第14話:独立宣言!辺境領は「黄金の特区」へ

窓から差し込む朝日は、かつての荒れ地を黄金色に染めていた。


エリエット・アルスターは、ゼフィルス領主館の執務室で、こめかみを押さえていた。鼻腔をくすぐるのは、上質な羊皮紙の匂いと、淹れたてのハーブティーの湯気。しかし、彼女の目の前にある光景は、その優雅な香りとは正反対の「カオス」だった。


「……ない。ないわ。昨日書いた、あの『大事なメモ』がどこにもないの……!」


机の上には、書きかけの書類、領民から届いた感謝の手紙、鑑定途中の魔石、そしてなぜか食べかけのクッキーの袋が地層のように積み重なっている。 エリエットは異空間倉庫という「無限の収納」を持ちながら、その手前の「机の上」という数センチの空間を整理することが、どうしてもできなかった。


そこへ、控えめなノックの音が響く。


「失礼いたします、エリエット様。隣国の賢者、サリュート閣下がお見えです」


従者のテオが、困ったような、それでいて慈しむような笑みを浮かべて入ってきた。彼は主人の足元に散らばったインクの染みをついた紙を、さりげなく拾い上げる。


「ああっ、テオ! ちょうどいいところに。昨日、裏紙に書いた『ゼフィルスの今後の予定』を知らない? 緑色のインクで、こう、ぐちゃぐちゃっと書いたやつなんだけど」


「ああ、それでしたら……サリュート閣下がすでに手に取っておられますよ。閣下はそれを見て、先ほどから震えていらっしゃいますが」


「え?」


エリエットが顔を上げると、部屋の隅で、白髭を蓄えた老賢者サリュートが、一枚の紙を両手で捧げ持つようにして凝視していた。その瞳には、畏怖に近い光が宿っている。


「……素晴らしい。これほどまでの、これほどまでの先見の明があるとは……!」


サリュートは震える声で呟いた。エリエットは冷や汗を流す。 (やばい。あれ、ただの『欲しいものリスト』とか『やりたくないことリスト』も混ざってた気がする……!)


「あ、あの、閣下。それはその、ただの書き散らしでして……」


「書き散らし!? おっしゃいますな、エリエット様!」


サリュートは勢いよく詰め寄った。紙面を指差す彼の指先が、興奮で赤らんでいる。


「見てください、この中央に殴り書きされた『関税・0(ゼロ)』という血の滲むような決断を! 周辺諸国が利権に縋り付く中、あなた様は、この辺境をあえて『空っぽの器』にすることで、世界中の富を吸い上げる巨大な渦を作ろうとしている!」


(……いえ、それはただ『計算が面倒だから、いっそ全部なしでいいじゃない』って投げやりになった時のメモです)


「さらに、この隅にある意味深な図形! これは周辺国の人口動態と、魔石の流通経路の交差を予言しているのでしょう? この複雑な矢印の絡み合い……私のような凡百の賢者では、解析に十年はかかる深淵な経済モデルだ!」


(……それは、ただの食べこぼしのシミを隠そうとして、ペンを走らせただけの落書きです)


サリュートの言葉に、エリエットは反論する言葉を失った。 しかし、彼女の「注意力の散漫さ」は、時に常人が到達できない「多角的な視点」を強制的に作り出す。彼女が散らかした思考の断片は、図らずも、既成概念に縛られた賢者には見えない「正解」を射抜いていた。


エリエットは深呼吸をした。 窓の外からは、建設中の市場から響く槌の音、そして商人たちの活気ある怒号が聞こえてくる。潮風が、自由の香りを運んでくる。


「……サリュート閣下。そう、その通りですわ」


彼女は、自分の中に眠る「現代知識」を総動員し、背筋を伸ばした。 整理整頓ができないのなら、最初から整理する必要のない「自由な場所」を作ればいい。それが彼女の導き出した、特性への回答だった。


「このゼフィルスは、王家や古い公爵家がしがみつく『過去のルール』を捨て去ります。ここは、誰の手にも縛られない、黄金の特区。独立経済領としての道を歩むのです」


「……おお!」


サリュートが感極まったように膝をつく。テオはそっと、主人の後ろで満足げに頷いた。


「これより、ゼフィルスは世界中から商人を呼び寄せます。関税はありません。その代わり、ここで商いをする者は、富の一部をこの領地の発展に還元していただく。鑑定能力を持つ私を騙すことは、誰にもできませんわ」


エリエットの言葉には、確かな力が宿っていた。 かつて「家の恥」と蔑まれ、注意力のなさを罵倒された少女は、今、その「多焦点な思考」を武器に、世界を相手にする準備を整えたのだ。


「テオ、すぐに宣言書を用意して。それから……」


「わかっております。エリエット様。予備のペンと、落書き用の紙も多めに持っていきますね」


テオの言葉に、エリエットは頬を赤らめながらも、凛とした笑顔を浮かべた。 足元にはまだ、丸められた書き損じの紙が転がっている。だが、その一枚一枚が、これから生まれる新しい国の礎になることを、彼女だけが知っていた。


自由を求める商人たちの船が、水平線の向こうから次々と現れる。 エリエット・アルスターの、真の逆襲劇は、この騒がしくも眩しい「混乱」の中から幕を開けた。


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