【03 鳩のフンとフン】
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・【03 鳩のフンとフン】
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「粕谷ちゃん、鳩のフン最近多いんだけども、どうしよう」
商店街の男性組合員で、よく私と会話する涼風さんから、道を歩いている時にそう言われてしまったわけだけども、そんなんレーザービームで焼ききるしかないだろ、と思ったんだけども、さすがにそんな技術は無いだろうからなぁ。
「もういちいち掃除していくしかないんじゃないんっすか?」
「その掃除、粕谷ちゃん、できる?」
「私は便利屋じゃないんで、探偵なんで、コージーミステリーの探偵なんで」
「コージーミステリーって何?」
と小首を傾げた涼風さんに私はハッキリ言ってやることにした。
「私も知らん! 感覚で言ってる! 簡易的な謎解きとかそういうことじゃね!」
涼風さんは可愛く口を尖らせていたけども、無視して今日も今日とて商店街をパトロール。
午後三時か、そろそろ渚が中学校から帰ってくるから、一緒にマリオカートワールドするルートかな、と思っていると、何だっけ、あぁ、そうそう薬局の若ジジイが私に話し掛けてきた。
「さっき鳩のフンの話をしていたよね?」
「そうっすね」
とあんま会話したことない人なので、軽く塩対応でいくと、その若ジジイは妙に馴れ馴れしい感じで、
「てか、待ち合わせしていたら、鳩にフンを落とされちゃって。本当に鳩はどうにかしてほしいんだけども、案は無いのかな?」
若ジジイ、まあ五十歳前後な、五十歳前後の若ジジイが”てか”とか使うなよ、共感性羞恥が出るだろ。
まあ確かに本当に最近、鳩がこの辺は増えている、が、鳩というのは自分が決めた場所で群がる特性がある。
だからつまりは、
「じゃあその待ち合わせ場所変えたら? 鳩が上にいない場所で待ち合わせすればいいじゃん」
「あっ……でもそれは、何か、そこがいいって言うんだよね」
と少し口ごもった若ジジイ。
いやいや、
「そんなん関係無いっしょ、ちょっとズレればいいだけだし。若ジ……その歳で人見知りとかないっしょ?」
「いやでもなんというか」
「主従関係ある感じ? もう五十くらいでしょ? 五十なら相手七十でもいったれよ、マジで。十代じゃないんだから」
「そ! そう! 十代じゃないんだから! ハハッ!」
と何か急にカラ笑いしたので、キモ過ぎた。
ジジイこじらせると大変だなと思いながら、私は踵を返して、そいつと顔を合わせないように、また歩き始めた。
お肉屋さんからは余ったコロッケを早めにもらって、エコバッグの中に入れた。
アーケードの端のほうまで行ったところで、アーケードの外側の、ちょっと駅前側の歩道から女子高生の声がして、何だろうと思っていると、スマホを何かどっかに向けて笑っているみたいだった。
カメラアプリで通行人を勝手に変にして、笑っていたりすんのかな? だとしたらカスだな、最高だな、私もやってみたい。
通行人をカメラアプリで全員ハゲにしたら、面白いだろうなとか想像してしまって、アプリストアで探すかな、とか思った。
なんとなく下を向きながら歩いていると、アーケードから出てしまい、日差しがなぁ、と思って上のほうを見ると、アーケード前の公園とは絶対言えないミニスペースの木の上に、鳩がいっぱい止まっていた。
その下でハゲているジジイが立っていて、何か鳩のフン落とされ待ちみたいに見えて、おいおいおいとは思ってしまった。
何で自分からその危険地帯に立っているんだよ、それもハゲが。直に鳩のフンを頭皮に浴びたいのかよ、そういう育毛法?
鳩のフンってハゲ薬になんの? と思ったところで、ハゲ薬って言い方はあんま正しくないな、と思った。ハゲ薬はハゲになるための薬だろ。育毛薬だろ、正しくは。
でも世間はハゲ薬って言いがちだよな、絶対バカにしているよな、そんなカスの世の中最高だぜ、と思っていると、鳩のフンがちょうど落ちてきて、そのハゲにギリギリヒットしなかった。
ヒットしないんかい、お笑いやれよ、大学お笑いやり始めろよ、とか思いながら、またアーケードのほうに戻って、商店街を練り歩き始めた。
パン食いたい気分になったので、近くのパン屋に入ると、食パンの耳がタダで置いてあり、
「これもらっていいんっすか」
と店員に聞くと、
「はい、大丈夫です」
と言われて、私はもらう確定したわけだけども、こちとらカスとは言え、日本人でもあるので、一番安いミニアンパンを一個買って、食パンの耳を三袋もらったその時だった。
「一袋、残してくれぇい」
何か身なりの汚いジジイが私の手を握りながら、そう言ってきたのだ。キモ過ぎる。
私は無言で食パンの耳の袋を一袋置いて、そそくさとその場を去り、アーケード前の公園とは絶対言えないスペースの水道で手を洗った。いや水道の蛇口があれば、むしろ公園か。今この水道の有難さからちょっと公園って言いそうだな、私。
ふと、ハゲがいたほうを見ると、もうそこにはハゲがいなかったけども、何か周りのこそこそした声を耳で拾うと、
「さっき、頭にフン落ちたね」
「マジかわいそー」
とか聞こえてきて、私、見逃してるじゃん! と絶句してしまった。あういう面白は絶対に見たいのに。
私は深い溜息をついてしまった。まあもう粘っていても仕方ないし、と思いながら、アーケードのほうを見ると、なんとさっきの汚いジジイがこっちへ向かって歩いてきていて、ヤバイ、恋されたかもと思って、私はアーケードの外に出てダッシュして、大回りしてから、裏路地経由でアーケードの中に戻った。
多分あういうジジイは足が悪いだろうから、このスピードで動く女子にはどうすることもできないだろ。
ヤバイ、ヤバイ、あういうジジイ本当に嫌過ぎる、そんなことを思いながら、足早に渚の家のほうへ足を動かした。
渚の家の前で、中学校から帰ってくる渚と会って、軽く挨拶したらすぐに渚の部屋でマリオカートワールドをやり始めた。
相変わらず、簡素な渚の部屋。ハウススタジオでももうちょっとモノがあるわ、と思っていると、渚が私へ、
「何か嫌なことありました? 結構興醒めしていますけどもっ」
と私の異変に気付いてくれていて、マジ最高の友達って感じだ。
私は今あったことを洗いざらい話すと、渚はムムッと顔をしてから、こう言った。
「その汚いジジイ、もしかしたら鳩使いかもしれませんから、鳩には注意してください」
「鳩使い?」
とついオウム返しをしてしまうと、渚が自信満々にこう言った。
「伝書鳩を使役してラブレターを送ってきたり、あと尾行してきたり! 鳩を使っていろいろやって来るかもしれません!」
何で汚いジジイと鳩を関連付けてしまっているのか分からな過ぎて、めっちゃ笑ってしまった。やっぱり渚は面白過ぎる。
さすがに渚も私が小バカにしているニュアンスを受け取ったのか、顔を真っ赤にしながら、
「でもでもでもぉ! 忠告はしましたからね!」
「分かってる。それはまあ渚の優しさとして受け取っておくよっ」
「とにかく粕谷姉さん! 鳩にフン落とされないように注意してください!」
「いや汚いジジイからの『同じ汚れ度にしてやるぜ』じゃぁないんだよ。ああでも鳩のフンには気を付けるから」
と思ったところで、一つの仮説が浮かび上がってきた。
私と渚はとりまマリオカートワールドをやっているわけだけども、私は遊びつつも、その考えを脳内で構築していった。渚が使うウシのジャンプアクションは見飽きないな、と思いながら。
午後五時半になったところで、私は帰ることにしたわけだけども、最後に私は渚にこう言うことにした。
「そう言えば、汚いジジイが鳩使いの件だけどもさ」
即座に渚はイジられるんじゃないかという顔をしてから、
「ちょっとぉ、それはもう終わった話ですよね!」
「そうじゃなくてさ、よくよく考えたら悪くない線かもな、って」
「えっ! やっぱりそうだったんですか!」
と嬉しそうに笑った渚へ、
「まっ、事の顛末はちゃんと話すからさ」
と言って私は渚の家から出て行った。
というか、つまりはそういうことだろうな、あの慌てっぷりから察するに、そっちもそういうことなんだろう。
あーぁ、それにしてもだ、この世はキモい男が多いなぁ、全部が全部鈴岡さんの旦那みたいに爽やかだといいんだけどな(あくまで鈴岡さん談だけども)。
次の日、私はあのパン屋へ行き、食パンの耳の袋があるかどうか聞くと、もう昨日の汚いジジイが持っていったらしい。
というわけで、パン屋への用は一旦無くなったので、アーケードの外へ向かって歩いて行くと、案の定、あの汚いジジイが公園とは言えないスペースのベンチに座っていた。
近くに人がいると、ただ座っているだけだが、身の回りから人がいなくなると、手から何かぽろぽろと出して、それを鳩が食べている。
つまりは、
「おいジジイ、鳩に餌をやるのは止めろ」
忍び足で近付いた私に気付いていなかったらしく、存外驚いた顔をした汚いジジイは、咳払いをしてから、
「そんなん、わしの勝手だろ」
「鳩がこの辺増えて、フンが増えてんだよ。じゃあフンの掃除しろよ、そのフンは元食パンの耳だろ」
「知らん知らーん」
そう言いながら立ち上がって、どっかへ去っていった汚いジジイ。
まあ二時間後くらいには戻ってくると思うけども。
じゃあ作戦変更ということで、またパン屋に戻って、いきさつを説明し、
「というわけで、食パンの耳、今後は買った人へのサービスとか、五円とか、若い人だけはタダとかにしたほうがいいですよ」
と忠告をすると、どうやらそれを受け入れてくれる感じだったので、私はまあこっちはとりあえずいいだろうと思いながら、外に出た。
さて、次は午後四時以降かな、と思ってまた商店街をうろつくことにした。
途中、八百屋さんの仕事をちょっと手伝って、野菜をもらって、一旦家に戻って野菜を置いたりしていたら、午後四時になったので、早速現場へ直行することにした。
また今日の午前にいた側のアーケードの外へやってきた。
ベンチにはまたあの汚いジジイが座っていて、私を見るなり立ち去ったわけだけども、もうオマエはどうでもいいんだよ、と思いながら、鳩がいっぱい留まっている木の下を見ると、あの薬局の若ジジイが立っていた。
待ち合わせ場所を変えろという話なんだけども、まあ変えられないんだろうな、相手に強く出られないんだよな。
そう思いながら、横断歩道を渡って、スマホを見ながらキャッキャッと騒いでいる女子高生たちに話し掛けた。
「よー、若いの。もしやパパ活とか言ってあの若ジジイ呼び出してる?」
女子高生たちは図星のような面持ちでその場に固まった。
私は続ける。
「で、鳩のフンが落ちる木の下で待ち合わせて、フンが当たったところを動画で撮って笑ってるって感じか?」
女子高生は青ざめている。やっぱり私の予想は当たったみたいだ。
だからこう言うしかない。
「最高の趣味じゃん。でも同じ場所ばかりで待ち合わせているとバレるから、駅前もいいぞ。あそこは構内から隠れて撮れるカフェもあるし、そっちも活用したほうがいいぞ」
とサムアップすると、女子高生の一人が、
「と、咎めるんじゃないんですか?」
「いや、パパ活なんてしたいと思うジジイがキモいだろ。そういうイタズラは推進派だ。だから同じ場所ばかりやっていると勘付かれる可能性もあるからな」
女子高生たちの表情が一気に明るくなった。これでいい。女子はカスくらいがちょうどいい。私のこの時代はもっとカスだった。
とても可愛いカスじゃないか。おばちゃん応援しちゃう。話によると女子高生はAIで毎回違う女の子を作っているから、そっち方面でのバレはあんまり心配無いらしい。
やっぱり最近の子は新技術を使うのが上手いね、と感心してしまった。私も活用していかないといけないな、と思った。
というわけで、この鳩のフンは一件落着といった感じかな。
その後、あの汚いジジイが食パンの耳をもらいに来ることは無くなったらしい。やっぱりタダだから餌をやっていただけみたいだ。
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