第7話 【マイン視点】ケインの実力を知る者。

 結果はもうわかっている。バロンズは負ける。


「……バロンズ、やはり決闘は辞めないか?」

「何言ってんだ? シェフィロスを取り戻す為に俺はあいつをボコボコにしてやるんだよ。お前は黙ってろ」

「……」


 こうなることも、わかっていた。

 私の言葉ではバロンズを護ることはできない。

 そしてやはりバロンズではケインに勝てない。


「ギルマス、しっかりと公平な審査をしてくれよな?」

「ったく。若いのは血の気が多くてしゃあないな」


 冒険者ギルドで揉めていたのはある意味では幸いだったとは思う。

 ギルドマスターが騒ぎを聞きつけて仲裁に入ってくれなければ受付で殺し合いが始まっていた可能性すらあった。


「訓練場には新人も多い。魔法は使うなよ。他者への被害が出た場合は冒険者資格を剥奪するからな」

「うっせぇな。んなことはわかってんだよ。俺はケインを半殺しにできりゃそれでいい」

「……わかりました」


 かなり興奮しているバロンズとは対照的にビクビクしているケイン。

 力関係自体は圧倒的にバロンズであり、おそらく誰もがバロンズが勝つだろうと思っている。

 だが、私にはそうは思えない。


「それでは……始めっ!!」

「ぶっ殺すッ!!」


 開始の合図も早々に前へと飛び出すバロンズ。

 たくましい体で勢いよく迫るバロンズにケインは怯みつつも構えた。


「昔から、お前のそういうことが気に食わなかったんだッ!!」


 荒々しくも拳を的確に急所へと放つバロンズ。

 やはりいつものバロンズではない。

 やたらと感情的過ぎる。


 その拳をフットワークで躱したケインは構えた拳を下ろした。


「逃げてんじゃねぇッ!!」

「僕は、君のことをずっと追いかけてきた」

「気持ちわりぃんだよ! 死ね!!」

「だから–––」「ッ?!」


 力強く踏み込んだバロンズの大振りな右拳。

 だがやはりケインはそのタイミングに合わせて自らバロンズの間合いに入って拳を握った。


 そしてバロンズの大振りな一撃にカウンターを合わせてバロンズの顔面を殴りつけて地面に叩きつけた。


「バロンズっ?!」

「がははっ!! ケインがどデカいのをかましやがった!!」


 やはりこうなったか。

 初めからわかっていた。


 なぜケインが器用貧乏と言われるのか。

 実力的には確かにバロンズに劣る。

 Sランクのクエストでは私は守りきれないと思っていた。


 だが、私たちはケインの本質を見ていなかった。

 そしておそらく、ケイン自身も自覚していない。


「僕はずっと、バロンズみたいになりたかった。今だってそうだ」

「……一発かましたからって……はぁ、はぁ……調子乗んなよ? ぶっ殺してやる……」


 たった一発のカウンターとはいえ、バロンズは肩で息をしている。

 自らのパワーをその身に受けたのだ。

 それも不意をつく重たい一撃。

 タフネスだけでは耐えられるものではない。


「マイン! どうしよう?! バロンズが負けちゃう!」

「……だからわたしは止めたんだ」

「あんたさっきからなんなの?! あんたはケインの味方なわけ?!」

「……そうじゃない」


 バロンズは私たち『紅蓮の風』のパーティリーダーだ。当然私はバロンズの肩を持つ。

 だから私は強引にでも本当はケインとの決闘を止めるべきだった。


 だが、私ではバロンズを止めることはできなかった。


「バロンズのパワーに僕は憧れていた。男らしくて、全てを解決できる力そのものだった。正義ですらあった」

「ゴタゴタうるせぇんだよっ!!」


 今のバロンズではケインにまず勝てない。

 理由は簡単だった。ケインがいないからだ。


 クエスト中でも、野営をしている時も、酒場で騒いでいる時も、ずっとそうだった。

 バロンズだけではない。

 私たちはそれを当たり前だと思っていた。


「孤児院が潰されて、僕が故郷に帰って、奴隷みたいな暮らしをしてた時、君は僕を連れ出して一緒に冒険者になろうって言ってくれたのを、今でも覚えてるよ」

「今じゃ俺はそれを後悔してるぜ。シェフィロスを引き抜いたクソ野郎になりやがって」


『紅蓮の風』が結成されたばかりの頃のふたりはとても仲が良かった。

 バロンズがお兄さんで、ケインは兄を慕う弟みたいだと思ったことがある。

 ケインは元々東の辺境伯の隠し子で、存在してはいけない子として捨てられ、そしてバロンズのいた孤児院に引き取られた。


 だがその辺境伯は討伐された魔王の残党の魔物と魔族たちの襲撃を受けて三男以外の息子と妻を失った。

 そして辺境伯は保険としてケインを連れ戻す為に孤児院に圧力をかけて潰した。


「今にして思えば、全部お前のせいだ。お前のせいで、シスターだって死んだ!!」

「……うん。僕のせいだ」


 辺境伯はケインにこう言ったそうだ。

「穢れた血を継いでいても、使えなくはない」と。

 そして孤児院から連れ戻されたケインは貴族の息子でありながら存在を秘匿され続け、奴隷のような生活を送ることになった。


 そんなケインをバロンズは助けに行った。

 そしてふたりは冒険者になった。


「さっきから避けやがって!! バカにしてんのか?!」


 一発も当たらないバロンズの攻撃。

 でもケインが軽々と躱しているわけではない。

 ひとつひとつの拳が髪一重だ。


 だがやはりケインには届かない。


「……バロンズ、ごめん」

「何謝ってん––––––––ッア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

「バロンズッ?!」


 バロンズの左フックを右腕で受け止めたケインはそのままバロンズの左腕を掴み、左肘を蹴り上げて関節を砕いた。

 生々しい音がバロンズの悲鳴より先に届いた。


「……なんで、バロンズがあんな一方的に……」


 隣でベロニカは泣いていた。

 強くてかっこいいバロンズが、無惨に地面をのたうち回る姿を見て絶望していた。


「そもそも、バロンズとケインでは分が悪すぎるんだ」

「……何、が……?」

「ケインは決して強くない。だが、ケインには未来が見える」

「な、何言ってんの……? あいつは魔眼なんて持ってないはずでしょ?!」

「魔眼に等しいものだ。だが、本人は気づいていない」


 魔眼なんてレア物なんかじゃない。

 なんなら私たちにだって多少備わっているものだ。

 だが、ケインはそれを未来予知に等しいほどに使いこなしている。

 これはもう、ある種の才能なのだと、私も今更ながら知った。


「あれはただの観察眼だ」

「はぁ? そんなんで、バロンズがあいつに負けるわけ?! ありえない!」

「ケインとシェフィロスが抜けた次の日、私たちはクエストを受けただろう。その時に感じなかったか? 私たちのぎこちなさを」

「それは……シェフィロスがいなくて危ないからぎこちなかっただけよ!」

「違う」


 私たちパーティにはそれぞれ役割があった。

 バロンズは圧倒的な攻撃力で魔物を薙ぎ倒す。

 ベロニカは魔法を駆使して援護と殲滅。

 私は盾として立ち回り、みんなを守る。

 シェフィロスはヒーラーとしての回復魔法と周囲を把握して適切な指示を。


 だが、ケインは私たち全てのサポートをこなしていた。


「バロンズと息を合わせてスイッチできるのも、ベロニカの魔法の殲滅力を自身の立ち回りで底上げしていたのも、シェフィロスが指示をする為の適切で細かな情報も、タンクとしての私の背中を守っていたのも全て……ケインだった」

「だ、だからただの器用貧乏なんじゃないの!」


 私たちがSランクの冒険者パーティになれたのは、おそらくケインのお陰だろう。今ならそう思う。

 わかりやすい功績だけなら誰よりも劣る。


「……バロンズ、ごめん……」

「く、クソがぁ……死ね! 死ねぇ!!」


 ケインは弱い。

 それは私たちみんなが知っている。

 そしてそれは事実だ。


 圧倒的な力もない。

 強い魔法を使えるわけでもない。

 回復魔法だって使えない。

 誰かを守れるタフネスもない。


 だが、弱いからこそ最適な戦い方と立ち回りができる。

 観察眼と呼ぶにはあまりにも驚異的で、パーティ全体の流れを予測して動くことができる。


 未来予知にも等しい観察眼はバロンズの感情を逆撫でし、より激情的に煽り立てる。


「勝負はここまで」


 粉砕された腕の痛みにのたうち回るバロンズと、悲しそうにそれを眺めるケイン。


「お前さえ、いなければ……お前がぁぁぁッ!!」

「……」


 やはりこうなった。なってしまった。

 私では、バロンズを護れない。


「がははぁ〜勝負あったな筋肉ダルマ! さっさと惨めな姿でケインに土下座しろ! 哀れなオスだぜ全くよぉ」

「ディアンナ、やめてくれ」

「このクソあまぁッ?! ……ぶっ殺されてぇか?!」

「手負いのオスのくせに威勢だけはいいな。嫌いじゃないぜ? 惨めで」

「ディアンナ、やめろ。もう行こう。もう終わったんだから」


 ケインはそう言って帰っていった。

 謝罪を受けることもなく、ただ悲しそうな顔を最後までしていた。


「許さねぇ……絶対あいつを、俺は許さねぇッ!!」


 苦しみながらそう叫ぶバロンズの声が虚しく響いた。



 だが私たちは、これからケインたちの活躍を目にすることになる。

 私たちは、私たちが切り捨てた者の重要さを、この時ですら真に理解はしていなかった。


 ケインの本当の力を。

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