第18話:狐の取引、あるいは次の地獄
魔都の夜は、粘つくように重い。 迅(ジン)とテツは、再び極彩色の遊郭の門をくぐった。
「……随分と早かったわね」
座敷の奥で、妖狐のユズリハが目を丸くしていた。 彼女の予想では、死んで帰ってこないか、ボロボロになって逃げ帰ってくるかのどちらかだったのだろう。
だが、今の迅に目立った外傷はない。 彼は無言で、背負っていた風呂敷包みを畳に放り投げた。
ゴトリ。 重い音が響く。 結び目が解け、中から転がり出たのは――赤黒く変色した、巨大な鉱石の塊だった。
「……!」
ユズリハの細い目が、驚愕に見開かれる。 彼女は震える指で、その鉱石に触れた。
「本物……しかも、なんて純度なの。無理やり引きちぎったせいで、魔力が暴走したまま凝固してる……」
それは、ただの回収品ではない。 圧倒的な暴力でねじ伏せられた、「狩りの証」だ。
「約束の品だ」
迅は畳に胡座(あぐら)をかき、冷たく言い放つ。
「さっさと吐け。緋桜はどこへ行った?」
ユズリハは熱っぽい吐息を漏らしながら、鉱石を愛おしそうに撫でた。 そして、妖艶な笑みを迅に向ける。
「合格よ、ボウヤ。……いえ、迅(ジン)」
彼女は煙管(キセル)を置き、声を潜めた。
「あの子が向かったのは、ここから北。……『聖域』と呼ばれる土地よ」
「聖域?」
「ええ。人間たちが『神』を祀(まつ)る、巨大な**大社(たいしゃ)**がある場所。……そこにある『清浄の泉』を汚しに行ったのよ」
聖域。大社。 鬼や魔物が最も忌み嫌う、聖なる結界に守られた場所だ。 そんな場所へ、わざわざ単身で乗り込むとは。
(相変わらず、趣味が悪い女だ)
迅は鼻で笑った。 清らかなものを汚すのが、あの女の至上の愉悦。 神職たちが絶望に顔を歪める様を想像して、笑っているに違いない。
「情報は以上だ」
迅は立ち上がる。
「待ちなさい」
ユズリハが呼び止める。 彼女は懐から、一枚の地図と、小さな小瓶を取り出して投げ渡した。
「地図と、私の特製の解毒薬よ。……聖域は、魔都とは別の意味で『腐ってる』わ。気をつけることね」
「……サービスか?」
「投資よ。あなたが緋桜を殺すところ……特等席で見てみたいもの」
ユズリハの金色の瞳が、怪しく輝く。 彼女もまた、この狂った復讐劇の観客の一人なのだ。
「好きにしろ」
迅は小瓶を受け取り、テツを促して部屋を出る。
「行くぞ、テツ。次は『神様』のいる街だ」
「神様? 美味しいのかな?」
テツが無邪気に問う。 迅はニヤリと笑った。
「さあな。だが、緋桜がいるなら……そこは間違いなく地獄だ」
二人の影が、魔都の闇に溶けていく。 目指すは北。 聖なる光と、冒涜的な闇が交差する、新たな戦場へ。
(続く)
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