第6話 どうぞ、お選びください
冷たい水流が、凌空の思考をさらに研ぎ澄ませていく。
外見――それが彼の今持っているもっとも分かりやすい、そして強力な武器だ。
カメラの時代において、一瞬で視線を奪う顔は、それだけで莫大な初期資本になる。
使わない理由はない。
そして自分だけにある「
それはこの世界の観客だけでなく、漫画の読者の反応とも直結している。
つまり彼は、舞台の内側の観客と、外側の読者――
その両方を同時に楽しませる必要があるということだ。
読者にとって「面白い」「鮮烈だ」「記憶に残る」と思わせる、
そんな“見せ場”を意図的に作り出さなければならない。
さらに、情報のアドバンテージ。
凌空は原作のメインストーリーの流れも、重要人物も知っている。
この番組で過去に登場したダンジョンや、使用された楽曲・ダンスも、すべて記憶済みだ。
そして何より――
彼は「監督」だった。
一般の練習生とは比べものにならない俯瞰視点、場面を組み立てる構成力、カメラと観客心理を読む鋭さ。
そして最も重要なのは、極限状況でも冷静さを保ち、当事者でありながら“演出する側”に回れる能力。
だが、弱点もはっきりしている。
基礎ステータスは低く、後ろ盾もない。
番組からのカメラは、自分で奪い取るしかない。
そして何より致命的なのが――
頭上にぶら下がる「三日間のカウントダウン」。
だからこそ、王道のルートを選ぶという選択肢はない。
凌空は目を開き、短く言った。
「……オフ」
次の瞬間、水流は止まった。
シャワールームを出ると、すぐ横で待機していた医療カプセルが、柔らかな青い光を放つ。
中へ入ると、温和なエネルギーの光束が全身をなぞり、
細かな擦り傷はみるみるうちに治癒し、かさぶたとなり、やがて薄い桃色の痕へと変わっていった。
冷たさを伴う感触と同時に、精神までもがすっと冴えていく。
――
これを無償で使わせられるのは、さすが番組運営といったところだ。
「お着替えをお願いします」
案内係の声とともに、カプセルが開く。
脇には、きれいに畳まれた衣装が用意されていた。
それは番組側が用意した、練習生共通の礼装。
黒を基調に、布地には控えめな暗紋が走り、手触りはしなやかで滑らかだ。
凌空が袖を通すと、金の帯が引き締まった腰のラインを際立たせる。
濡れた黒髪を無造作に後ろへ流すと、
広く整った額と、はっきりした眉目が露わになる。
先ほどまで前髪に隠れていた“鋭さ”は鳴りを潜め、
代わりに沈着で内に秘めた気配が漂っていた。
「
案内に従い、治療区画を抜け、いくつかの回廊を進む。
やがて、精巧な文様が刻まれた巨大な両開きの扉の前で足が止まった。
扉は音もなく左右へと開き、
軸の部分に淡い光が流れる。
そこに広がっていたのは、
スターライトホールの意匠を引き継ぎながら、さらに荘厳さを増した巨大空間――群星殿。
深灰色の金属質な床。
正面には、数段高く設けられた階段状のプラットフォーム。
その上は五つのエリアに分かれており、
下から順に――E、D、C、B、A。
最下段の鉄灰色の座席は数が多く、簡素。
次の段は藍色、その上は孔雀色。
段が上がるにつれて席の数は減り、装飾はより華やかになっていく。
琥珀色の席はわずかで。
そして最上段――
背後に巨大な金屏風を背負う位置に、
白玉のような九席だけが、半円を描くように配置されていた。
高い背もたれの頂には、赤い宝石が妖しく輝いている。
すでに何人かの合格者が座っており、
大半は藍青か孔雀青、
琥珀の席にいるものは数名、
A区には、ただ一人。
同じ衣装に身を包みながらも、
疲労、高揚、警戒――
さまざまな感情が空気に溶け、無言の評価と競争が満ちていた。
凌空が足を踏み入れても、大きな波紋は起きない。
通過者たちは皆、それぞれに個性を備えている。
彼は視線を巡らせ、
最上段の九席に一瞬だけ目を留めると、
何事もなかったかのように視線を落とし、
端に近い藍色の席へ向かい、静かに腰を下ろした。
やがて人は増え、
最後の通過者が案内されると、殿内には百名以上の練習生が揃った。
その瞬間――
奥の巨大な金屏風が、眩く光を放つ。
無数の金色の粒子が集まり、
ひとりの女性の姿を形作る。
完璧な笑顔を浮かべ、
階段平台の正面に浮遊する彼女が、全員を見下ろした。
「改めて、おめでとうございます。
《IDOL or DIE》最初の試練を突破し、群星殿へ辿り着いた未来のアイドルたち」
澄んだ声が殿内に響く。
「ですが、忘れないでください。
これは、まだ始まりにすぎません」
彼女は段階状の座席を見渡し、微笑みを深める。
「E、D、C、B、A。
これらは初ステージ前の、皆さんの暫定的な立ち位置です」
「高い位置ほど、期待も、注目も、与えられる資源も大きくなる」
彼女はA区の玉座を指し示す。
「A区――王者の席。
選ばれし九名のみが座る場所です」
そして、声を高めた。
「さあ、自分自身を信じ、
自らの実力にふさわしい場所を選ぶのです」
「選択こそが、運命の第一歩」
「――どうぞ、お選びください」
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