第4話 求婚!!

 ウルフ狂い。冒険者ランクはS。

 パーティではなく個人で活動している冒険者であり、ウルフ狂いと言われる他に狼狩人ウルフ・スレイヤーとも言われている。


 真っ赤な長い髪と鋭い眼光を持ち、女性であるにも関わらず大きなハンマーを武器として数々のウルフを討伐してきたウルフ専門のSランク冒険者である。

 ベルトニカ王国において、個人で活動しているSランク冒険者は5人しかいないが、そのうちの1人である。


「……ゼ、ゼイル? ゼイルだろう……?」


 偶然目の前を通りかかったウルフ狂い、ルーナ・カランテは僕を見て泣きながらすがるようにそう問いかけてきた。


「ケイン、知り合いなのですか?」

「いや、僕はゼイルではないです。人違いです。失礼します」

「おいお前! さっさとエサを買いに行くぞ! 約束だろ?! ぶっ殺すぞ?」


 ヤバいヤバいヤバい。

 何がヤバいってこっちは眠いんだよ。

 夜通し戦う羽目になり、そのまま朝イチで街の市場に向かう途中でよりにもよってウルフ狂いと遭遇とかおかしいだろ。

 眠くて頭が少し回らなくなってきた。


 とにかく隻眼のディア・ウルフとの約束を果たしてどうにか落ち着きたい。

 なのに今もっとも引き合わせてはいけない人物と魔物が目の前に居合わせているというこの状況はとにかくマズい!


 てかゼイルって誰?!


「そ、そう……だよな。だってゼイルはあの時……」


 でもなんか凄く泣いてるんだよなぁ。

 だがしかし隣に隻眼もいるしなぁ。


 シルヴィアはシルヴィアで元々偽名で活動していたからか僕にも偽名が? みたいな顔してるし。


 話がややこしくなる前に退散……はできそうにもなかった。


「おいお前……同胞を殺しまくってるだろ? 死にたいのか貴様?」

「お、おい?! 急に何言ってんだ?!」

「と、とりあえずわたしたちはこれで……」


 シルヴィアが隻眼の手を取ってそそくさと去ろうとするもやはりそう上手くはいかなかった。


「そこのちっこいの。あんたこそ獣臭いな。私の嫌いな臭いだ。いや、大嫌いだ」

「人間風情がッ」


 ……やばい。一触即発の緊急事態だ。

 どうしよう。こんなところでSランク冒険者とネームドモンスターの隻眼のディア・ウルフが暴れたら大変なことになる。

 朝早いとはいえ既に人気ひとけが増えつつある。大騒ぎでは済まない。


「いや〜この子はウルフに育てられたっていう珍しい女の子なんですよルーナさんっ! 色々と複雑だけどこんな街中でケンカなんでやめてくださいねぇ。朝ですしっ」

「おい! オレ様はッ––––」

「……ちょっと静かにしててくれ! 正体がバレるだろ?!……」


 隻眼の両肩を引っ掴んでシルヴィアの背中で隠しながら釘を刺しておく。

 お互い因縁がありそうなのは明白だが、今はとにかく穏便に済ませるほかない。


「ルーナさん、ルーナさんもこの後の予定とかあるんですよね? こんな朝早くに出歩いてるんですし。時間とか大丈夫なんですか?」

「えっと……ケイン、だったか。結婚しよう」

「んんッ?!」

「結婚?!」


 え? 何? どゆこと?! 急過ぎて思考回路が追いつかないんだけど?!

 なんで今僕求婚されたの?! Sランク冒険者のルーナさんに?!

 そしてシルヴィアはシルヴィアでなんでちょっとムキになってるの?!


「あっ……す、すまん。死んだ弟に瓜二つで、つい……」


 うーん、朝から聞く話じゃなさ過ぎてリアクションに困るんだが?!

 しかも亡くなった弟さんと似てたから結婚も意味わからない!

 もしかしてルーナさんはブラコンなのだろうか?!


「そ、その……ケインさん。よかったらこの後お、お茶でもどうだろうか?」

「お、お茶ですか?! あー……えっとぉ、今すぐには難しくてですね」

「ケイン、なんで嬉しそうなんですか? こういう人がタイプだったりするんですか?」

「おいお前! しちゅーを作る約束があるだろ! 発情してるんじゃねぇ!」

「べつにそういうわけじゃないよ!! でも女性からそんなこと言われたの初めてでちょっと嬉しかったんですよッ!」


 ああ……どうしよう。

 どんどん収集がつかなくなっていく気がする。

 あのシルヴィアさん、ジト目で僕を睨まないでください。てかなんで睨むんですかこわいです。


「おい! 早く飯ッ!」

「ルーナさん、お茶のお誘いはありがたいんですけど、この子の仲間にご飯作る約束がありますので……お茶はまたの機会に」

「わ、私も手伝うっ! ご飯作るんだろ? 私もソロ冒険者として長いし、料理はできるんだ!」

「わたしがケインの料理のお手伝いするので大丈夫ですよ。邪魔なのでお帰りください」


 シルヴィアさん……笑顔なのに目が笑ってない。

 シルヴィアさんもこんな顔するんだなぁ。こわいなぁ。

 というかなんでシルヴィアまで不機嫌になってるの? ルーナさんと隻眼はまだわかるけども……。

 ああ、ダメだ。本格的に頭が回らなくなってきた。

 いかん、このままで大変なことになる……。


「ふたりとも、少し待っててくださいね。シルヴィア、ちょっと」

「え? あ、はい。なんですか?」


 僕はシルヴィアを呼んで小声で思いついた作戦を話すことにした。


「……シルヴィア、ルーナさんにもシチュー作り手伝ってもらおう。そして戦ってもらって僕らはその隙に退散しよう」

「……それしかないかもですね」


 個人的には隻眼を仲間にしたかったが、たぶんこうなったら無理そうだ。

 そもそもウルフを手懐けるなんて簡単なことじゃなかったのである。

 僕はテイマーでもないし、そんな能力もないし。


「すみませんね。おふたりとも。ルーナさんの申し出をありがたくお受けしたいと思います」

「おい! こいつはダメだ!」

「仕方ないだろう? みんなにシチューを作ってあげようと思ったら食材だけじゃなくて、大きなお鍋も必要になるんだ。ルーナさんにも手伝ってもらえると助かるし、その分早くシチューが食べられるよ?」

「ぐぬぬぅ…… 仕方ねぇな」


 食い意地張ってくれててよかった。隻眼の方は一旦どうにか我慢してくれそうだ。

 あとはルーナさん次第になる。


「ルーナさん、お手伝いして頂くにあたってお伝えしたいことがありまして」

「どうしたの?」


 僕はルーナさんの手を引いてふたりから少し離れた。

 意外と手は小さいんだな……。


「あのですね。今僕とシルヴィアは色々あって命掛かってるので、少しの間、言うことを聞いて頂きたいんですよ……」

「色々、とは?」

「……現状を加味すると街中では言えません」


 寝不足と疲労でこちらもあまり余裕はない。

 嘘で誤魔化せる気もしない。

 そもそもルーナさんはSランク冒険者である。

 何においても勝てる気がしない。


「い、言うことを聞いたら、お、お茶してくれるか?」

「命があればいくらでも」


 僕だってルーナさんとお近付きになりたいよそりゃ!

 でも今は無理だ……僕らの命どころの話じゃなくなってしまう。


「わかった」

「お願いしますね。僕はともかく、シルヴィアは死なせるわけにはいきませんので」

「……わかった」


 とりあえず首の皮一枚繋がった……。

 生きた心地がしない。

 まあでも、僕が悪いか。

 隻眼を街に入れちゃったわけだし。


 ……いや、でもそうしないと生きたまま喰い殺されてたわけだし、僕は悪くないか。運が悪かっただけで。


「というわけで、お買い物に行きましょうか」


 ……ここからどうやって想像しうる修羅場を潜り抜けられるのか、全く見当も付かない。

 場合によってルーナさんと隻眼が戦ってるそばでシチュ作ってる可能性はあるな。


 なんだその修羅場……。

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