アクトダイバーズ —機械仕掛けの囚人たち—
アンギットゥ
第1話 ゼロとの決戦
20XX年、7月10日、午後3時14分。
通勤電車が突然停止した。
信号が消え、スマートフォンの画面が固まり、街中のデジタル時計が一斉に沈黙した。
人々が困惑する中、アナログ時計だけが静かに時を刻み続けていた――まるで、世界がその針の動きについていけなくなったかのように。
その日、世界の時計が止まった。
混乱する世界に、AIによる世界の管理を掲げるデウス・プロトコルが現れた。
デウス・プロトコルは時計を模したロボット、クロックロイドを使い、世界を蹂躙していく。
侵略者から平和な時を取り戻すため、立ち上がったものたちがいた。
パワードスーツを装着し、デウス・プロトコルと戦う彼らの名前はリバースギア。
デウス・プロトコルもパワードスーツを身に纏った手練れの戦士を投入。
戦いは熾烈の一途を辿る。
リバースギアとデウス・プロトコルの激戦から十ヶ月。
デウス・プロトコルのジュラ山脈にある秘密基地で、決着が付こうとしていた。
破壊されたデウス・プロトコルの秘密基地で、ふたりの男が対峙していた。
ふたりの顔はフルフェイスのヘルメットに隠されて見えない。
両者はパワードスーツに身を包まれている。
パワードスーツは数百年は進んだ技術が使われていた。
赤土色のパワードスーツは直線的なラインで構成され、ロングソードを振るう。
フェルメールブルーのパワードスーツは優美な曲線で構成されていた。
峰厚く、幅の広い、三尺はある日本刀を右手に、左手には普通の大きさの日本刀で巧みに斬り結んでいた。
刀身がともに翡翠色なのも特徴だろう。
パワードスーツは120ミリの戦車砲でも傷ひとつつけられないが、両者のパワードスーツには酷い損傷が見られる。
両者は巧みな日本の剣術と西洋剣術で斬り合い、ダメージを与え合っていた。
第四次世界大戦は石と棒を使うとアインシュタインは予見したそうだが、あながち間違いではないのかもしれない。
両者の卓越した技量と激しい動きに耐えられなかったのか、あるいは施設を破壊したダメージが原因か。
床が崩れ、両者はひとつ下の階に落下した。
瓦礫とともに落下した両者だが、傷ひとつ負ってはいない。
パワードスーツの性能だけでなく、卓越した体術の使い手である両者はこの程度で怪我を負うことはない。
日本刀を巧みに使いこなすパワードスーツの男――リバースギアに所属するブルーティアは床を見渡した。
床一面に転がるのは自分と仲間達が命を掛けて破壊したクロックロイドの破片。
そして仲間達の骸だ。
一緒に笑い、同じ釜の飯を食い、命を掛けて乗り越えてきた仲間達。
自分が目の前の宿敵――デウス・プロトコルのボスであるゼロと立ち向かうために犠牲になった仲間達。
仲間達もパワードスーツを着用しているが、性能は数段落ちる。
自分が装着しているパワードスーツは、組織の中で特注品のひとつだ。
仲間達のなかで選ばれた五人にしか与えられていない。
五人の誰かがゼロにたどり着けると判断され、たったひとり生き残った自分がゼロと戦っている。
そのために仲間達は露払いをしてくれた。
最初からわかっていた。
この戦いが仲間達の犠牲のうえに成り立つと。
だが、仲間達の骸を見ると心が動かされる。
胸に宿る深い悲しみと喪失感。
「あなたたちはよく戦いました。我らデウス・プロトコルは壊滅寸前。ここで手打ちにしませんか?」
「ふざけるなぁ!」
ゼロの突然の提案に、ブルーティアは拒絶の意思を示す。
「貴様らはどれだけの命を奪った! AIによる世界の管理、それを世界が拒絶した途端に世界中を攻撃しやがって! 俺の両親を、友人を、仲間達を殺した貴様に死を与えなければ気が済まねえ!」
「感情に従うなんて愚かですね。実に愚かです」
ゼロは肩をすくめた。
「ですが、正直嬉しいんですよ。私の提案を受け入れてくれたら、どうしようかと。私もね、同じなんです。あなたは私の大切な仲間を皆殺しにした。AIによる感情に動かされない平等な社会の実現を目指していたはずなのに。あなたのことを憎くてたまらない!」
「気が合うな!」
「ええ、こんなところで気が合うなんて皮肉ですね!」
ブルーティアは一瞬、こんな場所で会わなければどうなったかを考えた。
卓越した剣の腕前の持ち主だ。
西洋と東洋剣術。違いはあれど、達人同士――どこかで出会えば、わかり合えたかもしれない。親友になれたかもしれない。
そんな未来は永久に訪れないけどな!
両者は動かない。
ダメージはともに大きく、あと一撃が限界だった。
何分経ったのか、何秒かもしれない。
時間がとてもゆっくりに思えた。
ただひとつわかるのは、このまま動かなかったとしたら、ともに命が尽きる。
蓄積されたダメージは、治療を受けなければ命を奪う。
――それもいいかもしれないな。相打ちというのも悪くはない。
目的はゼロを倒すことだ。
その目的のために仲間達は命を掛けた。
自らの命と引き換えにゼロを倒せるならば本望だ。
ブルーティアがそんなことを考えた、そのとき状況を変える事が起きた。
倒れていた仲間が起きあがり、ゼロに銃口を向けた。
たった一発。
命を引き絞り、トリガーを引く。
発射された銃弾が、ゼロの注意を引く。
ゼロにダメージを与えられるほどの威力はない。
だが、ほんの一瞬の隙を作るには十分だった。
ブルーティアは渾身の一撃を放つ。
渾身の一撃は、ゼロに致命的な一撃を与えた。胸から吹き出す夥しい血は、肺を深く傷つけている。
ゼロは膝を付いた。
床に倒れ込み、ゆっくりと目を閉じる。
「よく……きき……なさ……い」
ごふっ、ごふっ、とゼロは血を吐いた。
「これから……11の災厄が……この世……訪れ……る。さいや……われわ……の……ひで……はない。だから――まもれ……たのん……だ……」
そこでゼロの言葉は切れた。
ブルーティアは片膝を付いた。
顔を守っていたフルサイズのヘルメットは、バイザーが砕けていた。
額から流れた血が両目に入り、視界を赤く染めていた。
自分がゼロに渾身の一撃を与えたように、ゼロもまた渾身の一撃を放った。
命に届いたのは自分で、紙一重の差で自分は生き残った。
仲間が命を振り絞った一発に救われた。
右手に握った愛刀を地面に突き刺して、倒れるのをかろうじて防ぐ。
こんなところで倒れてたまるか、そう強く思う。
ふっ、と意識が抜ける。
ブルーティアは前に倒れ込む。
ゼロとの戦いは極度の緊張とストレスを与えた。
血も流しすぎてのかもしれない。
このまま倒れて、死ぬ。
もはや帰る気力も残っていない。
そう思った——だが、
「あなたを死なせないわ」
薄れゆく意識のなか、誰かがそっと抱きしめてくれた。
その声ははじめて聞くはずなのに、どこか懐かしかった。
「いまは休みなさい。いずれ新たな戦いが起きるわ。そのときまで」
その言葉を聞いて、嫌だなと思った。
もう戦いはこりごりだ。
平凡に歳をとって眠りたい。
そうブルーティアは心から思った。
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