第4話:初めての仕入れは緊張するもの

家族ファンドが発足して三日後。

ようやく父が重い腰を上げ、いつもより慎重な手つきで荷馬車を点検していた。


「なあカイ、本当に薬草を増やして仕入れるだけで大丈夫なんだよな?」


「うん。需要は安定してるし、保存もきくよ。最初の投資先としては悪くないよ」


「投資先って、なんだか商売人らしくていいねぇ」


母が荷台に布を敷きながら楽しそうに言う。

我が家がこんなに明るい気配になるのは久しぶりだ。

やっぱり希望があるとみんなの顔つきが違う。


「でも、仕入れ先の薬師さんって気難しいんだろ? 父さん、緊張するんだよな……」


「大丈夫。数字が合ってるなら誰も怒らないよ」


「お前の言い方、商売の真理をついてるな……」


父がしみじみしている横で私はこっそり頷く。

商人というのは意外と単純で、お金の流れがきちんとしていれば、たいていの問題は丸く収まる。


「じゃあカイ。今日はお前も一緒に来るかい? 子どもの目線で見ると気づくこともあるかもしれないし」


「うん、行くよ」


私は即答した。

ファンドを運営するには現場を知っておく必要がある。

前世でも「現場を知らない経営者は伸びない」と言われていた気がする。

誰が言っていたかは忘れたけど。


馬車がゆっくり動き出すと、風が頬を撫でた。

空は雲ひとつなく、今日が新しい挑戦の日だと告げているようだった。


「おはようございます。今日はどんな用件で?」


仕入れ先の薬師さんは、噂とは裏腹に柔らかい笑顔の中年男性だった。

ただ、眉毛が太いので少しだけ怖く見える。


「お、おはよう。今日は薬草を……いつもの倍ほど仕入れたいんだ」


父は緊張で声が裏返っていた。薬師さんは目を丸くする。


「倍? どうしたんだい急に。あんたのところは慎重な仕入れが多かったじゃないか」


「じ、実は……息子が、商売の立て直しを手伝ってくれてな……」


「ほう? この子が?」


薬師さんの視線が私に向く。私は胸を張った。


「お世話になります。薬草は市場で値崩れしにくいので、在庫リスクが小さいです。安定供給のための基礎として投資価値が高いと思います」


薬師さんの口が半開きになった。


「……三歳児って、こんなに喋ったっけ?」


「カイは喋るんだよ……もう諦めてる……」


父が遠い目をしていた。

しかし薬師さんは面白そうに笑う。


「いや、悪くない。論理としては確かに筋が通っている。じゃあ、いつもの倍……でいいんだね?」


「はい、お願いします」


私は丁寧に頭を下げた。


仕入れが済むと、荷台にはいつもより多くの薬草が積まれた。

香りがふわりと広がり、なんだか未来そのものが満ちているように感じられた。


「よし……これで最初の勝負だな」


「うん。帰ったら販売計画を立てよう」


「販売計画……? また難しい言葉出たな……」


「大丈夫。できることから順番にでいいよ」


父の不安げな顔も、今日の風の中ではどこか楽しそうに見えた。


(最初の投資が成功すれば、家族の信頼ももっと強くなる。そうしたら、地域ファンドとして発展できるはず……)


馬車が揺れるたび、未来が揺れ動くような気がした。


――世界を救うまでの道のりは遠い。

けれど、小さな成功を積み重ねれば、必ず届く。


そう確信できるほどに、今日の空はすがすがしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る