第6話 うちのたぬきは宇宙人? それとも妖怪? 

 沙也加とたぬきちが住まう都内のマンションから、私鉄を乗り継ぐこと二十分。


 さまざまな企業のビルが立ち並ぶオフィス街。


 その一角、三十階建てのビルに【住吉電器株式会社】という、従業員百人ほどの電子部品を取り扱っている会社のオフィスがあった。


 現在の時刻は、ちょうどあと五分で昼休憩に差し掛かる十一時五十五分。


(んー、やっぱりたぬきちって、たぬきじゃないよね? いや、外見はたぬきなんだけどさ……) 


 自分の席でノートパソコンの画面を睨めつけては、首を傾げるは江ノ上沙也加、二十八歳だ。


 そう、この会社こそが、シゴデキたぬきママとなった、たぬきちによって、人間活動を成立させているお疲れOLから、少し改善されたややお疲れOL沙也加が働く場所である。


 そんなややお疲れOLが見ている画面には、たぬきの生態や犬の生態などが表示されていた。


 緊張と緩和―ー自らが進行係となっていた生産会議を終えたからだろう。


 会議内容とプレッシャーにいっぱいいっぱいになっていた頭の中が軽くなったことで、彼女の本当に知りたかったことが、急浮上したのだ。


(いやでも、たぬきでないならなに?)


 元々、理解できないことのせいで眉間に寄っていたシワがより深くなり、同時に一度解放された知りたい欲は、その思考を加速させていく。


(さっき見たけど……どう考えても宇宙人ではないしな〜)


 初めは動物の生態が載ったサイトで再度たぬきの生態を復習、復習。

 それでも納得できなかったから、スピリチュアルな雰囲気が漂う未確認生物などの都市伝説系サイトへと飛んだ。


(あ、もしかして、たぬきだし妖怪……とか?)


 閃いたことを実行する為、検索サイトに「たぬき 妖怪」と打ち込んで、エンターキーをタン! と押した。


「うーーーーん……なんか違う」


 サイトにあった画像は、まさに妖怪、おどろおどろしい雰囲気纏ったしかめっ面のたぬきに妖狐や、鬼。


 そのどれもが、人間に対して何かしらの被害をもたらすという説明が記されている。


 けれど、


(変化しないし、人間を化かそうともしないし……ポンとかよくわかんない語尾付けてるし……家事完璧だし) 


「料理美味しいし……えへへ」


 心の内で呟いたり、職場だということを忘れて、デレてしまう沙也加の言う通り、たぬきちは全くの無害なのである。


 それどころか、


「私、たぬきちがいないと無理だし……」


 もはや、替えの利かない唯一無二の存在であった。


 当然であろう。

 連れ帰ったたぬきがいつの間にか、二足歩行で歩いては、そつなく家事全般をこなし、その上日本語まで習得しているのだから。


(って、私今ひとり言、言ってたよね……だ、誰にも気付かれてないかな……?) 


 まぁまぁなボリュームで口にした本音、それを聞かれていないか不安になり、キョロキョロ。


 なんともリスク管理が出来ていないお疲れOLである。


(よ、よかったぁ〜! みんなもうすぐお昼だから、気付いてないっぽい〜!)


 大多数の社員は、デスクを整えたり、鞄から弁当を取り出したりと自分のことに集中している。


 けれど、お忘れではないだろうか? ここは職場で、彼女は朝行われた会議の主要メンバーなのだ。


 その上、いくら昼休憩間近であろうとも、就業時間なのである。


「江ノ上君? ちょっといいかい?」


(あ、やばい! この声……)


 江ノ上君という呼び方に、抑揚のない淡々としたトーン。


(絶対、高橋課長だ……)


 入社当初から知っている高橋課長、二十代で係長になり、三十代前半で課長になったシゴデキ人間。

 それだけではない。

 容姿端麗で着こなすスーツはいつもパリっとしており、丁寧な暮らしの象徴みたいな存在。

 いわゆる沙也加とは対極の人間である。


 そんな対極の存在に、慌てふためいた沙也加は、すぐさまノートパソコンを閉じて、シュバッと素早く振り返った。


「あ、お疲れ様です! 高橋課長! ちょうど今からお昼休憩にしようかなーとしていたところです」


(セ、セーフ!)


 胸の内でそう叫びながら、何事もなかったかのようにニコニコ、笑顔を向ける。

 

 けれど、聞いてもいないのに答えて、口元をヒクヒク痙攣させている。


 セーフどころか、完全な容疑者ムーブである。


 これがたぬきち相手ならば、一瞬で見抜かれて膝をつけ合わせての尋問タイム発動である。


「―ーって、由紀ちゃん?!」


 だが、振り返った先にいた人物はシゴデキ課長ではなかった。

 

「はーい! そうですよ〜! 先輩があんまりにも怪しい動きを見せていたので、誂っちゃいました〜♪」

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