#1-3

 夏希から聞いた身の上話を、スミレは別室にいたエンマに報告する。夏希は未だ執務室に残したままだ。

 話し終えたスミレも、それをじっと聞いていたエンマも、何だか殊勝な顔で、しばらく二人して黙りこくっている。

「まいったな」

 エンマがため息を吐くと、スミレも同意して、

「まいったわ」

 と、請合う。

 ドアをノックする音が聞こえて来る。

「エンマ様、スミレ様、入ります」

 二人で返事すると、くだんの-夏希のとばっちりを食らった-部下が入って来る。

「内部調査の結果は出たか?」

 そうエンマに尋ねられるが、部下は首を振る。

「とりあえず職員全員に問い質しましたが、疑う余地のある有力な証言は得られませんでした。本当に内部犯行なのか、それとも……」

 おいちょっと待て、とエンマが声を荒げる。

「外部ってことはないやろ? だってここのネットワーク、天上界からしかアクセス出来んはずやろが」

 部下も、その言葉に頷く。が。

「常識で考えればそうですが、この際、あらゆる可能性を考慮する必要があるのではないかと」

 エンマは頭を掻く。

「えーと、つまり……」

 一番考えたくない可能性を、口にしなければならないことに、表情を歪ませる。

「下界にる人間がここにアクセスしたかも知れんってか?」

 その言葉の重みは、十分部下にも分かっている。

「必ずしも、否定は出来ないでしょう」

 エンマは、先ほどとは全く違った気持ちで溜め息を吐くと、ここまでずっと黙っていたスミレが口を開く。

「なぁ、せえちゃん?」

「ん?」

「夏希ちゃん、いっぺん生き返らせたげへん?」

 

 閻魔大王の執務室のドアが開き、一人待たされていた夏希はビクッと身体を震わせる。

 部屋に入って来たのは、エンマ一人。

 夏希はその姿をちらっと見るが、スミレではないのが分かると、またふっと視線を逸らして俯いてしまう。

 その様を、エンマは苦笑気味に見つつ、それに気付かない振りのまま、すたすたと自分の椅子に腰を下ろす。

 夏希は、先ほどよりは随分落ち着きを取り戻したが、エンマへの許せない感情はまだ残っているようで、敵意の篭った目で彼の方を見据えている。

 えらい嫌われたもんやな。

「お待っとうさん」

 出来るだけ場の雰囲気を和ませるように口を開くエンマだが、夏希は尚も反応しない。

「あのな」

 最初の時とは随分違う、優しい口調で、エンマは頭を下げる。

「改めて、さっきのことは本当に申し訳ない。本当に、ごめんなさい」

 一瞬何をされたのか、何を言われたのか、夏希には分からなかった。拍子抜けした、とでも言うべきか。

 エンマは尚も続ける。

「どうして『間違って死んだ』みたいなことが起こったのか、未だに調査してるんやけど、どうやら」

 夏希は黙って聞いている。

「……お前さんの死期のデータが、改竄された可能性が高い」

 目を見開く。

「誰が?」

「そこまでは分からん。普通、天上界のネットワークには下界からは絶対入られへんはずやねんけどな。内部調査もしたけど、該当者はおらんかった」

「またさっきみたいに隠してるんじゃないの?」

「そこまで腐ってへんわ」

 強い口調で否定され、夏希も言葉に詰まってしまう。

 エンマは、悄気しょげる彼女に追い打ちをかけるような、非常に言いづらいことを口にしなければならない。

「もしかしたら、お前に……何か、恨みを持ってる人間の犯行なんかもな」

 夏希は呆然とする。あたし、誰かに恨まれてるの? 一体誰に? 身に覚えがない……

 エンマは、その様子に心が痛みつつ、何にせよやな、と続ける。

「お前っちゅー人間を、もっと知らんとアカンのよ。勿論、お前を交えての、実地調査ってヤツでな」

「じっちちょうさ?」

「そこで、お前にひとつ提案がある」

 夏希にはエンマの意図が見えない。

「何?」

 エンマは夏希が苛立って来る様子が楽しくて仕方がない。

「実は天上界には、resume(リジューム)って制度があってな」

「りじゅーむ?」

「ある人が、どうしても死に切れない、どうしても心残りがある……という、明確な理由が認められた時にだけ、一時的に生き返ることが出来る制度のこと」

『生き返る』という言葉に夏希は敏感に反応する。

「あたし、生き返られるの?!」

「話は最後まで聞け」

 エンマは苦笑気味に夏希を宥める。

「お前も聞いたことあるやろ。不治の病にかかり余命わずかで、めっちゃ衰弱しとったのに、数日とか数ヶ月だけ、奇跡的に意識を取り戻したり、むっちゃ元気になったりするケース。あれって、resumeが適用されてるねん」

 夏希は目を丸くする。

「あれって、そういうことなの?」

「そういうこと」

 エンマは続ける。

「resumeには適用期間があってな、その人の罪悪経歴とか年齢によって細かく分かれとる。あと、死んだ原因によっても違うかな」

 またキングファイルをバサアッと開ける。

「お前さんの期間は、年齢とか犯罪歴から考慮して……90日。ざっと3ヶ月ぐらいやな」

 夏希は、短過ぎる、と瞬時に思った。

「たったそんだけ?」

「このまま死ぬよりゃあマシやろ」

「そうだけど……」

 何だか自分の思い通りの反応を示してくれる夏希が可愛らしくさえ思えて来る。

「た・だ・し」

 エンマは随分勿体つけた口調で続ける。

「何よ」

「今回の場合はめっちゃ特殊なケースや。データを改竄しやがったクソボケを捕まえんと、天上界の沽券こけんに関わるからな。お前かて、そいつを八つ裂きにせな気持ちが治まらんやろ?」

「当たり前だよ」

 この時の夏希は、この言葉の意味を深く考えていなかった。

「そこで、そのクソボケから奪った生命エネルギーを、お前に戻すことによって……晴れてお前は、本当の意味で、生き返ることが出来るっちゅワケや」

 一瞬間があったが、夏希は思わず身を乗り出して声を張り上げる。

「ほ、本当?!」

「お前にもしっかり協力してもらわなアカンけどな」

 得意そうに微笑むと、エンマは夏希の方をじっと見据えて、こう問い質してくる。

「で、どうする? やるか? めとくか?」

 夏希の腹は決まっている。

「やる! やるよやるよ! 絶対生き返ってやるんだ!」

「決まりやな」

 キングファイルを勢い良く閉じるエンマ。

 夏希の機嫌もすっかり戻ったようだ。

「ぃやったぁ!」

 

「もう、エンマ様、面倒見良すぎますよぉ」

 嬉々として旅支度をしているエンマの背中に向かって、部下の一人が口を尖らせる。

「また俺たちの仕事増えるじゃないっすかぁ」

 エンマにとっては数年振りの下界だ。夏希は、エンマがついて来ると聞いてブーたれていたが、resumeの制度上、その代の閻魔大王が付き添いで一緒に下界に赴くのは決まりとなっている。ある意味、職権濫用とも言えるかも知れないが。

「俺のおらん間は、スミレさんが閻魔大王代行ってことになる。彼女の言うことに従うように」

「そりゃスミレ様なら大丈夫ですけど」

 旅支度といっても、どの背広にしようか、とか、どのシャツにしようか、とか、その程度のことなのだけれど。

「んなら何や? 他になんぞ問題あんのかいな」

 そう凄みのある声で聞かれると、部下もつい恐縮して俯いてしまう。

「いやあ、なんか羨ましいなあ、と」

 ぷっ、とエンマは吹き出して、部下の肩をポンと叩く。

「閻魔大王やんのも大変やねんで? たまにはこういう刺激もないとな」

 そして、カカカカ、と高笑いしながら部屋を出ていく。

 

 浮遊霊魂管理事務所の建物の外に出ると、既に夏希とスミレが待機している。

「お待たせぇ」

 夏希はすっかり上機嫌になりつつも、少し不満そうだ。

「あたし、付き添いはスミレさんの方が良かったな」

「決まりやからしゃあないやろ」

 スミレは照れくさくなって笑っている。

「あたしも暇見つけて、下に様子見に行くからさ」

 エンマは、首の骨をぱきぱきと鳴らしている。

「もう準備出来てるか」

 夏希は、準備も何も、と口を尖らせる。

「どうやって下まで行くの?」

 エンマは悪戯っぽく夏希に微笑みかけると、自分と夏希の間の足元の(一応)地面をすっと指差す。

 すると、見る見る内に半径1mぐらいの穴が姿を現す。

「!」

 遥か下界の様子-ミニチュアのように小さな建物だとか海岸線とか山とか-が顔を出す。まるで人工衛星からの画像だ。

 エンマが平然と、

「こっから飛び降りるんや」

 なんて言うもんだから、夏希は何をか言わんやといった表情になる。

「落ちちゃうじゃん!」

「……この高さを登って来といてよ」

 スミレがすっと横に近づく。

「大丈夫よ。今の夏希ちゃんは霊魂なんやから。落ちたって痛くないで?」

 そうは言っても、この高さ……夏希の足はやはり竦んでしまう。

 エンマは苦笑しながら、

「ラチ開かんからこのアホ、強引に引っ張ってくわ。あとはよろしく」

 と、スミレや部下たちに告げると、夏希の左手をぐいっと握って、

「行くぞ!」

 と、その穴に勇躍飛び込んで行く。

「気ぃつけてねー」

 と、二人に浴びせられたスミレの言葉が終わるか終わらないかの内に、夏希はエンマに引っ張られて、穴の中に吸い込まれて行く。

 

 あああああああああああああああああああああああああ?!

 

 すぐに雲を突き抜け、夕方の空に投げ出される。

 夏希とエンマは、物凄いスピードで落下していく。

 

 ぎゃあああああああああああああああああああああああ?!

 

「やかましい!」

 エンマに苦笑気味に怒鳴られるも、夏希は未だに冷静になれないでいる。

「だ、だ、だ、だ、だって、落ちてるじゃんよぉ!!」

「これは重力やなくてな、お前の実体に向かってるんや。予定やと、今から5分程度で着くな」

「……ここ、高度何メートルよ?」

「さぁ? 計ったことないけど、一万、二万じゃ効かんやろなぁ」

「何でそんな平然と言え……うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 夏希は物凄いスピードで横に引っ張られていく。エンマと繋いでいた手は離れ、きりもみ回転の軌道を描いてすっ飛んで行ってしまう。

 エンマは冷静沈着に夏希に追いつく。

「軌道修正したんやな。場所は……都内の聖R病院ってトコか」

「病院?」

「お前の実体は多分、緊急治療室で蘇生処置かなんかやられてる最中なんやろな」

「あー……」

 

 二人は更にスピードを増して落下していく。

 慣れというのは恐ろしいもので、夏希もようやく引っ張られつつも、会話をする余裕が出来る。

「エンマ」

「『様』を付けんかい」

「あんたなんか呼び捨てでじゅーぶんよ」

 エンマは引け目があって反発出来ない。

「何やねんな」

 ふふーん、と、夏希は妙ちきりんな笑い声を上げる。

「あんた、耳たぶ触られると指一本動かせないんだって?」

 げっ、と、エンマは目を見開いて夏希を見据える。

「スミレさんから聞いたんか」

「さっきあたしが飛びかかっても全然抵抗しなかったのは、耳たぶ引っ張ってたからだったんだよねぇ。スミレさん、感心してたよ? 『せえちゃんの弱点、一発で見抜いたの夏希ちゃんが初めてや』ってさ」

「要らんこと言いよって……」

 ふと下を見下ろすと、かなり建物の数やら形がはっきり見える所まで来ている。

「あと30秒ってトコか。夏希、お前仰向けになっとけ」

「へ? 何で?」

「その方が、霊魂が実体に戻り易いんや」

「失敗したことってあんの?」

「……ま、無くはないな」

 夏希の表情が変わり、慌てて仰向けの体勢に変わる。

「でも下が見えないのって、却って怖いよー」

「大丈夫。俺がついてるから」

 腕時計に目を遣るエンマ。

「あと15秒や。用意しとけ!」

 う、うん、と目をきつく閉じながらお腹の上で両手を組む夏希。

 二人は本当に、都内屈指の大病院・聖R病院の上空に差しかかる。広大な敷地の中にふんだんに植樹がなされている。徐々に建物の屋上に向かっていく。

「あと10秒。カウントするぞ!」

 10。

 ヘリコプターの横をすり抜けて行く。

 9。

 遣り過ごしたヘリコプターが遥か上に過ぎ去って行くのが、夏希の目に留まる。

 8。

 今気づいたが、今日の東京は曇だった。

 7。

 小雨がぱらついているようだが、全て自分の身体をすり抜けて行くようだ。

 6。

 背中に気圧を感じる。建物の屋上の床に差し掛かったようだ。

「あと5秒!」

 エンマの声が響き、両手をすっと夏希のお腹の上に置く。

 4。

 このビルは超高層ビルだ。一体何階まであるんだろう。天井という天井まで、どんどん上にすり抜けていく。

 3。

 このすり抜ける感覚が、どうも夏希には馴染めない。

 2。

 物凄い風圧に、身体が包み込まれているようだ。

 1。

 エンマの手に一層力が入り、ぐっと押し込まれていく。

 0。

 

 瞬間、自分の身体が、世界中の影という影が全て消し飛んでしまうような、物凄い光に包まれたように思えた。

 

 ピッ。

 

 緊急治療室にいた医師の一人が驚愕の声を上げる。

「心臓の動きが戻った!」

 周囲の医師も一斉に心拍数を示した機械の画面を見据える。

 しかし、この波動は、蘇生処置によってもたらされたものとは違う。むしろこれは、全くの平常の状態に戻ったような……

「!!」

 更に医師たちは驚愕した。強打して砕けかけていた患者の頭部の挫傷が、跡形もなく消えてしまっている。頭部だけではない。車のバンパーの衝突を受けて折れた肋骨も、タイヤに轢かれて砕けた足の骨も、全て元通りになっている。

「な、何ぃ?!」

 キツネにつままれたような気分だ。患者が満身創痍でこの病院に担ぎ込まれたのは事実の筈。自分たちも確かに目の当たりにした。しかし、これは……

「ど、どういうことだ?!」

 そう口々に言い合うが、誰も彼も信じられない、といった表情を浮かべる他ない。

「とにかく検査だ!」

 と、慌ててその部屋を後にする医師たち。それに続いて看護婦たちも慌てて部屋を出て行く。

 夏希が一人きりになった頃合を見計らって、エンマはすうっと病室に姿を現す。

「気分は?」

 夏希はゆっくりと目を開き、エンマの方を見て、ふふっと微笑み返す。

「まあまあだね」

 エンマは左腕の腕時計をすっと夏希の顔の前に突き出す。

「あと……89日と23時間58分」

 デジタルの文字盤が、無機質に、正確な余命時間を刻んでいる。

 夏希は、ふうっ、と息を吐きながら天井を見上げ、今はまず、生き返って来られたことの感慨に浸ることにしたのだった。

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