第8話「カメラは、すでに回っている」
凌空は、Dエリアの藍色の座席に腰を下ろしていた。
しかしその落ち着いた表情と裏腹に、凌空の胸中は決して穏やかではなかった。
星光殿に足を踏み入れて間もなく、
冷たく機械的な声が彼の脳裏に響いた。
【――読者プラットフォーム《インフィニット・シャイン》より、強い注目と議論を検知。】
【人気値+100
+200
+500
+1000】
【人気値、累計1000突破。】
【寿命1日と交換しますか?】
凌空は息を呑んだ。
一次選考終了から、シャワー、治療、着替え、入場まで――
三十分も経っていない。
それでこの増幅。
(時間の流れが違う、か
比率はまだ測る必要があるな)
「交換」
【人気値1000消費】
【残り寿命:4日】
【人気ランク Lv2(0/10000)】
【自由ステータスポイント:1獲得】
温かな感覚が全身を巡る。
鎖が、ほんのわずか緩んだような感覚。
増えた寿命はたった一日。
だが、暗闇の中に落ちた一本の光だった。
より多くの寿命を得るには、より大きく、より話題性のある“見せ場”が必要といったところだろうか。
――映画と同じだ。
ドラマ性、落差、意外性。
それが観客の想像と期待を煽る。
凌空は、段状に並ぶ席を見上げる。
とりわけ最上段にあるAとでかでかと書かれたエリアにある九席。
高い場所ほど、初期注目度は高い。
そして注目こそが、人気値の温床だ。
やがて人々が動き始める。
Bエリアへ向かう者、迷う者。
誰一人、最上段へは近づかない。
凌空は、最後に立ち上がった。
――一歩。
――また一歩。
そして、迷いなく腰を下ろす。
最上段の中央席。
視界は良好。
全員の表情がよく見える。
凌空が中央最上段の席に腰を下ろした瞬間、スターライトホールに、わずかなざわめきが走った。
それは声にならない波紋だった。
誰かが息を呑み、誰かが視線を逸らし、
そして誰かが――はっきりと、彼を見据えた。
A区。
琥珀に縁取られた九つの席。
“最初からここを選ぶ”という行為そのものが、
一つの宣言だった。
――俺は、見られる側に立つ。
凌空は、背もたれに深く身を預けることなく、
あくまで自然体で座っていた。
肘は力まず、指先を肘掛けの上に軽く置く。
胸を張らず、だが背筋は崩さない。
カメラに対して「構えない」。
それが、彼のやり方だった。
【人气値+50】
視界の端に、半透明の数値が静かに浮かぶ。
……やはり、座るだけでも増幅はするようだな。
凌空は表情を変えず、内心で淡々と情報を整理した。
A区に座った瞬間、人气値の増加速度が微妙に変わった。
急激ではないが、確実に“視線の密度”が上がっている。
セイラの言葉は正しかった。
ここは舞台装置の最上段。
座った時点で、すでに演出が始まっている。
――なら、問題は一つ。
「いつ、動くか」
早すぎれば、空回る。
遅すぎれば、背景に溶ける。
映画でも同じだ。
観客の集中が“飽和する直前”に、ワンカットで空気を変える。
凌空は、あえて視線を下に落とした。
B区、C区、D区。
迷いながら席を選ぶ者。
周囲を気にして動けない者。
己の評価を過信し、仲間と談笑する者。
――全員、今は“安全圏”にいるつもりだ。
だからこそ。
最初にA区へ踏み込んだ存在は、
嫌でも“異物”として認識される。
それでいい。
嫌悪でも、警戒でも、好奇でも。
無関心以外なら、すべて正解だ。
【人气値+100】
ふ、と胸の奥で小さく笑う。
……カメラは、正直だな。
そのとき。
スターライトホール全体が、ふっと暗転した。
次の瞬間、天井から無数の光が降り注ぎ、
巨大なホログラムが再び起動する。
《IDOL or DIE》
文字が浮かび上がった直後、
低く、よく通る声が空間を支配した。
「――静かに」
ざわめきが、一瞬で消える。
スクリーンの前に立っていたのは、黒のロングコートを纏った男――
Ringだった。
彼はゆっくりと視線を巡らせ、最後に、A区の中央にいる凌空を一瞥する。
ほんの一瞬。
だが、確かに目が合った。
……観測されたな。
Ringは口角をわずかに上げる。
「予選通過者、全員に告げる
ここから先は――
才能ではなく、演出の世界だ」
空気が張りつめる。
「君たちは、もう“参加者”じゃない。
素材だ」
容赦のない言葉。
だが、凌空の内心は静かだった。
……やっぱりだ。
この番組は、
アイドル育成番組の皮を被った“編集戦争”。
誰が残るかじゃない。
誰が“使われ続けるか”。
Ringの声が続く。
「次の課題まで、与えられる時間は短い。
その間、君たちは――
常に見られている」
その言葉に、
B区の誰かが息を詰まらせた。
凌空は、ただ静かに目を閉じる。
――知ってる。
むしろ、
それを待っていた。
【人气值+200】
数値が、確かに跳ねた。
目を開く。
視線の先、
ホログラムに映し出された次の文字を見て、
凌空は、ほんのわずかだけ――
笑った。
《NEXT STAGE:
ユニット編成》
……丁度いい。
集団戦なら、なおさら“構図”が作りやすい。
心拍は上がらない。
呼吸も乱れない。
ただ一つ、確信があった。
――ここからが、本番だ。
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