1頁 白石雪菜のなんてことない日常
①
「さむ……」
スマホを操作するために手袋を脱いだとたん、北風が吹いた。
四月中旬、全国ニュースでは桜が満開だの言っているころ。
最寄り駅から続くこの一本道も、ゴールデンウイーク頃にはきれいな桜並木になると聞いたが、そんな時期に学校に行くことはないので見ることは叶わないだろう。
だいたい歩いて10分くらい。この短い時間でも集めることができる情報はごまんとある。推しのおはようポストとか、クラスの友達と話すための話題とか……
そんなことを考えながらも、指は勝手に動画サイトを開いてしまう。そんな自分に少し嫌気がさしながらもイヤホンを耳に装着。
『ドームツアー開催決定!』
いやな広告が流れてきてすぐにタスクを切った。本来なら嬉しい告知も、今は道民に対する嫌がらせのように思える。
別に行けばいいじゃん、と思うかもしれない。考えても見てほしい。地続きになっている本州であれば夜行バスとか電車で比較的安価で現地参加できるのかもしれない。だがここは海に囲まれた島。どうしても外の世界に出るには飛行機が必要になる。バイト禁止の高校生にはあまりにもでかすぎる出費なのだ。
「……きちゃん。ゆきちゃーん?」
「うわぁ!?」
思わず飛び跳ねた雪奈を見てクスクス笑うのは、同じクラスの辻村彩薫。入学初日に挙動不審になっていた雪奈に声をかけた、”月高の天使”、”今年度ミスコンの最有力候補”と噂されている美女。
「びっくりさせないでよ彩薫さん……おはよ」
「おはよう。何か考え事?」
後ろ姿を見つけて小走りできたであろう紅潮した笑みを向けられては、なんだか隠し事ができない気がしてならない。とても同い年とは思えない色気にあてられて、顔を背ける。
「ずっと応援してるグループがさ、ライブやります!って告知したんだけど……」
「北海道外されちゃった?」
「そうなの〜! このグループなんだけどさ!!」
正直、高校に入ってからはオタクであることは隠して生きていくつもりだった。しかし、初日にうっかりかばんに紛れ込んでいたアクキーを見られてからは、彩薫には隠さず話すようになった。
「あー……私、VTuberってあんまり分かんないんだぁ……ごめんね?」
「だよね……こっちこそごめん……」
ただ、彩薫はあまりこういう話題に詳しくないらしい。アニメの話も、最近読んだマンガの話も色々と話したが、どれもピンとこないらしい。それでも話を聞いてくれて、友達でいてくれることに感謝しかない。
「い、妹がたまに見てるからさ! 私も、ちょっと勉強してみようかなぁ……」
なおかつ、こちらに合わせようと努力もしてくれる。これが天使たる所以。雪菜では、到底たどり着けない場所。
「いいなぁ。夢中になれるものがあって」
ふと、彩薫がそんな言葉を漏らした。その目はどこか遠くを見ていて、少し寂しそうな顔だった。
「そんな立派なものじゃないよ! 宿題やらないでずっと配信見てるときだってあるし!」
「でもちゃんと期限までには終わらせるでしょ? ちゃんと自分のペース分かってるんだねぇ。えらいねぇ」
なんとか場を明るくしようと話してみるも、会話のペースは依然として彩薫。彼女がこんな顔をしている時はいつもこんな感じだ。何でもないことをほめてくれて、寂しそうな顔をしている彼女には少し申し訳ないけど、ぐんぐん自己肯定感が上がっていく音がする。
「彩薫さん、私たちずっと友達だよぉ……」
「えぇ!? こ、こちらこそ、よろしくお願いします?」
『この子だけは絶対に守らなきゃ』
そんな使命感に駆られて発した言葉は、意図せず告白したような形になった。お互い顔が赤いのは、きっと寒さのせいだろう。
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