ep.3 病弱な少女
「さて、ライラさん。今日の状態はどうかな?」
やってきたお医者様は、整った鼻目立ちをした、爽やかな青年だった。白い白衣を身に纏い、カルテを片手に抱えている。
「…………まず、名前を教えて」
「おっと、失礼。私はフリス・ワトソン。ライラさんのお母様からあなたの病気を治すよう仰せ使っているんだ。」
お医者様、ワトソンさんは慣れた口調で名乗り、ベッドの側にある椅子に腰掛ける。
「ねえ、ワトソンさん。私は病気なの?」
「…………ああ。詳しくは伝えられないが、深刻な病気だ。そのためにライラさんは毎日薬を飲まなければいけない」
ワトソンさんは繰り返し薬の服用を勧める。けれど、病名すら教えてくれないなんて変な話じゃない。
「……いやよ。だって、少し病弱なだけで、何も悪いところはないでしょう?……冗談はよして頂けないかしら」
私がぶっきらぼうに告げると、ワトソンさんはしばらくの間頭を抱えたが、やがて小さく息を吐き、静かに口を開いた。
「あぁ…ライラさんの気持ちもよく分かるよ。でも、ここは医者を信じてはくれないか?」
ワトソンさんは苦肉の策、とでも言うように「お願い戦法」をとってきた。お医者様にそこまで言われては、どうしようもないように思えてくる。
「……分かった、わ。一回だけなら飲んであげる」
「ありがとう、ライラさん。お母様も喜ぶよ。では、服用は就寝前に一錠を頼むよ」
一回だけ、という条件で承諾すると、途端にお医者様の表情がぱあっと明るくなった。もしかして、お母様に脅されているのかも。なら、可哀想。同情が勝り、今日の一錠だけはお医者様への慈悲ということにして、快く飲んであげようと思った。お医者様は「お大事に」と残して部屋を後にした。
私は1人、日の当たらない部屋に残された。
ベッドから立ち上がり、本棚から「不思議な国のアリス」を手に取る。本を開き、指先でページを送る。乾燥した肌に、紙は少し痛い。
「最初の30ページだけ読んだのよね。……あれ? この栞、私のじゃない」
ページを半分ほど進めた場所に、一枚の栞が挟まっていた。赤薔薇の刺繍が丁寧に施された栞だった。真紅に近い、深い赤色の中に、金色の糸がアクセントで縫われている。
…………どこかで見たことがあるような、それでいて、とても大切なものだったような。
何か大切な物のような気がしたけれど、思い出そうとすればするほど、思考に薄い霧がかかるように、こめかみの奥が重くなる。次第に頭痛が酷くなり、おぼつかない足取りで、倒れ込むようにしてベッドに横になった。その時にはもう、本を読む余裕はなくなり、空が暗くなるまで、ただひたすらに小窓の奥を見つめていた。
私は早く夜になるのを、今か今かと待ち望んでいた。
空は群青から橙へと変わり、だんだんと漆黒が塗られ始め始めたときには、心が躍った。そして、お母様がノックするのにも気づかず、一心不乱に空を見つめていたのだ。
どのくらい一心不乱だったかというと、「……ラ。……ライラ」とお母様が私の隣にやってきて話しかけるまで、全く見向きもしなかったほどに。
「ライラ、お夕食ができたけど、食べる?」
「……一口だけ。お腹空いてない、かも」
お母様は「そう」と呟くと、木製のスプーンを持って、一口だけスープを口にくれた。寝る前には薬を飲むようにと強く忠告し、何か怖いものを見るような目をしながら戻っていった。
その頃には空はすっかり闇に覆われ、まあるい月が皓皓と輝いていた。部屋には月明かりが細く差し込み、影を伸ばしていた。
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