第二章:異質な気配

メニィとの旅に、明確な目的地があるのか、レークスには分からなかった。

それでも、迷いなく進む背中を前にすると、他に選択肢はなかった。ただ、音もなく、その後を追う。


町を出れば、世界はさらに荒れていた。

痩せた畑には錆びた農具が転がり、森は折れた枝と腐り落ちた葉で埋まっている。

鉛色の空には太陽の気配すらなかった。降る雨すら、命を潤すにはあまりに乏しかった。


歩みの途中、メニィが不意に立ち止まる。


「そういや、アンタ名前は?」

それはただ尋ねるだけでなく、レークスが名前を覚えているかを試すようでもあった。


「…レークス。」

「ふーん、そう、レークスね。」


それきり会話は途切れた。二人の間には、長い沈黙が流れ、ただ足音だけが荒廃した大地に響いた。


道中、他の亡霊たちとすれ違うこともあった。彼らは廃墟となった家の窓辺に立ち尽くしていたり、道端で座り込んでいたりした。彼らもまた、レークスと同じように、なぜここにいるのか分からないまま囚われているようだった。メニィは亡霊を見かける度、どこからか大鎌を取り出して、彼らを無慈悲に回収していく。レークスは、彼らを見ても、同類であるという以上の、深い感情は湧かなかった。


数日が経った頃、二人は小さな集落の跡にたどり着いた。木造の家々が寄り集まるように建っていたようだが、ほとんどが崩壊しているか、辛うじて形を保っているだけだった。ここもまた、潮の匂いとは違う、土と埃、そして静寂の匂いがした。


集落の跡に入ると、他の場所よりも多くの亡霊たちがいた。彼らは集落の中心だったらしき広場や、崩れた教会の周りに集まっていた。彼らの顔は、過去の苦しみや絶望を凍らせたまま、空虚な眼差しを向けている。中には、レークスが悪霊だと感じた、冷たい澱みを纏った者もいた。


メニィは集落の中央で立ち止まった。そして、やはりまた、どこからか大鎌を取り出した。


「さて、と。」

メニィは退屈そうに呟く。

「ここも結構溜まってるねぇ。仕事仕事。」


そう言うと、メニィはその鎌を軽く振るった。すると、鎌の刃先から、燐光のような淡い光の波が放たれる。その光は集落にいた亡霊たちへと向かって広がっていく。それは今までよりも力強く、広範囲へと広がった。


光に触れた亡霊たちは、抵抗する素振りを見せることなく、吸い込まれるように光の中へと融けていった。彼らの形は崩れ、霞となり、そして光の中に消える。光は鎌の刃先へと収束し、メニィの鎌が微かに輝く。


「うん、悪くない質だね。ちゃんと回収できた。」

メニィは満足そうに頷く。


レークスは、その光景を呆然と眺めていた。

恐れも悲しみも沸かない。ただ、これが魂の行く末だと静かに理解していく。


メニィが仕事を終え、鎌を手放す。すると、その鎌はどこかへと消えた。この旅の中、何度か繰り返された流れをずっと傍観していたレークスに、メニィは視線を向けた。


「アンタ、本当にぼうっとしてるだけだね。回収されたいとか、思わないの?」

メニィは、無遠慮に問いかける。


「私は…。」

レークスは言葉を探す。

そして、やっと形になった思いを、口に出した。


「私は…転生…したい…。」


吐き出すような声に、メニィはほんの一瞬だけ目を丸くする。


「へぇ? 転生? 亡霊にしては欲深いねぇ、アンタ。」

唇に笑みを浮かべながらも、その瞳はどこか冷えている。


「転生なんて、できるかどうか分からないよ。この世界、もう終わりかけだし。」


レークスには、なぜ転生したいのか、明確な理由は説明できない。ただ、この終わりのない、曖昧な状態から抜け出し、形を持って存在したい。かつてそうだったように。家族がいた、温かい世界で。


「私は…また…生きたい…。」

レークスは、自身の内に灯る微かな願いを、訥々と述べる。


メニィはレークスの言葉を聞き、ふむ、と顎に手を当てる。


「生きたい、か。そっか。まあ、アタイの仕事は魂をサイクルに戻すことだから、転生ってのは、その目的の一つではあるね。」

メニィは死神としての職務について語る。


「でも、今はサイクルが壊れてるからさ。簡単に転生なんてできないよ。魂がみんな詰まっちゃって。」


メニィの言葉は、レークスの願いが容易ではないことを示していた。サイクルが壊れている。魂が詰まっている。だから、こんなにも多くの亡霊が現世に囚われているのだ。


「じゃあ…どうすれば…。」

レークスは問いかける。転生への道が閉ざされているのなら、自分はどうすればいいのだろう。永遠に、この亡霊のまま彷徨い続けるしかないのだろうか。


メニィは、レークスの問いに即答しない。彼女は再び遠く、荒廃した風景の彼方を見つめる。


「どうすれば、ねぇ…」

メニィは呟く。考えるような素振りをしながらも、その先の答えはなかった。



旅は続いた。レークスはメニィの後をついていきながら、道中で出会う魂を“片付け”ていく様子を呆然と眺めた。メニィは常に何かを探しているようだった。その探しているものが何なのか、レークスには分からなかったが、それがこの世界のどうしようもない状況と関係していることだけは理解できた。


やがて、二人は新たな町の跡にたどり着いた。ここもまた、死に彩られた場所だったが、レークスの故郷とも、道中で見た他の集落とも、どこか異なっていた。空気そのものが重く澱んでおり、地面に亀裂が走り、煤けたような跡が随所に見られる。それは、単なる時間の経過や衰退ではなく、何らかの巨大な力が、この場所を根こそぎ破壊した痕跡のように見えた。そして、この場所には、他の廃村とは異なり、魂の気配が一切なかった。


メニィが立ち止まる。その目が、町の中心と思しき場所の一点を見つめていた。彼女の顔に、退屈そうな表情ではなく、強い関心の光が宿る。探していたものを見つけた、という顔だった。


「…ビンゴ。」

メニィが小さく呟く。


レークスもメニィの視線の先を見る。


町の広場だったらしき場所の中央に、ひとつの人影があった。

その人影は動かず、まるで広場の一部であるかのように静止していた。

霞んでもいない、消えかけてもいない。

確かな存在感を持った人物だった。


レークスは息を呑み、メニィは面白そうに口角を上げる。

そこに立つ人物は、明らかに“異質”だった。

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