第1話 新米魔王の懸念

 アリスが魔王になって三年が経った。

 その三年で帝国は大きく変わり、魔族だけでなくエルフや獣人と言った亜人種、果てには知性の高い魔物までが堂々と暮らせる、古の理想郷となっていた。

 そんな中でアリスはと言うと、書類に埋もれて嘆いている。


「えっと、エニュア領とエスティカ聖公国の軍事衝突……ここは魔族が少ないけど、魔王軍を派遣しすぎると他国からの印象が……けど流石に兵力が足りないし……」

「わたしが行く?」

「リリィお姉ちゃんはアリスと一緒に平和の象徴でいてもらわないと困るの」

「ならわたしの部下十人出そうか。前衛に五人、後衛援護に三人、兵站で二人」

「んー、よくわからないけどそうするの。ってことで、後は任せたの!」


 アリスはバッと立ち上がり、隣に立ってアドバイスをくれていたリリィ――リリステル・ブバルディアに仕事を押し付け、執務室から逃げた。

 これも、日常茶飯事だ。

 そもそもアリスは政に疎いどころか学んですらおらず、物心つく前から学んでいたのはいかにして戦うか、そればかりだった。


 魔力操作にあらゆる魔術、魔法。剣や大鎌での近接戦闘、それから近接戦闘で使う体術や武術等々、完全に戦闘特化の魔族なのだ。

 それにアリスはまだ十二歳、魔界でも人間界でもようやく貴族が本格的に政治についても学び始める時期であり、統治をするにはまだ早い。故にリリステルが秘書に就いて、書類仕事や内政を手伝っているのだ。


 もっとも、手伝うというよりも代行している場合が多いが。

 仕事を任せたアリスは、いつも宮廷の庭園を日傘をさして散歩する。

 庭師から花を貰ったり、メイドに紅茶を淹れてもらってガゼボでゆっくりしたり。

 今日は散歩中にお気に入りの花を貰い髪飾りにして、うきうきで宮廷内にある軍の訓練場に向かった。


「ま、魔王様!」

「リリィお姉ちゃんの直属の部下はいるの?」

「はっ、こちらに」

「誰が行くかわからないけど聖公国との紛争に駆り出される予定だから、アリスと特訓するの」

「紛争……よいのですか?」

「エニュア領だから仕方がないの」

「あそこでしたか。では、胸をお借りします」

「相手の軍は二千、こちらは千、倍の差があるけど、みんなの活躍に期待してるの」


 アリスは魔術の練習用の的の後ろに移動すると、それに魔力の糸を繋げ、動かした。数は十体。だが、アリスの魔力操作技術ならまさに傀儡の騎士でも一騎当千。


「他の兵士たちは力を抑えて人間と同じくらいの力で支援。目標は八体の破壊なの。それじゃあ、始めるの」


 分かりやすくアリスは防具に剣を掲げさせ、突撃させる。

 アリスの操る騎士は相手の剣を華麗に受け流し、あまり消耗させないよう蹴りで対処する。その動きは重装備の騎士のものではなく、軽装備の騎士の動き。陣形も何もない乱戦を想定した戦闘では、ちょうどいいだろう。


 アリスの騎士が剣を振るうと、後方から魔術が飛んできて、それを阻止する。その隙に兵士が傀儡騎士を切りつけるが、後ろに飛びのいて回避した。しかしそこに槍兵が鎧の隙間を突き刺し、ダメージを与えた。


 中身は空だが深く刺さった槍は致命傷。アリスはその傀儡騎士の操作を止める。

 人間の範疇の動きに抑えているとはいえ、いい連携だ。

 同じような調子で、兵士たちは次々と傀儡騎士を打ち倒す。


 後衛魔術師、前衛剣士、中衛僧兵がいい連携を取れている。

 記憶が正しければ聖公国の騎士たちは重装備、故に人間が扱うには付与系等の強化魔術があってようやく普通か普通以上の速度で動けるレベルのはずだ。

 通常の魔術師は強化魔術を扱うとなるとそれの維持に意識を集中しなければならないので、攻撃魔術での支援は出来ない。


「この戦い方で問題なかったでしょうか」

「うん、問題ないの。後は今の戦い方を軸に戦法の共有と作戦立案。リリィお姉ちゃんから選抜されなくてもしっかり今回の事を共有するように」

「了解しました。しかしまさか、即席の連携がこうも通用するとは」

「流石は第一席直属の部下なの」


 リリステルの部下は固有の魔法もあって、少数精鋭だ。そのため、数で押されようと負けない程度の技量は持ち合わせている。

 アリス自身は動いていないが軽く戦って少し疲れたので、執務室に戻りリリステルについさっきの模擬戦の事を話して、また執務室から逃げた。

 今度は私室に行って、お気に入りのぬいぐるみを抱いてベッドにダイブする。


「どうか領土は守れますように」


 そう願って、アリスは職務も投げ出して眠りに着いた。

 真祖の娘であるアリスに睡眠は不要だが、暇を持て余している時はよく寝ている。もっとも、本来は暇ではないのだが。


「アリス陛下、リリステル様から出撃要請です」


 と、サボっていると早速メイドの一人がノックもなしに部屋に入って来た。


「ノックしてないの」

「ノックをすると扉を開かなくするじゃないですか」

「そうだけど……それで、出撃要請って何があったの?」

「はい。拮抗状態だった聖公国騎士団と旧帝国軍ですが、勇者と見られる者の介入によってこちらが一気に劣勢状態になり、平原を占領されました」

「……それはまずいの。ふぉーちゃんのコンディションのチェックをお願いなの。すぐ準備するの」

「承知しました」


 アリスは戦闘用の服――あらゆる魔術的加護の付与されたドレスに着替える。

 対物理、対魔術、対精神干渉、身体強化、体力強化。どれも強力なものだが、アリスにしか使いこなせない専用装備と言ったところだ。

 ドレスなのは、元々公の場で戦闘になってもいいようにとの理由だ。戦闘には不向きだが、気に入っているので戦闘専用の鎧ではなくこちらを愛用している。とはいえアリスは吸血鬼、ドレスだけでは日光を直接浴びて死にはしないものの弱体化してしまうので、ローブを羽織り深くフードを被る。


「さて――」


 アリスは窓を開けて飛び降り、生まれた時から家族同様に世話を焼いてくれていたグリフォンのふぉーの元に向かう。


「ふぉーさんのコンディションは万全の様です。いつでも出発できると」


 魔物と会話できる人間のメイドは、ふぉーに騎乗用の装備を付けながらそう伝える。


「わかったの。ふぉー、行くの」

『大丈夫なのか?』

「大丈夫、アリスは負けないの」


 アリスもまた、魔物や動物と会話することが出来る。

 心配ないとわしゃわしゃ撫でて、ふぉーの背に乗る。


「それじゃあ、よろしくなの」


 ふぉーは専用の小屋から出ると、翼をはばたかせてエニュア領の方角に飛んだ。

 グリフォンはそこらの空を飛ぶ魔物より早く、国境沿いまで中央に位置する王都からでも到着には一日かからない。

 しかしそれでも、戦局は数時間あれば変わることもある。

 今の時間帯であれば、軍が後退したところを聖公国の騎士団が追っている頃だろう。着いた頃には、また交戦状態になっている可能性がある。


 魔族の派遣はもう間に合わない。勇者との交戦は初めてで勝てるかもわからない。だが、ここで食い止めなければまた魔族が魔界というじめじめして暗くて、危険な世界に押し込められてしまう。それに魔王軍に属した旧帝国民も危険に晒される可能性がある。


「ふぉーちゃん、負担をかけるけど――」


 ふぉーに対して強化魔術を掛け、加速させる。これで七時間ほどあれば到着するはずだ。


『休憩なしで飛ぶぞ!』

「頼んだの」


 そして日が暮れる頃、ようやくアリスは戦場に到着した。

 知った気配の魔力を帯びた魂が、広大な平原に漂っている。それは、大敗した証拠だ。今は最後の砦でもあるアーニス砦での防衛戦の真っ最中。勇者と思しき存在がいて、よくここまで持ったものだ。

 仮にあの時の勇者なら、一人で軍を壊滅させただろう。そして、砦など魔術で破壊してしまうだろう。

 となると、あの勇者ではないか、手加減しているか。


「ふぉーちゃんは空から見張りを。アリスの手の回らない範囲で何かあればすぐに援護してほしいの」

『了解した。アリスも、気をつけるのだぞ』

「もちろんなの。ありがとう、ふぉーちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る