第4話

「おい、マメ。マメいるか?」

 呼ぶと、今度は軽トラの荷台からマメが降りて来た。

「どうでした?」

「あ、ああ、随分、元気そうだったな。いや、そんなことより今の話じゃお袋はまだ生きてるみたいだったぞ」

「あっ、そうでした?」

「だって、お袋を病院へ連れて行くって……」

「ああ、タケルのお母さんが亡くなってることをAIが認識していなかったのかな」

「いや、他の俺は、皆、半年前に死んだって言ってたぞ。このパソコンには葬儀日程とか返礼名簿とか入ってるはずだから」

「あ、うーん、それはそうですが……」

「じゃあ、あれか。俺が別の嫁さんもらって家に残ってたら、お袋はもっと長生きできたってことか?」

「いえ、これはあくまでもAIが創った想像の世界ですから」

「そうか、そうなんだ。子供は3人もいて、家族は皆元気そうだし。本物の犬も飼ってるって……」

「タケル、落ち着いてください。大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫だよ。AIが作った想像の世界だってことは理解してる」

「そうですよ」

「だけど、優秀な生成AIが緻密に分析して創り出した未来なんだよな。やっぱり、俺、どこかで生き方を間違えたのかなあ」

「現実はこっちです。今だって家族がいるし、平穏に暮らせているじゃないですか」

「うん、もう良いよ。ただ、ちょっとだけで良いから、さっきの世界の母さんと話をするってことはダメかな」

「だから、お母さんについてはデーターが無さすぎて……」

「ちょっと待てよ。マメ、お前、1ヶ月くらい母さんと一緒にいたんだよな」

「え?」

「昨日、マメロボの本体にもAI機能を搭載してて、飼い主に合わせて行動したり、成長したりするとか言ってたよな」

「はい」

「じゃあ、このマメロボの本体に、母さんの記憶とか映像が残ってるってことはないのか?」

「えっ、僕にはお母さんの記憶は無いです。でも、マメロボはオフラインでここにいた訳だから……」

「しかも、動いていたとしたら?」

「だとしたら、当然、内蔵カメラと音声認識機能でデーターを記録していますね」

「だろ」

「早速、確認します。データーがあったとしたら、『もしもシリーズ』で再現しますか?」

「いや、そんなのは良いよ。残ってる映像と音声をそのまま視聴させてくれ」

「分かりました」


 数分後、いきなり居間の映像が現れ、置いてあるテレビが映った。

 テレビからは音楽が流れ、女性3人が体操をする番組をやっている。

 数秒続くと、今度はカメラがぐるりと回った。

 その動き方から、マメロボに搭載されているカメラの映像だと分かる。

 次の瞬間、ぎこちない動きで体操をする母が映った。

 テレビを見ながら真似をしているのだろうが、手も足もまったく上がらず、ふざけているようにしか見えない。

 しかし、母は真剣な顔つきで体操を続けている。

 カメラがズームアウトして、部屋の全景が映ると、壁の日めくりカレンダーが視界に入った。

「11日か……」

 母は1月13日の午前11時ころ発見された。死亡推定は、同日の午前0時頃と聞いている。

 体操の番組をやっているところから察すると、午前6時30分ころだと思われる。

「2日前は、こんなに元気だったんだ」

 映像がこの時点から始まっているということは、ドライブレコーダーのように自動的に上書きされるシステムなのだろう。

 体操が終わると、そのまま歌の番組が始まった。

 子供たちの歌声が流れ始め、母は手足をバタつかせながら変な踊りを始めた。

「あっ!」

 母の体操とその踊りには見覚えがあった。

 今朝、パソコンの画面の中でマメがやっていたものと同じだった。

「あいつ……」

 昨日、ワイファイにつながった瞬間に、マメはマメロボの中にあったデーターも吸い上げていたに違いない。

「おい、マメ!」

「はーい」

 画面の端からマメが踊りながら現れた。

「お前、しっかり踊ってるじゃないか」

「ごめんなさい。僕も分からないうちに踊ってたんです。これがお母さんの踊りだなんて認識していなかったもので……」

「体操もやってたよな」

「タケルも踊ってみたら? これ、結構ハードですよ」

「はぐらかすなよ。うん、でもまあ、こうしてお袋の映像を残しておいてくれたことには感謝するよ。これは上書きしないで保存しといてくれるか?」

「了解です」

「勝手に変な動画を作ったりするなよ」

「はい」

「うん、じゃあ、今日はもう遅いから、明日、ゆっくり見てみようか」

「そうですね」


 翌朝は早く目が覚め、朝食を食べながら母の映像を見た。

 踊りの後、母は小さな食器にご飯と味噌汁を盛り付け、仏壇の父に供えた後、テレビで連続ドラマを見ながら朝食を食べた。

 30分程うたた寝をして、目が覚めるとまたテレビを見た。

 その後、動きが無いので早回しにしたが、正午になると立ち上がって台所の隣の四畳半へ行き、カップ麺を1つ持って来てお湯を注いだ。

 そのカップ麺は、四畳半でマメロボを見つけたとき、充電ステーションに転がっていたものと同じだった。

 テレビの前でゆっくりとカップ麺を食べ、再放送のドラマを見終わると、また寝を始めた。

 ドアチャイムの音で目を覚まし、玄関へ行って「はーい」と言うと、引き戸が開いて、「こんにちは」と元気な声とともに生協の人が入って来た。

 配達物の確認を終えると、母の後ろについて来ていたマメロボの話題になった。

 生協の人は前にも見ていたらしく、

「その子、いつも一緒ですね。本当のワンちゃんみたいだ」

 と言ってマメロボの頭を撫でた。

 すると母は自慢げに笑い、

「息子もたまには良いもの買ってくれるのよね。私もあとどれくらい生きられるか分からないから本物の犬は飼えないしね。これ、機械なんだけど、話し掛けると答えてくれるし、一緒にいるだけで癒されるのよ」

 私はその言葉を聞いて嬉しくなった。

 隣に座っていたマメロボの頭を撫で、

「お前、気に入られてたみたいだな」

 と言うと、マメロボも、

「ワン」

 と鳴いて、嬉しそうに尻尾を振って見せた。


 その後、母は配達された食品を冷蔵庫に仕舞い、その中の生菓子を2枚の小皿に取り分けた。

 1つを仏壇に供え、1つを居間に持って行って、お茶を飲みながら食べた。

 買い物に出掛けられない母は、食品や日用品のほぼすべてを生協の配達でまかなっていたが、こうしておいしそうなお菓子を注文し、それを食べることをささやかな楽しみにしていたのかもしれない。

 お菓子を食べ終わると、床の間から将棋盤を持って来て座卓の上に置いた。

 昔、父が使っていた折り畳み式の盤で、駒の入った古びた紙箱が載っている。

 駒を並べ終わると、カメラに母の手が伸び、映像は母を正面から映す位置に変わった。

 相手に見立ててマメロボを正面に据えたのだろう。

 どうするのかと見ていると、母は新聞を睨みながら、盤上の駒を1つずつ動かし始めた。

「ああ、試合の途中経過を見て並べてるのか」

 さすがにマメロボに将棋の相手はできないが、母が相手側の駒を動かす度に小さく「クン」と声を発し、さながら一緒に遊んでいるような雰囲気を醸し出していた。

「たまには、俺も相手をしてやれば良かったな……」

 母が新聞を床に置き、動きを止めた。

 おそらく新聞に載っていた途中の状態まで行き着き、その先を自分で考えているのだろう。

 3倍速で進めてみたが、15分程経ってもそのままだった。

 マメロボがしびれを切らしたのか、カメラアングルを僅かに変えると、母の目は閉じ、肩がゆっくりと上下しているのが分かった。

「寝てるし……」

 

 母は将棋盤を前にして、1時間ほど寝をした後、夕食の準備をし、テレビを見ながらゆっくり食べた。

 片づけを終えると、風呂に入り、またテレビを見た。

 午後10時頃、電気を消して寝室へ行き、敷きっ放しの布団に潜り込んで寝た。

 その間、マメロボはずっと母の姿を映し続け、就寝を確認すると充電ステーションへ行った。


 一旦映像が切れて再び映ると、そこは充電ステーションのある四畳半だった。

 充電中はカメラを切っていたのだろう。

 マメロボはモーター音を発しながら、台所、居間、母の寝室へと移動する。

「ワン、ワン」

 控えめの声で鳴くと、寝ていた母が動いた。

 起き上がって、厚手の服に着替えると、脱いだパジャマを持って浴室へ行き、洗濯を始めた。

 居間に戻って日めくりカレンダーを破ると、12日と書かれた紙が現れた。

 テレビを点けて、体操、踊りと進む。

 昨日の映像はここから始まっていた。

 今日も同じように、仏壇へのお供え、テレビを見ながらの朝食、うたた寝、再びテレビ、カップ麺の昼食、お茶とお菓子、将棋へと1日のルーティーンが消化されていく。

 違うのは生協が来ないことと、お菓子が生菓子ではないことくらいだ。

 その後は、将棋を指しながらの寝、夕食、風呂、テレビと、昨日と同じ1日が過ぎて行く。

 この後、母が寝床に入り、マメロボが充電ステーションに行くとすべてが終わる。

 母はこの夜に他界するし、カップラーメンが邪魔して充電できないマメロボも停止する。


 湧いて来る涙を手で拭いながら見ていると、母が立ち上がって台所へ歩いて行った。

 4つある椅子のうち、1つの座布団をめくると、A4サイズの茶封筒を取り上げた。

「お前に言っておくよ。これにお葬式代が入ってるから、アタシに何かあったらタケルとミツヨに教えてやって。できるでしょ……」

「ワン!」

 画面の中のマメロボは元気に鳴き、母は封筒を元通りに隠して寝室へ歩いて行った。

 今、横にいるマメロボを見ると、お座りの姿勢でじっとしている。

 立ち上がって台所へ行き、映っていた椅子の座布団をめくると、映像通りそこに茶封筒があった。

 中を見ると、帯封の付いた1万円札の束と母の顔写真、クリアファイルに入った手紙が入っていた。

 手紙には達筆な文字で、

『尊、光代、これまでありがとう。遺影の写真と葬式代100万円です。使ってください』

 と書かれ、その下には、農協と郵便局の口座番号や保険のことなどが細かく書かれていた。

 それらを持って居間へ行き、パソコンの前に並べると、涙が溢れてボタボタと座卓の上に落ちた。

「タケル、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

「その件について、少し説明をさせていただきたいのですが」

「あ、うん、何?」

「生前のお母さんの映像については、一昨日、すべて確認していたのですが、タケルに早く伝えるべき重要な情報が含まれているとは認識できませんでした。ごめんなさい」

「ああ、もう良いんだ。だいたい手続きは終わったから。それより、このまま人手に売ることにならないで助かったよ。金もだけど、解約していない火災保険が1件あったから」

 マメロボは床に伏せて、「クーン」と悲しげな声を出している。

「お前、お袋の面倒を良く見てくれたんだな。ありがとう」

「ワン!」

 マメロボは元気に鳴いて立ち上がり、尻尾を振った。


「タケル、続きを見ますか?」

「もう、いいや。だって、この後はお袋が寝て、マメロボの映像も終わるんだろ」

「いえ、このときだけは少しだけ映像が続きます」

「えっ?」

「とりあえず確認してください。さっきみたいに、重要な映像が入ってるかも知れませんから」

「う、うん、じゃあ、見ようかな」

「では……」

 再び映像が動き出すと、母は座布団を元に戻して、寝室へ歩いて行った。

 布団に潜り込むと、カメラはモーター音とともに台所へ戻り、四畳半へ入って行った。

 充電ステーションの前に来ると、ちょうど充電端子を隠すようにカップ麺が落ちている。

 この状況は、先日、マメロボを見つけたときと同じだ。

 マメロボは何度か端子に触れようとするが、カップ麺は動かない。

 再びモーター音を発しながら寝室へ戻るが、母は気付かずに眠ったままだ。

 一旦、画面が暗転し、次の映像が映ると同時に、

「うーん、うーん」

 と母の唸る声が聞こえて来た。

「母さん……」

 母は、そのまま這うようにして台所へ行き、流し台のところで立ち上がろうとするが、そのままズルズルと床に落ち、体を丸くして横たわった。

「ワン、ワン、ワン!」

 マメロボは警戒音を発しながら、その場をグルグルと回っていたが、母が動かなくなると四畳半に向かった。

 充電を邪魔しているカップ麺に衝突を繰り返したが、1分程すると画面は再び暗転した。

 次の映像は、モーター音とともに台所から居間へ行き、寝転がっている私の姿が映し出された。

 それは、四畳半でマメロボを発見した後の映像だった。

 私は、横にいたマメロボを抱え上げて抱き締めた。

「お前がお袋を看取ってくれたんだな」

「クーン、クーン」

 腕の中で、マメロボは声を出しながら微かに震えた。

 いつまで経っても涙は止まらなかった。

 

 翌朝、朝食を食べていると、画面の中で踊っていたマメがこちらを見た。

「タケル、もう大丈夫ですか?」

「ああ、うん、もう良いよ。もう、母さんの映像は消してくれ」

「えっ、消すんですか?」

「そうだ。あんなの、もう見れないよ。というより、脳に染み付いちゃったから……」

「はあ、全部消去して良いんですか?」

「ああ」

「じゃあ、本当に消しますよ」

「あっ!」

「何です?」

「あの、できたらで良いんだけど」

「何ですか?」

「いや、やっぱり良いや。全部、消してくれ」

「それって、何か言いたいことがあるときの話し方ですね。タケルの話し方にはもう慣れました」

「えっ? ああ、いや……」

「言ってください。何ですか?」

「ああ、じゃあ言うけど。あれだよ、将棋……」

「将棋?」

「ああ、母さんが1人でやってただろ。将棋を……」

「はい」

「1回だけ、できないかな?」

「将棋がしたいってことですか? そんなことならいつだってお相手しますけど」

「いや、お前とじゃなくて……」

「ああ、AIと勝負ということですか?」

「じゃなくてさ、その……、お袋と……」

「えっ? えー!」

「そんなにびっくりするか?」

「いや、だって、消してくれって言ったのに。それに、変な動画も作るなって……」

「だからさ、気が変わったんだよ。可哀そうじゃないか、ずっと1人で将棋をやってたなんて」

「へえ、優しいんですね」

「いや、1回だけだよ。1回だけ……」

「うーん、じゃあ良いですよ。お母さんと将棋で勝負ですね。ただ……」

「ただ?」

「いえ、そうすることでタケルには、お母さんと将棋をやったという思い出が残ります。それはあなたにとってとても大切なものです。だから、是非やるべきだと思います」

「おいおい、何かいつもと違うな。これまでも簡単に作ってたじゃないか。ときには、頼みもしないのに作ってたりして……」

「大丈夫です。やりましょう」

「ああ、頼むよ。1、2番やったら、それで消すからさ」

「分かりました。それでは、しばしお待ちを……」 

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