均衡の魔王アリス ~新米魔王は平穏を望む~

超越さくまる

第1部 世界の均衡編

1章 新米魔王のプロローグ

プロローグ -魔王の死-

 ――むかしむかし、神話の時代。世界の最果て理想郷とも呼ばれた地には、魔族と呼ばれる強力な種族が住んでいた。

 寿命は人の数倍長く、非戦闘員に分類される一般の魔族ですら人間の軍人相当の力を持ち、人間には扱いきれない魔術を当たり前のように使う、神の恩恵を受けているとも呼ばれる種族。


 しかし人の時代がやってきて数百年、第一次邪神大戦で操られた多くの魔族のせいで、どこからともなく現れた勇者によって魔界と呼ばれる異界に閉じ込められて、人間界での歴史は幕を閉じた。それでも魔族は裏で動いて、かつての理想郷に戻ることをずっとずっと画策していた。


 長命種とは言え魔王軍幹部は何代か入れ替わり、徐々に理想郷での暮らしを知る者も減り、気が付けばあの頃の事を知っているのはたった一人の魔族だけとなった。それが、初代にして現魔王である。


 そんな魔王に、娘が出来た。相手はシアと名乗る素性を隠した神秘的な女性。魔族の特徴を持たず、人間の容姿をした謎の人物。

 そして出来た娘の名前はアリス。アリス・シア・アクタエア。


 娘には理想郷の話を沢山聞かせた。魔王、そして娘は吸血鬼である。故に魔界こそが特性上過ごしやすい場所ではあるが、あの理想郷の美しい景色を見せてやりたい。そう思った魔王は、ついに作戦を実行した。

 ため込んだ力で魔界と人間界を繋ぐ門を開き、進軍したのだ。


 そして目の当たりにしたのは、発展した街だった。自然豊かで所々に村があるような場所ではなく、大きな都市。それでも、街には街路樹が植えられ鳥のさえずりが聞こえ、かつての自然の面影があった。

 魔界とは違い明るい日に照らされ、愛らしいさえずり、殺伐としていない活気のある人の声、そして進んだ文明。


 ここを壊してはならない、そう判断した魔王は軍を辺境に送り込み、牽制しつつ内政干渉をしてじわりじわりと侵略を進めた。

 その侵略には三年の時を要した。しかしたった三年。娘は九歳になってしまったが、隙さあれば魔王は娘に話を聞かせていたので、興味は尽きなかったようだ。


 しかし、娘は混血の吸血鬼。真祖の血を引いているとはいえまだ若い事もあって日の元を歩ける程弱点を克服できていない。故に慣らそうと、そう思っていた時、勇者と名乗る男が魔王城に乗り込んできた。


 すでに悪徳貴族の収める領土の奪取、帝都と呼ばれる中央都市での生活権を平和的に手に入れたというのに、勇者は魔王城に乗り込んできたのだ。

 仲間もいたらしいが、それは密偵が聖女を除き四天王に殺されたと魔王は報告を受けた。


 ――そこで、手記は途切れている。



 アリスの父である魔王は、アリスの目の前で勇者の持つ聖剣によって貫かれ、不死の特性すら無効化して灰となった。

 残ったのは、書きかけの手記と、愛用していたいくつかの武器。

 そんな光景を、魔王がプレゼントに送った、愛くるしいクマのぬいぐるみを持ちながらアリスは見ていた。

 玉座の後ろから隠れて見ていたアリスに、勇者は視線を向ける。


「魔王の言葉が本当なら、君が次の魔王だな?」

「……そうなの。アリスが新しい魔王」


 若干九歳にして、アリスは魔王となった。魔族における王の選出基準は至って簡単で、如何に力を持っているかだ。政治力は勿論、弱肉強食である魔界においては当然だが武力もその力に入る。そして、アリスは九歳にして旧四天王を軽くあしらえる程の力を持っていた。


「だから、パパの言う事を叶えるの」


 それは、人間界――理想郷で再び人間と共存する事。武力行使での占領など望んでいない。あくまでも平和的に領土を奪取して、すでに領主を魔族に挿げ替えた街では共存が成立している。それを、国全体に広げるのだ。

 そのためには、アリスが現状平和であることを知らしめなければならない。

 だから、眼前の勇者とも、戦ってはいけない。


「神話の時代から続く戦はパパが死んでもう終わったの。だから、もう帰ってほしいの」

「俺の使命は果たした。言われた通りもう帰らせてもらう。決して、お前の父の願いを裏切るような事はするな」


 勇者は魔王の残した武器を回収することも破壊することもなく、静かにその場を立ち去る。去り際に何か言う事もなく、ただ剣を収め、決戦の地であった玉座の間から出ていく。


「さようなら、勇者。一生会わない事を願うの」

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