いつけず、次々と置き去りにされていく光景。


(……この人、迷ってない。こんなに乱暴なのに、私の命を一番に考えてくれている……?)


 吊り橋効果、発動中。

 俺は気づかない。


 背中の荷物ヒロインの好感度パラメータが、爆速で上昇し始めていることに。


 【TIME 00:02:30】


 順調だ。


 次は「中ボススキップ」のグリッチを決める。

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