貧乏貴族の三男に転生した元農家、現代知識で異世界農業革命！不毛の大地を堆肥と品種改良で黄金郷に変え、絶品飯で姫騎士もモフモフも虜にする話

第1話「転生したら、土がカッチカチだった件」

　頭に鈍い痛みが走る。まるで硬い地面に思いっきり叩きつけられたような衝撃だった。ゆっくりとまぶたを押し上げると、視界に飛び込んできたのはひび割れた木の天井だった。

『……どこだ、ここ？』

　俺の名前は確か、相川大地。週末も返上で、丹精込めて育てた有機野菜を出荷しようと軽トラを走らせていたはずだ。そう、あのカーブで……。

　そこまで思い出してゾッとした。俺、もしかして死んだのか？

　慌てて身体を起こそうとして奇妙な違和感に気づく。手足がやけに細くて短い。まるで子供のようだ。見慣れない粗末な服を着た自分の身体をまじまじと見つめていると、不意に脳内に膨大な情報が流れ込んできた。

　カイ・アースガルド。十三歳。アークライト王国に属する、しがない辺境伯家の三男。病弱で、昨日は高熱を出して倒れたらしい。

『マジか……。異世界転生ってやつか！』

　ラノベや漫画でよく見る展開だが、まさか自分の身に起きるとは。しかし貴族の家に転生したのなら、悠々自適なスローライフが送れるかもしれない。そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれることになる。

「カイ、目が覚めたのですね！ よかった……」

　部屋に入ってきたのはメイド服を着た同い年くらいの少女だった。亜麻色の髪を揺らし、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。記憶の中の彼女と名前が一致した。幼馴染のリナだ。

「リナ……。ああ、大丈夫だ。心配かけたな」

　カイとしての口調で話すのは少しむずがゆいが、何とか取り繕う。俺が起き上がったのを見て、彼女は心底安心したように微笑んだ。

「お腹、空いていませんか？ すぐに食事の用意をしますね」

　そう言ってリナが持ってきてくれたのは、硬い黒パンと具のほとんど入っていない水っぽいスープだった。これが貴族の食事？ 嘘だろ？

　恐る恐るパンをかじってみる。パサパサで、噛むと口の中の水分を全部持っていかれるようだ。スープは申し訳程度に野菜の切れ端が浮いているだけで、ほとんど味がしない。

『……ひどい。こんなの、まともな食事じゃない』

　これが日常だというのなら、このアースガルド辺境伯領は相当ヤバい状況にあると見た。

　数日後、体調が回復した俺はカイとして初めて屋敷の外へ出てみた。そして改めて絶望することになる。

　目の前に広がるのは見渡す限りの荒れ地だった。畑らしき場所の土は乾燥してひび割れ、カチカチに固まっている。かろうじて生えている作物も、まるで成長を諦めたかのようにひょろひょろと弱々しい。

「これが……アースガルド領」

　つぶやいた俺の隣で、リナが悲しそうに頷いた。

「はい……。何年も前から土地がどんどん痩せてしまって。作物がまともに育たないんです」

　農民たちは痩せこけ、その目には生気が感じられない。これでは飢え死にするのも時間の問題だろう。

　前世で、俺は農業に人生をすべて捧げてきた。土に触れ、作物を育て、人々が「美味しい」と笑ってくれるのが何よりの喜びだった。

　だから許せなかった。この死んだ大地も、人々の諦めた顔も。

　俺は足元の地面に膝をつき、固い土をぎゅっと握りしめた。石のように硬く、栄養なんて微塵も感じられない。だが俺の目には、この不毛の大地が黄金の穀倉地帯に変わる未来が見えていた。

『日本の農業技術があれば……いや、基本的な知識だけでも、この土地は蘇る！』

　前世では理想の農業を追求する半ばで死んでしまった。だが、神様がもう一度チャンスをくれたというのなら。

「やってやる……」

　俺の口から決意の言葉が漏れた。隣のリナが、きょとんとした顔で俺を見る。

「カイ様？」

「見てろよ、リナ。俺がこの大地を全部作り変えてやる。みんなが腹いっぱい食べられる、豊かな土地にしてみせる！」

　高らかに宣言すると、リナは目を丸くした。だが、すぐにふわりと微笑んでくれた。

「はい、カイ様！ 私、信じています！」

　その笑顔が、俺の心の最後のスイッチを押した。

　異世界でのセカンドライフ。望むところだ。最高の土を作り、最高の作物を作り、最高に美味い飯をみんなに食わせてやる。

　貧乏貴族の三男、カイ・アースガルドの異世界農業革命が今、静かに幕を開けた。最初の目標は、まずこのカッチカチの土をふかふかの土に変えることだ。