第21話
◆過去:8年前・8月5日(火)08:00
目が覚めると、そこは灰色の世界だった。
Ruin《ルイン》線。
終末の彩度。
蒼真はベッドから跳ね起きた。
記憶は鮮明だ。
昨夜(正確には今日)、明里は死んだ。
間に合わなかった。
だが、これはリトライだ。
視界の隅のカウントダウンは【1】で止まっている。
最後のチャンス。
「行くぞ……」
蒼真はスマホを掴んだ。
理沙と悠斗にメッセージを送る。
『記憶はあるか?』
即座に既読がついた。
『勿論』と理沙。
『ああ、全部覚えてる』と悠斗。
二人の返信に、安堵する。
俺たちは、まだ繋がっている。
『19時、時計塔集合。……でも、俺は今から動く』
蒼真は打ち込んだ。
『下見をしておきたい』
『分かった。気を付けて』
『無理すんなよ』
蒼真は家を飛び出した。
外の空気は、砂のようにざらついていた。
空は鉛色。
太陽の光さえも、古びた蛍光灯のように頼りない。
これが、世界が壊れかけている証拠だ。
学校へ向かう道中、蒼真は違和感に気づいた。
街行く人々の顔が、のっぺらぼうに見える。
目も鼻も口もない。
ただ、肌色の楕円があるだけ。
世界の処理落ち。
システムのリソースが限界に達しているのだ。
ノイズが走っている。
信号機は点滅している。
赤と青が不規則に切り替わる。
車は動いていない。
まるで、時間が止まったように。
空を見上げる。
雲が静止している。
風が吹いていない。
鳥の鳴き声もない。
まるで、世界が息を止めているようだ。
終わりを待っているようだ。
「急がないと……」
蒼真の心臓が早鐘を打つ。
このままでは、収束点
が発動する前に、世界そのものが崩壊する。
明里を救うことすらできなくなる。
蒼真は走った。
灰色の世界を。
終末の街を。
桜陵高校、時計塔。
校舎の裏手にそびえ立つ、古びたレンガ造りの塔。
今は使われていない、開かずの間。
その最上階に、世界線を制御する「何か」がある。
前回のループで、結衣がそう漏らしていた。
蒼真は塔の下に立った。
見上げると、巨大な時計盤が見える。
針は、12年前の「あの日」から動いていない。
「……ここが、終わりの場所か」
蒼真は入口の扉に手をかけた。
錆びついた鉄扉。
鍵がかかっている。
だが、今の蒼真には武器がある。
ポケットから取り出したのは、「生徒会室のマスターキー」。
前回のループで、理沙から預かったスペアだ。
ガチャリ。
重い音と共に、錠が外れた。
扉を開ける。
カビ臭い空気が流れ出してきた。
埃と錆と、何か腐ったような匂い。
「お邪魔します……」
蒼真は足を踏み入れた。
螺旋階段が続いている。
暗い。
スマホのライトをつける。
照らされた壁は、レンガ造り。
所々、ひび割れている。
モルタルが剥がれ落ちている。
12年前から、誰もメンテナンスしていない証拠だ。
一段、また一段と登る。
靴音が響く。
コツ、コツ、コツ。
その音が、やけに大きく聞こえる。
まるで、心臓の音のように。
階段が軋む。
ギシッ、ギシッ。
古い木材が悲鳴を上げている。
蒼真は手すりに手を添える。
鉄の手すりは冷たく、錆でざらついている。
手を離すと、赤茶色の錆が手のひらについた。
上を見上げる。
螺旋階段は、まるで巨大な蛇のように、暗闇の中へと伸びている。
どこまで続いているのか、見えない。
蒼真は呼吸を整える。
大丈夫だ。
怖くない。
これは、明里を救うための道だ。
3階部分まで登った時だった。
上から、物音が聞こえた。
カツーン……。
誰かがいる。
蒼真は息を潜めた。
こんな廃墟に、誰が?
まさか、結衣か?
それとも、権藤か?
蒼真は、壁に張り付きながら、慎重に顔を出した。
上階の踊り場。
そこに立っていたのは、意外な人物だった。
「……誰だ?」
低い声。
懐中電灯の光が、こちらを向く。
生活指導の鬼教師。
「柊……か?」
権藤が眉をひそめる。
「こんなところで何をしている。立入禁止だぞ」
やはり、彼だった。
システムの守護者。
いや、物語の障害物。
「……先生こそ、何をしているんですか」
蒼真は逆光で見にくい目を細めながら言った。
「見回りだ。……最近、お前たちの様子がおかしいからな」
権藤が階段を降りてくる。
その威圧感は、半端ではない。
まるで、巨大な岩が迫ってくるようだ。
「帰れ。ここは危険だ」
「帰れません」
蒼真は一歩も引かなかった。
「僕たちは、ここに行かなきゃいけないんです。……友達を救うために」
「友達?」
権藤が鼻で笑う。
「水瀬のことか? ……あいつなら、もう死んだことになっている」
「まだ生きてます!」
蒼真が叫ぶ。
「今日の20時。……あいつは死ぬ運命にある。でも、僕たちが変えるんです!」
権藤の目が、鋭く光った。
その瞬間、周囲の空気が凍りついたように感じた。
「……運命、か」
権藤が呟く。
「お前たちが何を企んでいるかは知らん。だが、これ以上進むなら、力ずくでも止める」
権藤が構えた。
本気だ。
大人の暴力。
高校生の蒼真には、勝ち目なんてない。
だが。
「……一人じゃないんでね」
蒼真がニヤリと笑った。
「なに?」
権藤が背後を振り返る。
その瞬間。
ドガッ!
上階から飛び降りてきた影が、権藤の背中にドロップキックを見舞った。
「ぐわっ!?」
巨体がよろめく。
着地したのは、悠斗だった。
「よう、先生。……相変わらず隙だらけだな」
悠斗が不敵に笑う。
「宮下……!」
権藤が体勢を立て直す。
だが、その隙に、もう一人の影が動いた。
理沙だ。
彼女は、権藤の足元に滑り込み、その足首を掴んだ。
そして、体重をかけて崩す。
「失礼します、先生!」
ドサッ!
権藤が、ついに膝をついた。
「氷室……お前まで……」
権藤が愕然とする。
優等生の理沙が、教師に手を上げるなど、あり得ないことだったからだ。
「悪いわね、先生」
理沙が立ち上がり、埃を払う。
その目は、かつてないほど澄んでいた。
「私たち、不良になることにしたの」
「……はっ」
権藤が、苦笑いのような表情を浮かべる。
「……揃いも揃って、馬鹿ばかりだ」
三人は、階段の上に並んだ。
下で膝をつく権藤を見下ろす。
「行こう」
蒼真が言った。
あと少し。
最上階まで、あと少しだ。
だが、権藤はまだ諦めていなかった。
ゆらりと、立ち上がる。
その背中から、黒いオーラのようなものが立ち昇っている。
システムの補正か。
それとも、彼自身の執念か。
「……通さんと言ったはずだ」
権藤の声が、塔全体に響き渡った。
最終決戦の幕が開く。
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