第2話 四年後の朝

 朝、あるメーカーのガジェットにより、カーテンが開かれる。

 朝日を浴びて飛鷹・トレは目を覚ました。


 朝日を浴びながら、背伸びをするのが飛鷹の日課だ。

 窓から見える景色を見ながら、今日も自分は生きているのだと実感する。


 あれから四年。デウス・プロトコルが突如、世界を攻撃し始めてからちょうど四年になる。

 デウス・プロトコルに洗脳された自分がどうして洗脳が溶けたのか、それはわからない。

 ただ、世界を救えたのはいいことなのだろう。


 飛鷹は二階から一階に降りた。


「あっ、兄ちゃん。おはよう」

 

 弟の理人(リヒト)——飛鷹より五歳年下の高校生——が挨拶してくる。

 理人は飛鷹よりも一足早く起きて、朝食を作り終えて食べ終わっていた。

 遅く起きがちな飛鷹と違い、弟は朝が早い。


「おはよう」


 飛鷹も挨拶をする。


「そう言えば、兄ちゃん。町内会の麦枝の叔父さんが戻ってきたんだって」

「あそこのおじさんは五年前に亡くなったんじゃないのか?」

「そう思ったんだけど。本当は行方不明で五年ぶりに戻ってきたんだってさ」

「行方不明?」

「うん。五年ぶりに突然帰ってきたんだって。近所じゃちょっとした騒ぎだよ」

「……そうか」


 飛鷹は眉をひそめた。

 行方不明で五年。それが突然帰ってくる。

 デウス・プロトコルとの戦いが終わったのも四年前だ。

 関係があるとは思いたくないが――


「それと最近でもたまに世界中の時計が止まることがあるんだってね」

「勘弁してくれ」

「ほんの一瞬だから、殆どのひとは気づかないんだけど。世界中で止まるから、気づく人はそれなりにいる」


 飛鷹はため息を吐いた。

 ただの思い違いであって欲しい。

 もう二度と戦うのはごめんだ。


「兄ちゃん、今日も部活があるから行ってくるね」


 理人はすぐに家を飛び出す。

 今日は日曜日だが、弟は部活に精を出している。

 昔は自分にべったりだった弟が部活を一生懸命なのは少し寂しい気もするが、それでいい気もする。


 飛鷹は歯を磨き、顔を洗い、両親の仏壇に挨拶をする。

 デウス・プロトコルの手によって、飛鷹の両親は死んだ。


 いまの飛鷹は二十五歳だ。

 両親がいなくても、なんの問題もなく生活することが出来る。

 それは両親が残してくれた遺産もあるが、リバースギアが報酬を振り込んでくれたからだ。


 その金額は十五億円だ。


 表向きは宝くじが当選したということになっている。

 世界を救った報酬としては安いような気もするし、しかし二人で暮らすには十二分すぎる額だ。


 弟の生活もあるし、ありがたく受け取っていた。


「さて、そろそろ時間か」


 飛鷹は自室に戻り、着替えて自転車に乗って外に出掛けた。

 ロードバイクにまたがり、最寄りの駅に向かう。

 駅の駐輪場に自転車を止め、千歳市に向かった。




 一生、働かなくていい金があるというのは幸せだが、労働をしなくていいというのも少し考えものだと飛鷹は思う。


 毎日、楽しいことをする。

 興味があることは尽きない。

 好奇心が強く、多趣味な飛鷹にとっては、いまの状況は悪くない。


 だが、心のどこかで物足りなさを感じていた。

 端的に言えば、刺激が足りない。

 労働のストレスがあるからこそ、余暇の楽しみを感じるのだと思う。

 

 そう思いつつも、好きなことをしたいので職についてはいない。

 

 いま向かっているのも千歳基地の航空ショーを見に行くためだ。


 是が非でも見に行きたかった。 


「国連空軍が発足されて、最初の航空ショーでもあるんだよな。いやはや、感慨深いというか」


 世界は大きく変わった。

 常設国連軍が誕生し、各国の軍は国連の指揮下に入った。


 第二のデウス・プロトコルの出現を警戒した世界は、常設国連軍を発足させた。これまで国連が必要だと判断したときに発足した国連軍と違い、各国の軍の一部をひとつに纏めて国連の指揮下に置かれたのが常設国連軍だ。


 反対する政治家も大勢いたらしいが、不審死や汚職などで辞職に追い込まれたという噂がまことしやかに流れている。


 各国が垣根を越えて協力する。

 

「これから11の災厄がこの世界に訪れる」


 ゼロの今際の際の言葉が脳裏に蘇る。

 飛鷹は頭を振るった。


「馬鹿馬鹿しいな」


 あれ以上の脅威があってたまるか。





 千歳基地のゲートをくぐり、基地のなかへと足を踏み入れる。

 警備ドローンが基地のなかを飛び交い、二人ひと組の兵士の姿が散見された。


 厳重な警備が敷かれているのは、常設国連軍の発足に反対する団体を警戒しているからだろう。

 デウス・プロトコルは常設国連軍を発足させるための国連による自作自演という陰謀論を信じ、つまらないデモを行う連中はいる。


 そんな奴らのために自分たちは命を張ったつもりはないが、言わせておけばいい。

 考えるだけで脳のエネルギーの無駄遣いだ。


 会場には家族連れや航空ファンで賑わっていた。

 飲食店エリアやグッズも売っている。

 小腹が空いたので、焼きそばを買った。


 こういうところの焼きそばは少し高いものだが、予算は潤沢だ。

 なによりお祭りといえば、焼きそばと相場は決まっている。

 そんなことをいったら怒られるかもしれないが、祭りのときには焼きそばをよく食べた。


 ふと小さいころに、両親と祭りに来たことを思い出す。

 焼きそばを買ってくれた両親はもうこの世にいない。

 胸の底から沸き上がる悲しさを意識しないようにして、フードコーナーに設けられた飲食スペースの椅子に座る。


 焼きそばを完食してから、別のものも買った。

 また両親が買ってくれた思い出の油で揚げたジャガイモ——あげいもだ。


 涙を必死に堪えながら、あげいもを口に運ぶ。

 温かさが胸に染みた。


 腹が膨れると、少し気が落ち着いた。

 両親はもういない。でも、思い出はここにある

 

「さて、時間はあるな。どうするか」


 間もなくブルーインパルスのアクロバット飛行が始まる。

 それを目当てに来たのだが、時間はまだあった。

 千歳基地の見学可能エリアを見て回るか、そう思ったときだ。

 

「どうしたの?」

「いや、時計がさ」


 隣のカップルの会話が気になり、自分の腕時計に目を落としてみた。

 飛鷹が腕に巻いているのは電波をキャッチして、時間を常に正確に合わせるタイプであり、時間が狂うことはないはずだ。しかし時計は午前0時を指していた。


 記憶が蘇る。

 全身から汗が噴き出し、喉が渇いた。

 この現象を誰もが経験した――いや、四年前は時計が止まった。

 

 時間が巻き戻りはしていない。


「スマホの時間が午前0時になっているぞ」

「ほんとだ、あたしのも0時になっている」

「ねえ、ママ。いま0時なの?」

「おかしいわね。時計が狂っているの?」

「少尉! 基地の時計に異変が!」


 耳を立てれば、他の人たちも同じことが起きているようだ。

 基地の軍人たちが周囲を警戒し始める。

 四年前は世界中の時計が止まり、クロックロイドが現れた。


 似たような現象が起きているならば、クロックロイドが現れるかもしれない。


 ふと、ひとりの男が目に入った。

 八十年代風のスーツを着た青年が懐中時計を手にしてにやけている。


 青年はこちらに向かって話掛ける。


「時計はいい。人々は時計に幻想を抱く。世界終末時計もその幻想の現れでしょう。全てのアナログ時計が狂うとき――それは世界の終わりを告げるかもしれません」

「あんたはいったい――」


 青年からは得体の知れない不気味さがあった。


「あなたたちはラッキーなのかもしれませんね。『プロジェクト・ヒーローズコンセプト』——我々の新たな実験を、体験することが出来るのですから」

 頭がおかしいと判断するのは簡単だろう。しかし男が狂っているとはどうしても思えない。



「実験――開始です――」





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