奉公 〜クーデターで王宮を追われた王女は、夢の街歩きに繰り出します!目指せ友達ゲットだぜ!!〜

九々

第1話 反乱


 

 ❤︎

 


 外界から遮断された半島に、王宮と、たった一つの街しかない都市国家があった。


 そこでクーデターが起こり、国王が襲われた。国王の唯一の王女は、王宮から連れ出され逃げ延びた。

 

 その王女が、目を輝かせて言う。


「クーデターが起こったということは、私はもう王女ではなく一般市民になるのよね! 一般市民なら自由に市街を探索できるじゃない!」


 食べ歩きするの夢だったの! と王女、アリスは市街へ思いを馳せる。

 彼女を王宮から連れ出した図書館の館長、レグルスは頭を抱えて呆れた。


「……切り替え早すぎないか?」


 つい先日起こった悲劇を思い出し、レグルスはため息をつく。


 それは三日前の夜の出来事だった。


 

 ♠︎



「王は死んだ。これよりこの国は我々、軍部が支配する」


 壮年の男が物々しく言い放ち、眼前の兵たちへ命じる。


「王女が一人、王宮内に居るはずだ。探せ! 決して奴らに先取られるな」


 抜き身の剣を手にした兵士たちが、宮殿内を駆け回っている。


 その様子を、尖塔の物陰に隠れたレグルスが観察していた。腕に王女、アリスを抱えて、階下の兵たちがこちらに気づいていないことを確認する。

 

 夜闇の中で顔色はわからないが、アリスは落ち着いた様子でレグルスの腕に抱かれていた。寝巻きに一枚カーディガンを羽織っただけの姿で、深夜の宮殿内の騒ぎを見つめる。

 

 夜、深い眠りの中にいたアリスは、急に侍女のポルックスに起こされた。

 王宮でクーデターが起こり、父王が暗殺された、とポルックスは告げた。


 淡々と告げる彼女に、アリスは何も応えず、数回瞬きして無言で頷いた。


 急いで最低限の荷物をまとめ、寝巻きのまま部屋を出る。部屋の外には、レグルスが控えていた。

 国王に頼まれ、王女を逃がしに来たという彼に連れられ、その場から逃げる。幸い、アリスの私室はクーデター現場となった政務棟からは一番遠いエリアにある。ここまではまだ制圧されていなかった。


「けれど、敷地の出入り口は全て押さえられているでしょう。どうやって脱出しますの?」


 廊下を移動しながら、ポルックスがレグルスに尋ねた。


「当然、門は使えないだろうな」


 レグルスがそれに頷く。まだ十歳のアリスは足が追いつかないため、レグルスが彼女を抱えて走る。

 

「王宮と図書館を直接繋ぐ転移装置を使う。

 これは図書館長の俺か、国王の許可がないと使えない。だから国王は、万が一何か起こった際は、俺が王女を保護するようにと指示していた」


 そう言って、彼は王宮の中心に聳える尖塔へと向かった。通常、宮殿から出るのであれば、わざわざ退路を塞がれるような塔へはいかないだろう。その付近は兵の捜索も手薄になるはずだ。


 レグルスの読みは当たっていたようで、彼らは誰とも会わずに尖塔の下まで移動した。


 兵が手薄であっても油断はできない。レグルスたちは、周囲を確認しながら慎重に進む。


「レグルス殿、この先は螺旋階段まで兵は居ません」

 

 先に脱走経路の偵察に行かせていたカストルが戻ってきた。ポルックスの双子の兄、カストルはこの先が安全であることをレグルスに告げて、主人であるアリスの様子を伺う。


「ありがとう、カストル。あなたも無事でよかったわ」


 アリスは毅然とした声でカストルを労う。その声に、カストルも安心したように息を吐いた。


「それも時間の問題だろう。追っ手が来ないうちに、急ぐぞ」


 四人は物陰に隠れながらも駆け足で尖塔に入った。


 入ってすぐの広間から続いている、大階段を駆け上る。階段は四階までは他の棟と連結しているため、豪華な装飾と歩きやすい作りになっている。それより上の階になると、見張り用の簡素な作りになる。

 だが、そこまで行けば、後は最上階まで一方通行だ。挟み討ちなどの心配もなくなる。


 静かに、それでいて出来るだけ早く、四人は階段を登る。大階段で登れる一番上まで登りきり、さらに上階へ続く見張り用の階段室への扉に手をかけた時、渡り廊下の先に数人の兵士の影が現れた。


「止まれ。お前たち、何者だ」


 大声をあげながら、兵がこちらに走ってくる。その声を聞いて、さらに近くにいた兵たちが集まってくる。

 レグルスは、カストルとポルックスを先に階段室に入れ、アリスを降ろした。


「最上階に転移装置がある。先に登れ。俺は扉を封鎖して、すぐに追いかける」


 三人が階段を駆け上がる。背後でレグルスも急いで扉を閉めた。


 レグルスは胸元に付いていた装飾用の布ベルトを引きちぎり、手でまっすぐに張る。そして内ポケットから藍色の、小さなガラス玉のようなものを取り出した。

 それを先ほどの布ベルトに翳すと、ガラス玉が数回、瞬いた。一瞬で、柔らかい布が薄い板のように硬化した。


 その布板を扉の枠に斜めに差し入れ、足で強く踏み込む。即席の突っ張り棒だ。

 すぐに突破されるだろうが、時間稼ぎになれば良い。


 レグルスは内開きの扉が、固定された布板で邪魔され開かないことを確認する。そして急いで階段を登り、アリスたちの後を追った。


 アリスよりは年上であるが、カストルとポルックスもまだ十三歳と幼く、体も小さい。長身のレグルスはすぐに彼らに追いついた。


 再びレグルスがアリスを抱え、一行は最上階へと急ぐ。途中の窓から見える景色はどんどん高くなり、少しずつ明るくなっている。夜明けが近いのだろう。

 

 螺旋階段の終わりには、少し広くなった通路に古い木の扉があった。扉には一つだけ錠前がかけられている。


「本当に、ここから図書館へ移動できますの?」


 ポルックスが不安気にレグルスに尋ねる。

 ここは塔の最上階だ。もし兵たちに囲まれたら、どこにも逃げ場がない。レグルスの言葉がどこまで信用できるか分かりかねているのだろう。


 レグルスがそれに答えようとした時、螺旋階段の下から複数の声が聞こえてきた。追手の兵たちが扉を突破して登ってきているのだ。


「馬鹿め、自分から行き止まりに逃げるとは」

「もう逃げ場はないぞ。悪いようにはしない、大人しく我々の元に来い」


 兵たちがアリスを捕まえようと迫ってきている。

 レグルスは慌ててアリスを床に降ろすと、懐から古びた鍵を取り出して、錠前に差し込んだ。滑らかに錠が外れる。扉を開けて、三人を急いで中に入れた。

 部屋に入ると扉を閉めて、内側から先ほどの錠前をかけた。


 部屋の中は正面に大きな窓があり、壁に沿って小さな袖机が置かれている。机の上には何枚かのメモ書きが乱雑に散らばり、壁にはいくつかの小物や手紙が貼られている。


 家具類はその机以外何も置かれていない、ほとんど空室のような室内だったが、何より異彩を放っているのは床だった。


 幾何学的な複雑な模様が何層にも重なった、円形の大きな陣が床一面に刻まれていた。――これが、転移装置だろう。


 陣は半透明に透けていて、窓から入る薄い朝日を反射させている。塗料ではなく、床に埋め込まれたガラスのようなものだとわかる。

 

 レグルスは三人を陣の真ん中に立たせると、懐から先ほどの、藍色のガラス玉を取り出した。

 陣を描くガラスの線をなぞると中心に一箇所、小さく窪みになっている場所がある。球状にへこみ、小さな玉がすっぽりはまりそうな窪みだ。レグルスはそこに自分のガラス玉を嵌める。すると、陣全体がぼんやりと光りだした。


 光は三人の足元に集まってくる。寄せては返す波のように三人の周りを回り、やがて陣に描かれた様々な紋様や線を作った。無数の光の幾何学模様が、少しずつアリスたちの体を登ってくる。


「うわっ、なんだコレ」

 

 カストルが驚いて足を離そうとすると、レグルスから鋭い声が飛んできた。


「動くな。今、装置がお前たちの身体データを読み込んでいる。読み込みが終わり次第、すぐに図書館へ移動する」


 階下から迫る兵士たちの足音を聞きながら、レグルスが首だけ振り向いて三人に言う。

 階段室の扉と同じように、腕の装飾ベルトを外し内ポケットを探る。しかし、ガラス玉は今アリスたちの足元にあることに気がつき、レグルスが小さく舌打ちをする。


 装置の光はじわじわとアリスたちの足を上り、膝まで届きそうだ。


 部屋の向こうから兵士たちの足音が聞こえてくる。もう、すぐ下の階まで来ているのだろう。


「レグルス、あなたはデータ? の読み込みをしなくて良いの?」


 アリスが尋ねる。


「ああ、俺はいつでも使えるように事前に保存してある。というか、執務から逃げ出す時の逃げ道として、しょっちゅう使っていたからな」


 王も俺も、とレグルスは悪びれなく答える。時々、国王が側近たちを撒いていなくなっていたのはこんなカラクリだったのか。

 アリスたちに白い目を向けられても、レグルスは気にせずどうにか扉を塞げないかと部屋を見渡す。あいにく袖机以外には何も無い部屋だ。レグルスは体で扉を押さえつける。


 光の紋様は三人の腰を超えて、さらに登っていく。


「この部屋の中か!」


 扉の向こうから兵士の声が聞こえた。とうとう、この部屋まで追いつかれたようだ。兵たちは扉を開こうとするが錠前で閉じられて開かない。

 何人かが扉に体当たりをして、力尽くで開けようとする。レグルスは内側から押し返し、扉が外されないように防ぐ。


 光がアリスたちの首元に届こうとしている。


「タイミングを合わせろ。一斉に押すぞ」


 兵士たちが複数人で扉に体をぶつける。レグルスが足を踏ん張って押さえつける。何度目かの体当たりで、古びていた蝶番の方が吹っ飛んだ。

 レグルスが戸板を押さえるも、数人がかりで押し込められついに兵たちが部屋に侵入してくる。


 アリスたちの体が、全て装置の光に包まれた。


 さらに正面の窓から朝日が差し込んでくる。日が登ったのだ。


 一瞬、強い逆光に兵士たちは顔を覆う。その隙に、レグルスは戸板を思い切り兵士に向かって蹴りつけた。

 兵たちが一歩下がった隙に、レグルスは部屋の中心に向かって走る。

 床の装置を踏んだ瞬間、レグルスの体も装置の光に包まれた。中心に埋め込まれた藍色のガラス玉を触り、三人の体を抱き寄せてレグルスが声を上げる。


「掴まってろ、移動するぞ!」


 その瞬間、床の陣が一際強く発光した。部屋中が光に覆われ、四人の体はキラキラと光の粒のようにほどけていく。アリスたちは、体が浮くような感覚に襲われた。


 目を開けていられなくないほどの光に、全員きつく目を瞑る。視界が白く染まった。

 

 陣の光が収まり、兵士たちが目を開けた。部屋には兵士以外誰もおらず、伽藍堂の部屋を朝日だけが照らしていた。


「ちっ、知識階級の味方がいやがったか。――これだから『魔術』ってやつは腹が立つ」


 兵士たちは悪態をつきながら部屋中を見渡す。


「まだ王宮内にいるかもしれない、探せ!」



 ♦︎



 アリスたちが目を開けると、見たことのない部屋にいた。

 

 狭い、窓も照明もない暗い部屋に天井だけはやたら高く、遥か上の方にうっすらとあかりが見える。まるで煙突の中に居るような部屋だった。


 レグルスは床からガラス玉を拾い上げ懐にしまうと、手を伸ばして壁を探った。すぐに目当てのものを見つけ、何かのスイッチを下ろした。


 そのまま壁を押しながら横にスライドさせていくと、隠し扉が開く。壁の向こうから照明の光が入って来て、アリルたちは眩しさに目を細めた。

 

 そこは背の高い本棚に囲まれた、広い広い書庫だった。


 壁にも部屋の中央にも本棚が並べられ、迷路のようになっている。

 その一角には大きな本棚が四角く並べられ、柱のように天井まで聳え立っていた。それらの本棚の背で囲まれた空間が、小部屋を作っている。アリスたちが今いる小部屋だ。


 室内照明で照らされた足元を見ると、塔の最上階にあった陣と同じようなものがここにも描かれていた。

 三人は小部屋を出て、それぞれ書庫を見渡す。


「ここは、図書館ね」


「あぁ、見ての通り。管理人以外立ち入り禁止の書物庫だ。図書館と王宮は大きく離れている。ここまでは軍部も捜索には来ないだろう」


 レグルスが安心させようとアリスにそう言うと、ようやく実感が追いついて来たらしい。アリスはカーディガンで顔を覆って、消えそうな声で呟いた。


「……お父様……」


 レグルスとカストルが顔を見合わせる。そんな男性陣の前を横切って、ポルックスがアリスの肩を抱く。


「姫様、今日は一度休みましょう。色んなことがあり過ぎましたもの」


 アリスはポルックスの胸に顔を埋めて、小さく頷いた。

 男性陣は何も言えず、所在なさげにその様子を見守っている。特にレグルスが一番、居心地悪そうだ。


 しばらくしてアリスが落ち着く。今後は図書館でアリスを匿う、とレグルスが三人に告げた。


「王宮ほどではないが、図書館も国有数の大規模施設だ。居住棟なら、暮らすにも十分な設備は整ってる……俺はあまり使っていないが……まあ、好きに使ってくれ」


 レグルスの案内で書物庫を出て居住棟へ移動する。

 本人が言う通り、ほとんど使われていない建物はあちこちに埃が積もっていた。


 ポルックスが急いで一室だけ埃を払い、その間にカストルが新しいベッドシーツを用意する。レグルスにリネン類の場所を聞いても首を捻るばかりだったので、普段彼が寝起きしている当直部屋に押し入り、彼の予備のシーツを一式ぶん取った。


 二人が最低限ベッドを整えると、アリスは逃げて来た寝巻きのままベッドに寝かされる。


「ゆっくりお休みなさいませ、姫様。ご安心ください、わたくしたちがずっとお側におりますわ」


 アリスはポルックスの手を握り、ちらっと部屋の入り口にいたレグルスに視線を向けた。


「……図書館は独立組織だ。軍部であっても、独断で押し入ったりは出来ない。俺も、それなりに立場もあるし……あいつらの好き勝手にはさせないさ。

 ……何か用があったら、言いに来い」


 気まずそうにそれだけ言うと、レグルスは部屋を出て行った。

 後に残ったカストルとポルックスがベッド横に立ち、アリスの顔を覗く。


「二人とも、私について来てくれてありがとう。私、あなたたちが居てくれて良かったわ」


 アリスは薄く微笑んで眠りについた。従者二人はそれを見て、安心したように頷きあう。


 そして小さな主人の側を、離れることなく見守った。


 

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