第19話:広がる輪は、いつだって静かに始まる

近隣の村へ向かう荷馬車は、いつもより揺れが軽かった。

小瓶ポーションが箱に詰まっている分だけ重いはずなのに、心のほうが軽かったからだと思う。


父は涙の跡が残る顔で手綱を握っている。

おじいさんは腰をさすりながらも、なぜか上機嫌だった。


「坊、あまり緊張するでないぞ。ほれ、背筋を伸ばせ」


「緊張……してないよ。たぶん」


「たぶんって便利な言葉じゃのう」


おじいさんに笑われ、父もつられて微笑んだ。


しばらくして次の村の入り口が見えると、村人たちが何やら集まって待っていた。


「お、お父さん。あれ……全員、待ってるの?」


「どうやら……そうらしいな」


馬車が近づくと、村人たちの表情が一斉にふわっと明るくなった。


「来てくれたぞ!」

「本当にファンドが届くんだ!」

「いやぁ……こんな日が来るとはなぁ!」


ざわざわとした喜びの声に、父はまた涙目になっていた。

おじいさんは鼻を鳴らしながら言った。


「ほれ見ろ。言うた通りじゃ。坊のやっとることは価値がある」


(いや、でも……こんなに喜んでもらえるなんて……)


私は少しだけ圧倒されていた。

ファンドという仕組みを説明した時、村の人たちは“ああ、なんかすごいことらしい”くらいの反応だったのに。


ポーションの小瓶を箱から取り出すと、村の人たちが息を呑む。


「こ、これは……本当に分けてもらえるのか……?」

「手に取っていいのか……?」

「こんなに綺麗に作られて……!」


私はゆっくりうなずいた。


「はい。出資してくださった皆さんへの“リターン”です。お金だけじゃなくて、安心も戻ってくる仕組みなんです」


小瓶を配り始めると、村の人々はまるで宝物を受け取るような手つきで受け取り、

しばらく黙ってからじんわりと涙を浮かべた。


「こんな立派なもの……わしらのために……?」


「うちには怪我しやすい孫がいてな……これがあるだけで、どれだけ助かるかわからん……」


「出資して本当によかった……」


胸がぎゅっと締めつけられるような声ばかりだった。


(……こんな優しい声があるなら、がんばれるよね)


父が後ろでぐしぐしと涙を拭きながら言った。


「カイ……お前はすごい……すごすぎる……」


「いや……すごいのは、信じてくれたみんなだよ」


すると、おじいさんが「ほっほっほ」と喉を鳴らして笑った。


「坊、お前はもう少し誇っていい。仕組みを作っても、人の心まで動かすのは容易ではないんじゃぞ」


そう言われると、胸の奥が少し熱くなる。


―――


ポーションを配り終えると、別の村の代表らしき人が近づいてきた。


「カイ……と言ったか。ぜひ、うちの村でも同じように頼みたい」


「わしらの村にもだ」


「年寄りが多くてな……怪我が治りにくい。助けてくれんか?」


次々に声が集まり、ついに父が座り込んでしまった。


「カ、カイ……これ……想像の何倍もすごいことになってないか……?」


「ちょっとだけね……」


ほんのちょっと、胸が震えていた。


(支援網が……本当に広がってる)


近隣村の人々の目は輝いていて、その明るさが私の背中を押した。


「もちろん……順番になりますけど、協力します。みんなが安心して暮らせるのが、一番大事だから」


その瞬間――拍手が村全体を包んだ。


「おおおおおおっ……!」


「すごい……ほんとにすごい子だ……!」


「ありがとう……ありがとう……!」


空に吸い込まれるような歓声だった。


―――


馬車で帰る途中、夕日が背中を照らしてくる。


「カイ……」


「どうしたの、父さん」


「俺……今日が人生で一番嬉しい日かもしれん……!」


父は泣き笑いしながら言って、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。


おじいさんは外の景色を眺めながら、静かに言った。


「坊。人はの……“助けてもらった記憶”は一生忘れん。今日のことは、きっとこの村々を守る力になるじゃろう」


私は喉の奥がつまるような感覚に襲われて、急いで顔をそむけた。


「坊、泣いておるのか?」


「……そんな、泣いてないよ」


「ほう……なら鼻をすすらんでみい」


「すっ……」


(ばれてる……)


でも、いい。

今日は泣いてもいい日だ。


馬車はゆっくりと村へ向かって走り、夕日はやさしい黄金色の道をつくっていた。

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