第12話 覚悟を決めて出した答え

 覚悟を決めた沙也加が出した答えとは――。


「いや、私にはたぬきちがいるし!」


 取り敢えず、愛犬ならぬ――愛たぬきを全面的に押し出していく作戦だった。


 覚悟とは? 状態である。


 ちなみにだが、こういったやり取り(恋愛のあれそれこれ)は、いつものことなので、他の社員たちは全く気にしない。


(これでどうにか、乗り切れるはず! よく言うしね〜♪ ペットがいると、彼氏なんていらないって♪)


 などと、変なところに自信を持つ沙也加。


 対して、由紀は、その答えを待っていたと言わんばかりに、流れるように問いかけた。


「先輩……それはあんまり良くないと思いますよ? 先輩の年齢で、いーーーーちばん! 気にするかもしれない! いや、私でも気にするタイミングでの、【ペットがいればそれでいい宣言】……本当に危ういです! マジで婚期逃しますよ?」

 

 ズズィッと顔を近づけての、敢えて視線を逸らす。

 こっちはこっちで色々と厄介である。


 だが、沙也加はそれどころではなかった。


「け、結婚……?!」


 強強ワード【結婚】。

 愛し合う男女が添い遂げると周囲に誓うイベント、普段たぬきで頭をいっぱいにしている彼女であっても、それなりのダメージを食らっていた。


 けれど、


「いや、でも、今ってさ! 多様性じゃない? 色んな生き方があると思うんだ!」


 そう、今に至っては、それぞれの生き方があっていい。

 結婚だって、男女だけではない。

 法律を気にしないなら、AIとも結婚なんてある。

 そういう流れになっているのだ。


『全くオフィスで何を言い合っているポン! 働くポン!』そんなたぬきの声が飛んで来そうな状況だが、届くことはない。


「それでいいんですか?」

「別に……私はいいよ!」

「そうですか……では、もう一度よーく考えてみて下さい! まず、この人生で一度足りとも結婚を意識しませんでしたか?!」


 一体これはどういう攻防なのか? という状態ではあるが、【結婚】という強過ぎるワードをより一層強くする、強強サポートワードなのは違いない。

 

「ぐ――っ! 一度もはない!」


 可愛がる後輩、由紀の的を射た言葉に沙也加は、ぐうの音も出なかった。それはまるで苦虫を噛み潰したような表情だ。


 そして、そんな彼女が思い浮かべるは、幼い頃の自分の姿であった。


(でも、あの頃はまだ現実を知らなかったし、お父さんと結婚したいって言っちゃうよね? それか、好きな芸能人とか、漫画とか、アニメとかに影響受けたりさ)


 自分に言い聞かせるかのように、脳内ひとりごつを決める。

 どうにかして自分の考えを正しいと証明したい子供のように。


 正直、そこまで揺らぐことではない気はするが、そんなことはどうだっていいのだ。


「でも、ほら……その――」


 しかしながら、次の言葉が出てこない。

 幼い頃描いていた大人とは、全く違う自分。

 シゴデキママたぬき――たぬきちにご飯を作ってもらったり、掃除をしてもらったり、酔っ払った時などに関しては、お風呂まで入れてもらっている。


 まさに至れり尽くせり、たぬき付き生活である。


「ハッ!」


(これじゃどっちが、飼い主かわかんないよぉぉぉ〜!)


 飼い主以前の問題だと思われるが、ここで引っかかってしまっては、物語は一向に進まないのでスルーである。


 急に声出したり、会話を止めたりと、さすがの由紀もその様子に言い過ぎたと感じたようで、話題を変えるパスを出した。


「せ、先輩! 冗談ですって! いや、婚期に関しては結構本気ですけど……きっと女子力高い先輩なら、そこまで気にすることないですって!」

「女子力が高い? 私が?」

「はい……? だって、お弁当、毎日作ってますよね?」


 またもや自業自得案件である。

 作っているなんて嘘をつかなければ、こうなることはなかった。


 かといって、のちのちのリスクを考えたら、たぬきちのことは犬で突き通した方がいい。


 言葉にできない想いが沙也加の中で交錯する。


(どうしよう……)


 平静を装いながらも、内心困り果ててしまう沙也加。


 そもそも、沙也加は、壊滅的といっていいほど料理ができない。焼いたら炭になり、揚げても炭になる。

 かといって包丁を持たせても危ない。

 包丁で指を切らないようにする【猫の手】すら、できないのだ。


(あの時のたぬきち……すんごい顔したなぁ〜)


 一度だけ、自分から言い出した、世迷い言。

 可愛がっている後輩倉下由紀以外にも、注目を浴びた時に、その視線に耐えかねて、たぬきちに料理を師事してもらった。


 だが、結果は言うまでもない。

 全食材を灰にした。


(ほーんと♪ たぬきち様々だよね〜! にしても、なんで灰になったんだろう?) 


 たぬきちが家に来るまで、いや、実家を出てから一度たりとも、自炊をしておらず、今なお、食材が灰になった訳を理解していない。


 だからこそ、足の踏み場もないゴミ屋敷with死んだ水と未知の生命が生まれ始めていたシンクだったのだ。


(い、言えない……あんな家に住んでいたなんて)


 思わず、過去の家の状態を思い出して、寒気を催す沙也加。

 ここでも特大ブーメランをぶん投げるスタイルである。

 しかし、当然、本人は全く気付いていない。


「なんで黙るんですか……? 前言ってましたよね? 自分で作ってるって――」


(由紀ちゃん、本当は作ってない、作ってないんだよ〜! なんだったら、卵もちゃんと割ったことないよ〜! 家庭科とか、不得意中の不得意だったから、洗い物と準備に徹していたのに!)


 心の内で叫びながら、顔に引き攣らせながらも、会話の糸口を探して、


(そうだ! 話題を変えよう!)


 そう考えた沙也加は、口を開いた。

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