第14話
画面の中だけを見れば、どこか喜劇めいた光景だった。だが、これが現実で起きていると想像すれば、笑えるはずもない。
その様子を眺めていた戸羽は、しばし黙り込み、やがて怪訝そうに眉をひそめた。
「つまり、機械の性能に合わせて、ちょうどいい量の作業を設定するってことだな。パンクしないように」
「そうだ。理論上は、もっと複雑なモデルも組める。でも学習の安定性と効率を考えたら、この辺が現実的な落としどころになる」
御影は指先で画面上のベルトコンベアをなぞりながら、淡々と続ける。説明口調は平静だったが、その内側では、何度も同じ設計を見直してきた記憶が反芻されていた。
「さて、ここからは内部の話だ。このモデルの中身は大きく二つに分かれてる。まずは『思考の層』だ」
マウスをクリックすると、画面に半透明の階段状のステージが浮かび上がった。ベルトコンベアを流れる部品が、段を上がるごとに色を変えながら運ばれていく。
「例えば、『自動車を組み立てろ』という指示が与えられたとする」
画面が切り替わり、巨大な掲示板にその目標が掲げられる。
「最初の段階では、『自動車を作る』という、まだ曖昧で大きな目的を把握するだけだ」
次の映像では、人々が電話を取り、発注書を手に慌ただしく動き回っている。
「一段上がると、『エンジン、タイヤ、ボディが必要だ』と気づく」
さらに画面が切り替わり、会議室で作業員たちが『エンジンについて』と書かれた資料を囲み、議論を交わしていた。
「その次で、『エンジンはどの部品から組み上げるか』を考える」
御影は一瞬だけ視線を画面から外し、言葉を整える。
「段を上るごとに、情報は細かく分解されていく。これが『思考の層』だ。ぼんやりした指示が、階段を上るたびに具体的な工程へと変換されていく」
作業員たちは共通の目標を共有し、各々の持ち場へと散っていった。溶接機を手にドアを固定する者、電子回路を繋ぐ者。その整然とした流れに、戸羽は思わず低く唸る。
「なるほどな……。『自動車を作れ』っていう曖昧な命令が、段階を踏むごとに『ボディを溶接する』『ドアを取り付ける』『電装系を繋ぐ』みたいに、具体的な作業に分かれていくわけか」
「そうなる。抽象的な指示を一気に処理しようとすると、必ず混乱が生じる。でも段階を刻めば、その都度、必要な判断だけをすればいい」
御影はキーボードを操作し、画面に二つのシナリオを表示させた。
左では、『自動車を作る』という一文だけを渡された作業員が、頭を抱えて右往左往している。
右では、同じ指示を受け取った別の作業員が、階段の一段目で要素を整理し、落ち着いた様子で次の段へ進んでいた。
「次がこの『注意の目』だ」
御影の声が、わずかに低くなる。
「『思考の層』で具体化された工程を、八人の検査員がチェックする。彼らは単なる確認役じゃない。ここからは『現場監督』になる」
画面では、八人の検査員が一斉にルーペを置き、指示書を手に製品を囲んで議論を始めていた。
「それぞれが評価を持ち寄って、『次の層に渡す情報』を決める。強度、精度、安全性……八つの異なる観点から、『進めていいか』『手を入れるべきか』を判断する」
検査員たちは項目にチェックを入れ、時に首を振り、時に意見をぶつけ合う。
戸羽は目を細め、その様子を眺めながら頷いた。
「つまり、ダブルチェックならぬオクタプルチェック、ってことだろ?」
「……まあ、そうだ。八方向から見て、本当に重要な情報だけを残す。品質を落とさず、かつ暴走させないための、最後の砦だ」
御影は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。白い煙が、画面の光に溶けていった。
「これが、ニュートラル素体の基本イメージだ。『何もない工場』を作るところから、すべては始まっている」
「なるほどな。真っ白なキャンバスを用意して、そこに色を載せていく、って感じか」
御影は短く頷き、視線を隣のパソコンへ移した。
そこでは、珠代の記録整理プログラムが自動で稼働し、膨大なデータを次々と分類している。
こちらは学習用の教材、いわばAIに読ませる『教科書』の役割を担っている。量は途方もないが、マシンパワーがすべてを引き受け、進捗バーは滑らかに伸び続けていた。
御影はそれを横目で確認し、吐息を落とした。
そして、次にどの層へ負荷をかけるべきかを考えながら、再びマウスに手を伸ばした。
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