「陰キャと付き合うのは罰ゲーム」と俺を捨ててイケメンと浮気した元カノが、最近なぜか復縁を迫ってくる。すまん、俺はもう国民的アイドル(幼馴染)と同棲して毎日甘やかされているので、今さら戻るとか無理です

しゃくぼ

第1話:尽くした彼女に「罰ゲーム」だと捨てられた俺を、国民的アイドルが拾ってくれるそうです。

「あー、やっと終わったぁ! もう限界! あんたみたいな陰キャと付き合うの、マジで苦行でしかなかったわ」


放課後の教室。ホームルームが終わった直後の騒がしい空間が、その一言で凍りついたように静まり返る。


声の主は、クラスカーストの頂点に君臨する美少女、西園寺(さいおんじ)レナ。そして、その鋭い視線が突き刺さっているのは、彼女の彼氏である俺――九条(くじょう)ヤマトだ。


「……え? レナ、どういう……こと?」


状況が理解できず、俺は情けない声を漏らす。 手には、彼女のために早起きして作った弁当箱が握られたままだ。今日は彼女が部活で遅くなると言っていたから、差し入れを持って待っていたのだ。


レナは、そんな俺の手にある弁当箱を一瞥すると、心底軽蔑したような顔で鼻で笑った。


「は? 聞こえなかった? だからぁ、別れようって言ってんの」


「わ、別れるって……昨日まで普通に、好きだって……」


「ぷっ、あはははは! やだ、本気にしてたの? ウケるんだけど!」


レナが手を叩いて笑うと、教室の後ろの方でたむろしていたイケメン男子グループ――サッカー部の連中が、ニヤニヤしながら近づいてきた。


「おいおい九条、マジでお前、レナと対等に付き合えてると思ってたのか?」 「鏡見てから出直せよ。お前みたいな地味な陰キャ、レナの相手になるわけねーだろ」


男の一人が、馴れ馴れしくレナの肩を抱く。  レナは嫌がるどころか、とろけるような笑顔でその男の胸に寄り添った。


「そーゆーこと。実はさ、一ヶ月前の王様ゲームで負けたんだよね、私。『クラスで一番冴えない男子と一ヶ月付き合う』っていう罰ゲーム」

「ば、罰ゲーム……?」

「そ。だから我慢して付き合ってあげたの。デートも割り勘だし、会話もつまんないし。あ、でもそのお弁当だけは便利だったかな? 食費浮いたし」


ドッ、と教室中から笑いが起きた。嘲笑。侮蔑。憐憫。それらが一斉に俺に降り注ぐ。


全身の血の気が引いていくのがわかった。俺はこの一ヶ月、彼女のために何ができただろうか。彼女が喜ぶと思って、バイト代をはたいてプレゼントを買った。栄養バランスを考えて、毎朝弁当を作った。彼女の愚痴を夜遅くまで電話で聞いた。


その全てが、「罰ゲーム」の消化作業だったというのか。


「あー、キモいキモい。勘違いした陰キャの愛とか重すぎて吐きそう。もう解放してね? 私の彼氏は、こっちの翔(しょう)くんだから」


「……そう、か」


俺は震える手で弁当箱を鞄に押し込んだ。これ以上、ここにいてはいけない。惨めだ。死にたいくらいに、惨めで、情けない。


「じゃあな、陰キャくん! ドンマイ!」


背中に浴びせられる嘲笑から逃げるように、俺は教室を飛び出した。


 ◇


学校を出ると、空は俺の心象風景を映したように土砂降りの雨になっていた。傘なんて持っていない。あるいは持っていたかもしれないが、それを差す気力さえ残っていなかった。


俺は制服を濡らすのも構わず、あてもなくふらふらと歩き続けた。気がつけば、人気のない公園のベンチに座り込んでいた。


「……はは、傑作だな」


雨に打たれながら、乾いた笑いが漏れる。寒い。身体も、心も。クラス全員の前であんな振られ方をして、明日から学校に行けるわけがない。このまま消えてしまいたい。誰も俺を知らない場所へ――。


その時だった。


ブォォォン……!


重厚なエンジン音と共に、公園の前に一台の黒塗りの高級リムジンが停まった。場違いすぎる光景に、俺はぼんやりと顔を上げる。


後部座席のドアが開き、一人の少女が降りてきた。傘も差さずに、雨の中を一直線にこちらへ歩いてくる。


黒いキャップを目深にかぶり、大きめのマスクをしている。だが、隠しきれないオーラがあった。雨に濡れたアスファルトを踏みしめる華奢な足。モデルのように洗練された所作。


彼女は俺の目の前まで来ると、立ち止まった。甘い、バニラのような香りが雨の匂いに混じる。


「……誰?」


俺が掠れた声で尋ねると、彼女はゆっくりとマスクを外し、キャップを取った。


さらり、とプラチナブロンドの髪がこぼれ落ちる。宝石のような青い瞳。陶器のように白い肌。テレビで見ない日はない、完璧な造形美がそこにあった。


「……え、天道……アイ?」


日本で今、最も人気のあるアイドルグループ『スターライト』の絶対的センター。そして――幼い頃、近所に住んでいた幼馴染。


彼女は、ずぶ濡れの俺を見下ろして、花が咲くように微笑んだ。それは、テレビで見せる営業スマイルではない。もっと深く、濃密で、執着に満ちた笑み。


「見つけた」


「……え?」


「ずっと見てたよ、ヤマトくん。あんな女に弄ばれて、傷つけられて……可哀想に」


アイは膝をつき、泥水も厭わず俺の顔を両手で包み込んだ。冷え切った俺の頬に、彼女の体温が伝わってくる。


「罰ゲーム? ふふ、笑っちゃう。あんな女、ヤマトくんの髪の毛一本の価値も分かってない」


その瞳の奥には、暗い情熱の炎が揺らめいていた。俺は圧倒され、言葉が出ない。彼女とは中学に上がるタイミングで疎遠になっていたはずだ。なぜ、彼女がここに?なぜ、俺のことを?


「ねえ、ヤマトくん」


アイは俺の耳元に唇を寄せ、甘く、とろけるような声で囁いた。


「やっとフリーになったね」


 ゾクリ、と背筋が震えた。それは恐怖ではない。もっと甘美で、抗えない運命のような響き。


「神様がくれたチャンスだもん。もう、誰にも渡さない」


彼女は俺の手を強く握りしめ、立ち上がらせる。


「行こう、ヤマトくん。私の家へ」


「え、家って……でも、俺は……」


「拒否権なんてないよ? だって、今のヤマトくんには帰る場所も、癒やしてくれる人もいないんでしょ?」


 図星だった。今の俺は、空っぽだ。


「私が全部あげる。お金も、家も、愛情も。ヤマトくんが望むもの、全部」


彼女は濡れた俺の唇に、人差し指をそっと当てた。


「その代わり――一生、私のそばにいてね?」


 その笑顔の圧倒的な美しさと迫力に、俺は頷くことしかできなかった。こうして、どん底の失恋をした俺は、国民的アイドルに拉致されることになったのだ。


 元カノが後になって「やり直したい」と泣きついてくることになるが、その時の俺はもう、この世界一可愛い幼馴染に骨の髄まで甘やかされて、それどころではなくなっているのだが――それはまた、別のお話。

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