第16話 纏着!!0.05秒のプロセスをもう一度!

 ――俺たちはゼリカで聖都エネオスに帰還した。


 夕暮れ時。白い石畳がオレンジ色に染まっている。

 戦いの後の静けさ。街には平和が戻っている。


「お疲れ様でした」


 カレンが言った。疲れた表情だが、その緑の瞳には安堵の色が浮かんでいる。金色の髪が夕日に照らされて、オレンジ色に輝いていた。

 エルフの耳がわずかに垂れている。戦闘の疲労が、その小さな身体に重くのしかかっているのだろう。


「また何かあったら呼んでくれ」


 シルビアが頷いた。銀髪を揺らしながら、剣を腰に差し直している。その青い瞳は、いつもの冷静さを取り戻していた。疲労の色は見せないが、わずかに肩で息をしている。戦闘は、隊長にとっても楽ではなかったようだ。


 デウスバックスの前では、コルトが待機していた。Zの駐車スペースを提供してくれるそうだ。


「お疲れ様ですぅ!」


 コルトが尻尾をブンブン振りながら駆け寄ってきた。犬耳がピコピコと嬉しそうに動いている。

 両手には大きな工具箱を抱えていた。そのまま整備をしてくれるという。

 コルトの目は、いつものように好奇心で輝いていた。Zのメンテナンスが楽しみで仕方ない、という表情だ。


「よろしくな」


 俺はコルトの頭を軽く撫でた。


「任せるですぅ!」


 コルトが胸を張った。工具箱がガチャガチャと音を立てる。


 カレンとシルビアは、それぞれの宿舎へと戻っていった。

 夕日に照らされた二人の背中が、オレンジ色に染まっている。カレンの金色の髪と、シルビアの銀髪が、美しく輝いていた。


 俺は一人、夕日を見上げた。今日も、無事に終わった。だが、マシンデウスの謎は深まるばかりだ。


『マスター、お疲れ様でした』


 Zの声が優しく響いた。


「ああ。お前もな、Z」


 俺はゼリカのボンネットに手を置き、軽く二回叩いた。


 

 ◇


 

 翌日、朝。


 コルトが工具箱を整理しながら、Zに話しかけていた。


「Zさん、昨日の戦闘データ、見せてくださいですぅ!」


『はい。カーナビに表示します』


 カーナビに映像が映った。R級戦。纏着シーン。コルトが目を輝かせた。


「すごいですぅ! 纏着、一瞬でしたですぅ!」


『0.05秒です』


「0.05秒!? 戦闘の時、ヒロシさんがコンバットスーツを纏着する時間は僅か0.05秒にすぎないですか? すごいですぅ! じゃあ、纏着過程をゆっくり確認することはできますか?!」


『了解。では、スローモーション再生します』


 画面がスロー再生された。青い光に包まれるヒロシ。Zから粒子が転送され、装甲が形成されていく。足元から順番に。ブーツ、レッグアーマー、ボディアーマー、アームガード、ショルダーアーマー、ヘルメット。


「すごいですぅ! こんな風になってたですぅ!」


 コルトが興奮している。

 そして、戦闘シーン。纏着完了の瞬間。ヒロシがR級の剣を押し返す。ヒロシの視線が一瞬、カレンの方を向く。そして、カレンを抱えて横に転がるシーン。


「かっこいいですぅ! カレン様を助けてるですぅ!」


 コルトは尻尾をブンブン振っている。


「後でみんなにも見てもらうですぅ! こんなかっこいいシーン、絶対見せたいですぅ!」


『……コルト様』


「でも……何か……」


 コルトが首を傾げた。


「何か違和感があるですぅ……」


『……』


 Zが沈黙している。


「気のせいかもしれないですぅ。とにかく、みんなに見せるですぅ!」


 

 ◇


 

 その日の午後。俺、カレン、シルビアが再び集まった。次の作戦会議だ。コルトも工具箱を抱えて参加している。


「次の目標だが……」


 俺が話し始めようとした時だった。


「あ、そうですぅ! 昨日の戦闘映像を見るですぅ!」


 コルトが無邪気に言った。尻尾を大きく振りながら、犬耳がピコピコと嬉しそうに動いていた。


「え?」


「纏着シーン、すごかったですぅ! ヒロシさん、すごくかっこよかったですぅ! みんなで見ましょうですぅ!」


『……コルト様、それは……』


 Zが止めようとした。だが。


「いいじゃないか。見せてくれ」


 シルビアが興味を持った。カレンも頷く。


「私も見てみたいです」


 俺は……特に嫌な予感はなかった。纏着シーンはかっこよかったはずだ。


「ああ、いいぞ」


「纏着!! 0.05秒のプロセスをもう一度見てみるですぅ」

 

『……了解しました』


 Zがヘッドライトを起動した。光が壁に向かって放たれると、まるでプロジェクターのように映像が映し出された。


 纏着シーンのスローモーション。

 青い光。粒子の転送。装甲の形成。カレンとシルビアが感心している。


「すごい……」

「0.05秒でこんなことが……」


 そして、戦闘シーン。纏着完了の瞬間。ヒロシがR級の剣を押し返す直前。カレンの様子を確認するかのように、ヒロシの視線が一瞬カレンに向く。


 スローモーション映像。その視線が……カレンの胸に……じっと……。戦闘で服が少しはだけている。豊かな胸の谷間が見えている。そこを、じっと見つめるヒロシ。


 シルビアが眉をひそめた。


「……ん?」


 映像は続く。カレンを抱えて横に転がるシーン。乱れた金色の髪。荒い呼吸。揺れる胸。

 そして、その全てを見つめるヒロシの視線。じっと。数秒間。


 沈黙。


 空気が凍った。


「……ヒロシ」


 シルビアが低い声で言った。


「今の映像……もう一度、再生してくれ」


『……了解しました』


 Zが再び映像を巻き戻した。壁に映し出されるスロー再生。纏着完了の瞬間。カレンを見る視線。はだけた胸。視線が固定されている。


 カレンの顔が真っ赤になった。


「ヒ……ヒロシさん……?」


 シルビアの目が冷たくなった。


「これは……どういうことだ……?」


 俺は冷や汗をかいた。


「い、いや! これは違うんだ!」


「何が違うんですか?」


 カレンの声が震えている。


「敵がいないか確認を……!」


「胸に敵がいるんですか?」


 シルビアが剣に手をかけた。


「いやいやいや! 戦闘中だぞ! 余裕なんかないだろ!」


 シルビアが壁の映像を指差した。


「纏着の瞬間だ。R級の剣を受けている時。カレン様の様子を確認したのだろう? だが、視線は胸に固定されている」


「それに……」


 カレンが小さな声で言った。


「カレンを抱えて転がった時も……」


 壁の映像には、揺れる胸を見つめる俺の姿。


 コルトが無邪気に言った。


「でも視線はしっかり固定されてるですぅ」


「しかも、2回も……」


『……マスター。データは正確です』


 Zも追い打ちをかけた。


「うぐっ……」


 カレンが顔を覆った。だが、その指の隙間から、少しだけこちらを見ている。


「ヒロシさんの……エッチ……」


 そして、小さな声で。


「……でも、助けてくれたのは……嬉しかったです……」


「え?」


「ありがとうございました……」


 カレンの顔がさらに赤くなった。


 シルビアが冷たく言った。


「だが変態だな」


(くっ……。R級ルーラー戦だけに、R指定だったというわけか……)

 

 俺は土下座した。


「すみませんでしたああああ!!」


 

 ◇


 

 しばらく重い空気が流れた。俺は自主的に正座で反省している。

 カレンは顔を赤くしたまま、こちらをチラチラ見ている。シルビアの視線が痛い。


 コルトがデータ解析をしていた。


「あ、次の施設の場所が分かったですぅ!」


 俺は顔を上げた。


「どこだ?」


「アーキナ山の向こう側ですぅ! そこにマシンデウスの本拠地があるみたいですぅ!」


 アーキナ山……。その名前には何か引っかかるものがある。


「行くしかないな……」


 俺は立ち上がった。カレンがまだ恥ずかしそうにしている。


「……一緒に行きます……」


 シルビアが冷たい視線を向けた。


「次は気をつけろ」


 俺はしょんぼりと頷いた。


「……はい……」


『マスター……頑張ってください』


 Zも同情している。コルトが無邪気に言った。


「次も映像記録するですぅ!」


「やめろおおおお!!」


 俺は叫んだ。

 

 カレンが小さく笑った。シルビアの視線が、少しだけ緩んだ。


 こうして俺たちは、次の目的地に向かうことになった。

 


 ――だが、その前にやるべきことがある。反省だ。深く、深く、反省だ。

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