第3話:「え、俺の料理おいしい?」元カノには残飯扱いされた卵焼きで、国民的アイドルの胃袋を掴んでしまったようです。

翌朝。目が覚めると、目の前に天使がいた。


「……ん、おはよ。ヤマトくん」


至近距離。本当に鼻先が触れそうな距離に、天道アイの顔があった。朝日を浴びてキラキラと輝くプラチナブロンド。乱れたパジャマから覗く白い鎖骨。そして、とろりと潤んだ青い瞳。


「うわあああああ!?」


俺は反射的にベッドから転げ落ちた。ふかふかの高級絨毯が衝撃を吸収してくれる。


「な、ななな、なんでアイがここに!?」


「なんでって……ここは私のベッドだもん」 「俺はソファで寝るって言っただろ!?」


「却下しました。だって、ヤマトくんが悪夢にうなされてたから。……背中、トントンしてあげたんだよ?」


アイはベッドの上で頬杖をつき、悪戯っぽく微笑む。言われてみれば、昨晩は泥のように眠った気がする。久々に、心臓が締め付けられるような夢を見ずに。


「さ、朝ごはん作ろっか! 私、頑張る!」


アイは「よいしょ」と起き上がると、意気揚々とキッチンへ向かった。


 ◇


十分後。俺はキッチンから漂う不穏な煙の匂いに、慌てて駆けつけた。


「あ、あれぇ? 黒い……」


「アイ、ストップ! IHコンロの火力が最大になってる!」


そこには、フライパンの上で炭化していく何か(元目玉焼き)と、涙目になっている国民的アイドルがいた。


「うぅ……ごめん。私、料理だけは本当にダメで……」


「危ないから貸して。俺がやるよ」


「でも、ヤマトくんはお客さんだし……」


「いいから。火傷したら大変だろ? 商売道具なんだから」


俺はアイから優しくフライパンを取り上げると、手早くキッチンに立った。冷蔵庫を開ける。高級食材ばかりだが、使い勝手の良さそうな卵とベーコン、それに昨日の残りのご飯があった。


(……これなら、いつものアレが作れるな)


 俺の身体は、無意識のうちに最適解を導き出していた。元カノ・レナのために毎朝作っていた朝食ルーティン。ボウルに卵を割り入れ、白だしと少しの砂糖、マヨネーズを隠し味に加える。熱したフライパンに卵液を流し込み、菜箸で手早く巻いていく。ジュワァァァ……という心地よい音と共に、鮮やかな黄金色の厚焼き玉子が完成する。


並行して味噌汁を作り、ベーコンをカリカリに焼く。所要時間、わずか十五分。


「できたよ。……普通の朝食だけど」


俺がテーブルに皿を並べると、アイは目を丸くして固まっていた。


「……すごい」


「え?」


「すごいよヤマトくん! 魔法みたい! この卵焼き、宝石みたいに光ってる!」


「いや、大袈裟だって。ただの出汁巻き卵だし……」


元カノにはいつも、「また卵? 貧乏くさい」「茶色ばっかりで映えない」と罵られていたメニューだ。だが、アイはおそるおそる箸を伸ばし、その一切れを口に運んだ。


その瞬間。彼女の動きが止まった。


「……んっ!」


カッ、と目を見開き、次に頬を桜色に染めて、とろけるような表情になった。


「おいし……っ! なにこれ、すっごく美味しい! お出汁がじゅわってして、ふわふわで……!」


「そ、そうかな?」


「うん! 私、こんな美味しい卵焼き食べたことない! ロケ弁のパサパサのと全然違う!」


 アイは猛烈な勢いで箸を進め、ご飯をかきこむ。その食べっぷりは、清楚なアイドルのイメージからは想像もつかないほど無防備で、可愛らしかった。


「……そんなに喜んでくれるなんて」


「当たり前だよ! ヤマトくん、天才! もうこれ、お店出せるレベルだよ!」


 天才。そんな言葉、生まれて初めて言われた。元カノには「お前は要領が悪い」「私の指示がないと何もできない」と刷り込まれ続けてきたから。


「……ありがとう。美味しいって言ってもらえて、嬉しいよ」


 俺が照れくさそうに笑うと、アイは真剣な顔で俺の手を握った。


「ヤマトくん」


「は、はい」


「私と結婚して」


「飛びすぎだろ」


「毎日これが食べたいの。私の専属シェフになって。お給料は言い値で払うから! ね?」


「落ち着けって。……いつでも作ってやるから」


 そう言うと、アイは「やったぁ!」と子供のように万歳をした。その笑顔を見て、俺の胸の奥にあった重たい鉛のような塊が、少しだけ軽くなった気がした。


 俺にも、誰かを喜ばせることができる価値があるんだろうか。


 ◇


 幸せな朝食タイムが終わり、現実に引き戻される時間がやってきた。登校時間だ。


「……行ってくるよ」


 玄関先で、俺は制服のネクタイを締めた。  指先が少し震えているのを隠すように、拳を握りしめる。


 学校に行けば、元カノがいる。サッカー部の連中がいる。昨日の一部始終を見ていたクラスメイトたちがいる。


 正直、怖い。扉を開けるのが、とてつもなく怖い。


「ヤマトくん」


 背後から、アイが俺の背中に抱きついた。  柔らかい感触と、バニラの香り。


「無理しなくていいんだよ? やっぱり休む?」


「……ううん。ここで休んだら、あいつらの言う通り『負け犬の陰キャ』で終わっちゃう気がするから」


 俺は強がって見せた。アイはしばらく俺の背中に顔を埋めていたが、やがてパッと身体を離した。


「わかった。ヤマトくんが戦うなら、私も応援する」


 彼女はニッコリと笑い、俺の襟元を整えた。


「いってらっしゃい、私の王子様。……大丈夫、ヤマトくんは一人じゃないから」


「ああ、ありがとう。じゃあ、行ってくる」


 俺は決死の覚悟で、重厚な扉を開けて外に出た。エレベーターホールへと向かう俺の背中を見送りながら、アイが静かにスマホを取り出したのを、俺は知らなかった。


 ◇


(……もしもし、社長?)


 扉が閉まった瞬間、アイの表情から可憐な笑みが消え失せた。代わりに浮かんだのは、業界の大人たちさえ震え上がらせる、絶対強者の冷徹な瞳。


「あ、おはようございます。天道です。……はい、朝早くにすみません」


 彼女はリビングの窓から、豆粒のように小さくなって歩いていくヤマトの姿を見下ろした。


「今日の午後のスケジュール、全部バラしてください」


『はあ!? 天道ちゃん、何言って……今日は雑誌の取材と歌番組の収録が……!』


「バラしてください。……違約金なら私が払います」


 彼女の声には、有無を言わせない強制力があった。


「それと、至急手配してほしいものがあるんです。……私の、母校への転入手続きと――」


 アイは窓ガラスに映る自分の顔を見て、凶悪なほど美しく微笑んだ。


「――全校集会で使う、最高のマイクを一本」


 彼を傷つけたゴミどもを掃除しに行く。そのためなら、アイドル生命なんて安いチップだ。


 女神が降臨するまで、あと四時間。高校生たちはまだ、自分たちの学校にとんでもない爆弾が投下されることを知らなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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